002:閉店セール

 今日も疲れた……。仕事は相変わらず不透明に不景気だ。


 新規顧客の開拓には成功していない。うちの直結親会社は中堅ながら大手総合商社なので、取り扱う商品は非常に多岐にわたる。


 子会社であるうちの会社は自社の規模に比べれば、非常に多くの商材を用意する事が可能なこともあって……若干でも景気が上向いている状況であればいくらでも食い込んでいくことが可能だった。


 そう。可能だった。のだ。


 下火になってきた、とはいえ、ここまで世界的伝染病禍での不景気が継続していると、さすがに景気がいいも悪いも無くなり、新規拡張が難しくなる。


 それでも親会社であれば太いお得意様のおかげで、安定した収益を上げることができている様だ。


 が、おこぼれをもらっていた子会社は、不景気の煽りをもろに受けてしまい、続々と契約終了の申し出が相次いでいた。


 入社十年目にして未だに平社員である自分は、現状もっぱら、契約終了の引き留め業務がメインの仕事となっている。


 正直、各取引会社様からの連絡がある時には既に、各社とも結論は決定しているのだ。うちの会社が大幅に利益を削って引き留め交渉に挑んでも雀の涙にしかならず、どんなに頑張っても取り引きはほぼ終了してしまう。


「ふぅ〜虚しい」


 ああ、また、ため息と独り言が口から溢れてしまった。このままだと後1年。早ければ半年で業績に大きな影響が出るはずだ。


 とはいえ一介の平社員に何か次の決め手になるような大きな一手が打てるハズも無く。自分担当の日々のノルマをこなしていくしか術はない。


 今日も、いつも通り。午後メッキリ少なくなった外回り、家直帰でテレワーク報告終業。


 帰り道途中のスーパーでお惣菜のおかずを買って家飯だ。自炊、料理なんて言えるようなレベルではないが、炊きたてご飯におかずを載せれば立派な丼物になる。


 ちなみに今日買ったのは麻婆豆腐だ。薬味に四川山椒を振れば、なんちゃって本格派だ。商社務めは伊達じゃない。ちょっと珍しいスパイス、香辛料などの保存の利く商品は大得意だ。賞味期限切れギリギリ~結構経過しているサンプル品でうちのキッチン脇の物置棚は埋まっている。


 ああ、商社というと、流通、情報、金融、都市の一角を担う巨大箱物……石油コンビナートや高層ビル、さらに街一つ、なんていう大商いが連想されるかもしれないが……。


 ウチのような中小商社というのは「そんなにレアじゃないけど街のスーパー、コンビニではあまり売ってない」商品が主力取り扱い品と思ってもらうのが判りやすい。


 自分の様な営業から契約、企画、相談までやる様な人間は、常に幾つかの代表商材のサンプルを持ち歩いているため、消費期限切れのアイテムが家に貯まることになるのだ。


 特に水商売でもしていなかったら消費できる量では無い。かといって、お試しにどうですか? と口にしていただくのに、消費期限切れのアイテムは持ち歩けない。


 棄てるのが勿体ないのもあってついつい置いておいてしまう。


 恋愛は……去年、彼女に振られたままだ。世界的に蔓延している伝染病のために危機感を感じていた人にとって、俺の様な覇気の足りない、ゆるい、毎日の生活、仕事にしか目の向いていない男はお呼びじゃなかったということだ。


 自分的に大ショックだったのか、以来、異性に対して気持ちが動かない。


 そんないつも通りの帰り道。商店街を抜けようと見上げた先の店。


 ドアの所に張ってあるお知らせの紙が目に入った。


[おもちゃのタチバナ 閉店のお知らせ]


「へ?」


 また、声が出た。


 というか、こちらは出ても仕方ないだろう。このおもちゃ屋さんは……地元商店街唯一で、クラスメイトのほぼ全員が訪れたことがあるだろうお馴染みの店だ。


 店主高齢のため……か。それは……どうにも言いようが無いな。

 跡取りに恵まれなかったっていうことなんだろう。


 店の外観は……大して変わってない。くすんだり、ボロが出ている感じもしない。急遽決まったのだろうか?


 最後に……この店に来たのは……TVゲームを買った……買ってもらった、中学生の頃だったか。

 高校生になるとバイトを初めて、バイト先のあるターミナル駅の量販店でゲームを買うようになったからな。


 あの頃以来か。あ。いや……そうか。最後に来たのは……父親と一緒だった。


 ……クリスマスイブの前日か。


 仕事が忙しく、クリスマスイブ、クリスマス当日は絶対に休めないということで、プレゼントを12月23日に買いに来たのだ。


 買ってもらったゲームも覚えている。あの後何本も続編の発売されたダンジョン系RPGのシリーズの一作目だった。


 父親と母親は二人でパン&ケーキのお店、小さな店舗を営んでいた。出会いが某ホテルに務めるパン職人とパティシエの社内恋愛。そのまま職場結婚だったそうだ。


 俺が生まれたと同時期に独立した父親は一人でパンを作って売っていた。

 隣町の駅前。今だと当たり前の様にある、種類も多く手の込んだ惣菜パンの店だ。なので早朝から晩まで忙しく働き続けていた。


 さらに、俺が小学生高学年になって、一人で留守番が出来る様になると、店舗を拡張して母親も菓子職人として復帰。働き始めた。


 丁寧な仕事が認められ、美味しいと評判になり。噂がネットなどで口コミで広がり、店の経営は非常に順調だったそうだ。


 が。


 俺が高校一年生になった年。うちの店の隣の天ぷら屋が出火炎上。さらに備蓄されていた燃料に引火。小規模ながら爆発が発生する大火事が発生した。



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