003:両親の記憶

 開店前、早朝の時間帯に起きたそれは、火災と共にピンポイントで隣にあったうちの店の壁や、焼き窯などの設備を吹き飛ばすことになり……それに巻き込まれる形で仕込み中だった両親はあっさりと亡くなってしまった。


 俺は目覚ましに起こされ、いつもの通り一人で、母親が作り置きしてくれていた朝食を食べ、学校に向かった。


 警察か消防からか、学校に連絡が来たのは二時間目が始まったばかりだったのを覚えている。


 自宅は父親の実家で、俺が生まれる前に父の両親は亡くなっている。

 母は孤児だったらしい。詳しいことを知らなかったので役所などでちらっと調べたが、孤児院前に捨てられていた以前のことは何一つ判らなかったらしい。


 まあ、そんなこんなで俺は祖父ちゃん祖母ちゃんを知らないで育った。

 叔父伯母などの血縁者も全員亡くなっているため、遺産がどうのこうのと揉めることも無かった。葬式は両親の友人達が取り仕切ってくれた。


 その後のお金に関しても、父の友人の一人、うちの店の財務をお願いしてた公認会計士を営む人が管理してくれている。


 自宅は築50年越えのそこそこ大きな一戸建てだが、元々父の実家だ。


 ローンも存在しなかったので住むところには困らなかった。


 そこに両親の生命保険、及び火災事故の保険、さらに出火元からの賠償が加わった。


 それで俺が大学を卒業するまでの生活費学費は問題無く賄えた。

 ニートなどせずに働き始めた結果、かなりの額が手元に残り~現在は各種金融資産として分散投資に回している。


 何なら少々儲かっているくらいだ。


 いざという時の為にと保険に入ってくれていた両親に感謝してもしきれないがこの衣食住に「困らなかった」事が……俺の感情にけりを付けてくれなかった気がする。


 普通に。


 あくまで淡々と。


 学生生活が過ぎ、社会人生活が過ぎ。他人に対して深い興味を持つ事も出来ず、何ごともどこか希薄なまま、ここまで来てしまっていた。


 彼女が去ったのも、俺の起伏の少ない煮え切らない態度に嫌気が差した感じだったし。


 焼け焦げて顔の認識もイマイチで、本人確認もままならない両親二人の遺体を目の前にして、俺は泣けなかった。


 理解出来ていなかったのかもしれない。


 そして……社会人になって10年、33歳の今も親がもう「何処にも」いないという現実を認められていなかったのかもしれない。


 そんな、思い出のおもちゃ屋の自動ドアが開く。足を踏み入れた瞬間。


 右手に女の子ゾーン。日本人形から着せ替え人形、魔法少女のグッズ、おままごとセットなどピンクやパステルの色合いの箱が並んでいる。


 左手が男の子ゾーン。こちらは赤や青。ミニカーや電車、変身ヒーロー系、戦隊シリーズ。


 ゲーム等の高額商品や、トレーディングカードゲームのパックなんかは店の奥のカウンターの向こうのガラス棚に並んでいる。


 真ん中の通路には家族で遊べるようなボードゲーム、スポーツ系のグッズなどが。


 ああ、そうだ。俺はこの通路でワガママを言って、何度、父や母を困らせただろう?


 何かが心に触れた気がした。涙が。15年越しの涙が。溢れ出て止まらなかった。


 そうだ。


 一緒に。


 一緒に生きていたし、俺は親に生かされていた。家に置いてくれた。服を着せてくれた。ご飯を食べさせてくれた。可愛がってくれた。親子であれば当たり前のことなのかもしれない。当然なのかもしれない。


 でも。もう、どうにもならない思い出が。自分の歩く先、これから生まれていく思い出には絶対に、両親は居ないのだ。

 優しく厳しく、仕事仕事で甘えた覚えもそんなに無いけれど。それでも。親としてあの二人は立派だった。


 しばらく……。はたから見られたらただただ気持ち悪いとは思うが、しばらく俺の涙は止まらず、その場で立ち尽くしていた。


 店のおじちゃん(既におじいちゃんレベルのお歳だとは思うが)に怪しまれるかな等と思い始めたくらいに、店の奥からカウンターに人影が見え、ちらっと確認された。


 いままで奥にいたようだ。


(いかん、うん、泣いてる場合じゃない)

 

 ハンカチで涙を拭う。


 あくまで冷静に、あくまで普通に。自分の子ども、知り合いの子どものために何かを買いに来たサラリーマンに佇まいを正す。


 ふう。何故今さらという気もするが、こういうのはキッカケが必要なんじゃないかと思う。


 俺の場合はこの店の思い出だったというだけだ。


(それにしても……閉店か。まあでも、おじちゃん……歳取ったしな。引退、隠居も当然か)


 子どもの頃に比べて歳を取り、小さくなった店主を横目で見つつ、中央の通路を歩く。


 いつの間にか。


 子どもの頃から定番の位置だった棚の前に立っていた。


 世界に名だたるロゴブロック。


 老若男女の誰もが知っているし、特に日本人で有れば幼稚園、保育園に通えば無視する事が難しい「おもちゃ」だ。


 様々な形、色、サイズのブロックを組み合わせて、複雑な造形物を作る事も可能で、愛好するユーザーは世界規模で存在する。


 自由度も高く、最近はモーターや電子制御装置、パソコンとの接続も可能なパーツも発売されており、ロボットやAIのプログラミングも可能という事で、知育玩具、大人の趣味としても再脚光を浴びている。


 俺は……このブロックが大好きだった。特に男児向けではなく、女児向けのシリーズ……現実の店舗やショッピングモール等の一般的な構造物を模して作れるヤツが大好きだった。


 当然、戦闘機や恐竜なんかが組み上がる男児向けセットも嫌いでは無かったが、ねだって買ってもらうまででは無かった。


 最初は確か、バケツにいろんなブロックが沢山入っているだけの自由度の高いヤツを買ってもらったはずだ。


 だけどその後は、いつの間にかこの女子向けの「ちょっとリアルな建造物を作れるシリーズ」のセットを買ってもらうのが常になっていた。


 この手の箱モノにはブロックと共に人形が付いてくるのだが、男児向けは擬人化されたロボットの様な黄色いヤツでそれがあまり好きじゃなかったのも理由だった気がする。


 ちなみに、女児向けの人形は非常に細かく出来ているブロック用の人形で、カツラで頭髪が替えられたりと、芸コマだった。


 そんな理由で、兵器や忍者によりも建物に興味が強かった俺は、主に女児向けのキットで様々な建造物を買い揃えていた。


 デパート、各種ショップ、美容室、動物病院、ペンションetc。


 それらを組み合わせて巨大なショッピングモールだ! ……と、1人盛りあがっていた記憶が残っている。


 ちょっと恥ずかしい……。




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