第9話:ズルはしたくない


 ファブール王国王都――ファブルヘイム。


 大陸最大とも言われるこの街は二本の川に挟まれた、中州とも呼ぶべき場所にあった村が発展したもので、元々領主の館があった巨岩に王城が築かれた。


 やがてファブルヘイムは交易の要になると、発展していき、二本の川を飲み込んだ巨大な街になったのだ。


 大陸中央部にあることから、各地への交通網も発達しているおかげで、冒険者達はこの街に拠点を構えることが多かった。


 ゆえに、この街に冒険者ギルド本部があるのは必然とも言える。


「ここが……ギルド本部!」


 その三階建の立派な建物を見上げていたクオーツが、身体をブルブルと震わせていた。


「冒険者になりたい人にとってはやっぱり憧れの場所なの?」


 カーネリアの言葉に、クオーツが嬉しそうに頷く。


「そりゃそうだよ! 今は冒険者として登録することすら難しいからね! ここを出入りしているだけで、凄いんだ!」


 クオーツがギルドの入口を行き交う冒険者達に、羨望の眼差しを向けていた。


「あんたも今から冒険者になるんだから、いつまでも憧れているだけじゃ駄目よ?」

「分かってるって。冒険者になれば……彼等はライバルなんだ」

「そうそう。その意気よ。というわけで、行くわよ」


 カーネリアがくるりと踵を返すと、ギルドに背を向けて歩き出そうとしていた。


「ちょ、ちょっとどこ行くの!?」

「どこって……よ」

「なんで王城!? 冒険者になるって話じゃないの!?」


 冒険者登録は、一定以上の実力と実績がある冒険者パーティからの推薦状がないと出来ない現状、冒険者になるには、まずどこかのパーティを斡旋してもらうしかない。そして下働きをして、認めてもらって、初めて推薦状を貰えるのだ。一応、それをしなくても登録できる方法もあるのはあるのだが……


「そんな、めんどくさいことやってらんないでしょ? 何の為にあたしが付いてきたと思っているのよ」

「へ?」

「王族パワーでゴリ押して、特例を認めさせる。エルヘイム王家には、違法鉱山の件でたっぷりと貸しがあるからね。あたしが言えば、一発で登録完了よ。流石に冒険者ギルドだって、この国の王族には逆らえないでしょ」


 そう平然と言い切ったカーネリアだったが、その手をクオーツが掴んだ。


「待ってくれ」

「何よ。上手く行けば、いきなりAランクぐらいから始められるわよ? Aランクになれば拠点も持てるし高級宿も使い放題。商店も割引してくれるし、最高のスタートを切れるわよ」


 カーネリアの言う事はもっともだった。クオーツもそれは分かっていた。


 だけど――それは嫌だった。


「それは……したくない」

「……なんで」

「そうした方が効率良いのは分かってるよ。カーネリアが、僕が冒険者になりたいって夢を叶えてくれようと色々考えてくれたのも凄く嬉しい。だけど……そのやり方は……なんだかズルしてるみたいだ」


 クオーツが真っ直ぐにカーネリアの瞳を見つめる。


「……それで? じゃあどっかのパーティ斡旋してもらって下働きからするつもり? で、また奴隷として売り飛ばされると」


 カーネリアが拗ねたような口調でそう言ったのを見て、静観していたルーナが口を開いた。


「カーネリア様。その言い方はクオーツ様に失礼ですよ」

「いや良いんだ、ルーナ。カーネリアの言う事は間違ってない。だからこれは僕の我が儘だ。僕は冒険者として一からスタートしたい。カーネリアやルーナの力ももちろん借りたいし、いざとなればその王家へと貸しとやらを使っても良いと思ってる。だけど……最初はやっぱり自分の力だけでやりたいんだ」


