第21話

ユーリがマッチョ三兄弟と飲んでから2日後の朝、まだ空は暗く星空が見える。

林の中にポツンと一つ小さな家がある。

ユーリの自宅である。

ユーリは眠い体を怠そうに起こすも、目がなかなか開けられない。片目で時計を確認すると、いつも起きてる時間より一時間早い。

もう少し寝ようとまた真っ白なベッドに横たわり、すやすやと眠り始める。

白くぼやけた頭の中で思い出していたのは約半年前の戦いだった。

不意に受けてしまった黒い炎に剣を焼かれ、剣で戦うことも叶わず。なりふり構うこともできずその場にあった石、砂、死んだ仲間の防具等を銀髪の悪魔に投げつけている。

その悪魔は投げつける物全てをなんともないように、まるで森の中の木の枝を静かに手で払うようにいなし、どんどん近づいて来る。

腰を抜かし尻餅をついた先、手に付くのは生暖かい仲間たちの血が混じった泥。

この場の指揮官は自分だった。生きている他の仲間は既に力尽き、立ち上がることもできずにこちらを見ている。

あまりの情けなさに目の奥が痛み、歯を食いしばる。

後退りしながらも武器を手探りで探す。

自分は剣士。剣を極めた者。だが、剣以外では戦うことはできないのだ。

そんな自分を守る物でもある剣の殆どは真っ黒な禍々しい炎に焼かれて溶けてしまっている。

必死に探し、やっと無事な剣を見つけ安堵し、手に取り悪魔の元へ躊躇なく飛びかかる。

剣筋などと言っていられない。とにかくこいつを殺らなけれはいけない、思いはただそれだけだった。

切ったと思ったその影は虚しくも空振り、悪魔は背中に張り付いていた。

白い指で顎を持ち上げられ、喉仏に指を突き刺される直前――…


「…は!!!」


ユーリは目が覚めた。

あまりにリアルな夢だったせいで自分の首が無事かを手で触り確かめる。

何ともない、ただの傷跡があるだけで、ホッと息をつく。

ついこの間奴らとの戦いの事を話したせいか、やっと見なくなった悪夢を久しぶりに見てしまった。

寝汗をかいている。

汗を拭いながら時計を見ると意外にも30分も経っていなかった。

折角なのでシャワーを浴びるようと服を脱ぎながら浴室に向かうユーリ。

ユーリの白い背中には少し変わったアザがあった。生まれつきあったそのアザは呪われていると父親や兄達に罵られていた為に、今でも忌々しく感じている。

脱いだ服はその辺にポイっと投げてる。

よく見るとユーリの部屋はあまり綺麗ではない。

それも普通の二十歳の男の子の部屋である。

周りには厳かな雰囲気を纏っているだとか、真面目だとか、几帳面だとか言われるがそれは外ではそう振舞っているもしくは仕事に対してだけであって本来の自分は、自分の事はあまり興味なくだらしない。

食事だって自炊はあまりせず出来合いのものが殆どだ。

相手の思う姿を演じるのは簡単だがその分疲れて自分の空間ではグッタリとして色んなことがてきとうになってしまうのだ。

しかし仕事に関しては真面目で資料が机の上に積み重なっている。

与えられた任務の情報を洗って確かめているのだ。

そんな事をしても上からの命令であればなんでも従うが、知らない事で恥をかくのが嫌なのが本心なのだ。

今回調べた指名手配犯の罪状についても、鵜呑みする事で知っている人から滑稽に見られてしまう。それは外から見た自分を理解できるユーリにとっては我慢し難い屈辱である。

シャワーを浴びて石鹸の香りが部屋に充満する。

スンスン、と匂いを嗅ぐ。


あの女性たちに貰ったシャンプーを使ってみたがとてもいい香りだ。

今度どこで買えるのか聞いてみようかな。


ユーリが拭いたバスタオルを洗面所に投げ捨て、着替え始める。

着替えながらお湯を沸かす。

今日は教会で会議と、訓練、そして事務仕事がある。

事務仕事とは、副団長の代わりに下から受けた備品の追加購入の経理をしたり、練習場の使用許可を出せる権限を委譲されているので、それの確認と承認をしなければならない。それに年末までに予算を使い切らないと来年度では減らされてしまうので、それの使用先を考えなければならない。とても多忙だ。


会議はいつも水曜日に行われる。

議題は恐らくあの2人のことだろうとなんとなく予想するユーリ。

2人とは、もちろんシンスとセンカについて。

手配書が配られてから初の会議であるためその状況報告であろう。

キッチンからモクモクと湯気が立つ。

沸いたお湯をカップに注ぐ。

朝ごはん代わりの紅茶だ。コーヒーはあまり好きではないがミルクを淹れれば飲める。

毎朝お湯を沸かすのも面倒なので、常にお湯になる魔法瓶を買おうかなと思うが一台5万ロルするので毎回断念してしまう。

紅茶を啜りながらポストに入っていた新聞を読む。

ユーリは神国の情報は新聞記者よりよっぽど知っているので、その他の地方の新聞を取り寄せている。

遠いので1週間、遅いと2ヶ月くらい日付が前のものが届く。

本日のは2週間前の新聞だ。

見出しはこう。スベニエークの呪いの山が遂に晴れる!

知らない人がみたらなんのことやらだが、この山はもう何年も太陽に照らされてなかった。

他が晴れていてもそこだけが呪われたように真っ黒な雲が鎮座していたのだ。

それが突然消えたというのは確かに一大ニュースである。


「へー、不思議だなー。」


ユーリは独り言を言う。

人と話す時は丁寧な言葉遣いを心がけているが本当の自分はあまり言葉は綺麗じゃない。

食事を飯めしと言ったり、、〜してしまったではなく〜しちった等と周りの人間が想像できないような言葉を1人の時は使う。

たまにそれが表に出そうになるが基本、繕えているはずだと自分では思っている。

新聞を読んでいるうちに出勤の時間が来た。

新聞に集中して飲み忘れた緩くなった紅茶を一気に飲み干し、真っ赤な制服の上に黒い上着を着て外に出る。

はぁ、と吐く息は真っ白。まだ薄暗い空の下で場違いなほど白い息がユーリは好きだ。

教会へ向かう為に歩き出す。森の中の土を踏むとザクザクと音がする。これを踏むのが何となく好きで、ついわざと踏みに行きたくなる。

いつもは大人ぶって背伸びして、期待以上の結果を出さなければと気を張っているせいかこういう所で子供っぽさがまだ抜けていない。

暫く歩くと森を抜け、小さな村に入る。

ここからは人の目に触れる為、少しシャキッと気持ちにスイッチが入る。

というのも、早い時刻とはいえ既に起きて家畜の世話をする者もいて、ユーリに気づくと頭を下げて挨拶をする。

ユーリは若くして子供達の憧れる神剣士団の幹部になった為子供から大人まで有名人なのである。

むしろ他の団の幹部の顔すら知らないという人が多い中、ここまで人気で有名なのは珍しい。

それも最初は嬉しさがあったものの、下手に出歩くこともできずに気を抜けず疲れてしまった。

だから人の目のつかない場所に移り住んだのだ。

森を抜け、村を抜けるまでで一時間。

あとは街を抜ければすぐだ。

このくらいの時間になると、ようやく明るさが出て、空がオレンジと青に染まり始める。

街は流石にまだ人は少なく、舗装された石畳の道路のど真ん中を歩くことができる。

さて、教会への門が見えて来た。

門の側まで行くとどうやら門番はおおあくびをしていたらしく、涙目でユーリを見てシャンと背筋を伸ばし、おはようございます!と大きな声で挨拶をして頭を下げる。


「おはようございます。お疲れ様です。」


ユーリが労りの言葉を言うと門番達は感動したり嬉しそうに頭をかきながらぺこぺことする者もいる。

門を潜ると見えてくる真っ白な教会。

高い階段を上り切り、またもや門番に出会う。

同じように挨拶をして門を開けてもらうと中は真っ赤な絨毯が敷き詰められている。

足を踏み入れると絨毯に足が沈む。

こんなに豪勢にする必要性を実はあまり感じていないが、この誇り高き神国には相応しいのだろうとも思っていた。

眩しいシャンデリアは全て宝石でできている。

螺旋階段を登ると長い廊下に出る。その突き当たりが今日の会議場所だ。その前に副団長と団長を起こしにいかなければ…

廊下のすぐ右側の通路に入り、また階段を登っていく。最上階に着くとそこは団長副団長の部屋がある。

まずは副団長。コンコンと大きな木の扉をノックする。


「入りなさい」


返事があり、扉を開ける。

中はステンドグラスが朝日を通し、鮮やかなに薄暗い部屋を照らしている。

その光の中、着替え途中のアレスがいる。

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