 そのまっすぐな言葉を受けて、カーネリアがため息をついた。


「……悪かったわ。あたしも少し言い過ぎた。そうね……こんなことに貸しを使うのも勿体ないわ。良いよ、クオーツの好きにしなさい。あたしはついていくから」


 カーネリアが微笑みを浮かべ、クオーツの手を握り返した。


「……ありがとうカーネリア。でも、大丈夫。僕だってもう下働きなんて嫌だからね。一応ね、あるんだよ。そんなことをせずに登録が出来る方法が」

「そうなの?」

「うん。今の僕の力があれば……多分問題無い」

「ふーん……随分と自信がついてきたわね。良い傾向よ」

「カーネリアの影響かもしれないね」

「どういう意味よそれ!」


 目を釣り上げるカーネリアを見て、ルーナが呆れた声を出した。


「そういう意味ですよ……カーネリア様」

「むー。まあ良いわ、じゃあ冒険者についてはクオーツに一任する」

「うん。じゃあ改めて、行こうか」


 そう言って、ギルドへと堂々と入って行くクオーツの背中を見て、カーネリアは小さく笑ったのだった。


 思えばここまでずっと自分が振り回してきた彼が、初めて自分の意思を見せてくれた。それが彼女にとっては何よりも嬉しい出来事だったのだ。


 カーネリアはスキップしたくなる衝動を抑えて、クオーツの後についていった。


☆☆☆


「……えっと。クオーツさん? でしたっけ?」


 冒険者ギルドのカウンターに立つ受付嬢が困ったような顔をしていた。


「そうです」

 

 それにクオーツが答えた。カーネリアとルーナは目立つので後方にある休憩スペースにある長椅子に座って、彼を見守っていた。


 ファブール王国とリンドブルム王国の交流が始まってからは、この街でも竜人は珍しくない。とはいえ、カーネリアは勿論のこと、ルーナも整った容姿をしているため、二人の美しい竜人はいやでも衆目を集めてしまう。


「うーん……依頼中に死亡……と報告されていますが」

「へ? いや生きてますけど。斡旋してもらった際に登録した魔力波を確認してください」


 受付嬢の差し出す水晶に、クオーツが魔力を込めた。


「あ、本当ですね。んー、えっと報告者は……あっ」


 受付嬢の驚いたような声に、クオーツが首を傾げた。


「どうしました」

「いえ……なるほど。クオーツさんも、【輝けるロータス】のゴタゴタに巻き込まれたのですね。大丈夫です、この報告は虚偽として上げておきます」

「なら、良いんです。そういえば【輝けるロータス】はどうなっています?」

「……【輝けるロータス】は解散されました。というより登録抹消ですね。ですので、別のパーティを斡旋という形になります」


 解散した? どういうことだろうか。クオーツは考えるも、なんとなくだがカーネリアに聞いた方が早そうな気がしたので、一旦その思考を保留する。


「あの……実は……を受けたいのですが」


 クオーツがそう言った瞬間、周囲の喧騒が消えた。


「えっと……ごめんなさい。クオーツさん。今、なんと?」

「ええ、ですから、登録試験を受けたいと」


 その言葉と共に、周囲に笑いが巻き起こる。


 それは、その場にいた冒険者達から発せられたものだった。


「おいおいおい……まさか今時、登録試験受けるやつがいるなんてな!」

「ぎゃはははは!! どこの田舎もんだ!?」

「武器一つ持ってねえガキが凄いこと言いだしたぞ!」

「わははは! 良いじゃねえか! 威勢の良い若者は嫌いじゃないぜ!」


 見ていたカーネリアが、ムスッとした表情を浮かべた。


「何よ、あいつら」

「分かりませんが、どうもクオーツ様がやろうとしていることは、難易度の高いことなのかもしれませんね」


 ルーナの答えに、カーネリアが肩をすくめた。


「ま、なんだろうと余裕でしょ」

「ですね」


 嘲笑の渦の中、クオーツはしかし顔色一つ変えずに、受付嬢へと視線を送った。


「登録試験さえ合格すれば、無条件で冒険者登録できる制度、まだあるはずです」

「それは……確かに存在しますが……あれは……」


 受付嬢が言い淀むと、脇から中堅冒険者らしき男が口を挟んだ。


「俺が代わりに答えてやるよ、新人。良いか、登録試験ってのはな、お前みたいな思い上がりの鼻っ柱をへし折るためにあるんだよ。で、合格者は毎回誰も出ずにみんな試験中に死んじまうから、もはや誰も受けなくなり形骸化した制度なんだ。だから、優しい俺が忠告してやる。――。若い命を散らすことはねえ。素直に、下働きして推薦状もらってこい」

「形骸化していようが制度自体があるなら、受けられるはずです。違いますか?」


 クオーツがその男を無視して、受付嬢の目をまっすぐに見つめた。


「あ、ですが……本当に危険な試験でして……」

「問題ありません」

「おい、てめえ。俺が優しく忠告してやってるのに無視する気か? ああん!?」


 男がクオーツの胸ぐらを掴んだ。


「ご忠告感謝します。ですが僕は試験を受けたいと思います。だから……


 クオーツが凄んだ瞬間、男は無意識で数歩下がり、腰を抜かして床へ座り込んでしまう。


「……な、なにもんだてめえ」

「ただの……冒険者志望ですよ」


 そう言って、クオーツがニコリと笑ったのだった。


 こうしてクオーツは、登録試験という危険な試験に挑むことになった。

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