第20話
「ルーブ殿は神国とまたやり合いたいと思いますか」
その空気を声で破ったのはシンス。
「いえ…もう自分では…」
「では民は神国の元で幸せでしょうか?」
「人にもよります。チャルナ王国は商業の国ですので、神国の元へ下ったことで円滑になった事も否めません。ただ、チャルナ王国の歴史書は燃やされ、今までの教育も大幅に変更され、チャルナ王国の個としての誇りは失われたと思いますが…」
「十分だ。」
「…?」
「個の誇りを奪われたというだけで殺し合いをするには十分の理由だ。貴方が王であったなら尚更。」
シンスの言葉に戸惑いの色を隠せないルーブ。
それも当然である。誇りを奪われた事が殺し合いをする理由になるなどと考えたことが無かったからだ。
「し、しかしそれは上に立つ者のワガママでは?」
「上に立つ者だからワガママを言えるのだ。」
「それは横暴では…!」
「では誰がこの国、民の行く末を決定している?実際今の王という立場にある者だろう。実情は違っていても王こそが正義なのだ。」
「…」
シンスの余りにめちゃくちゃな、しかし痛いほどの事実を突きつけられたルーブの手は少し震えていた。
「…飽くまでも私の自論に過ぎないが…ルーブ殿、貴方がもしチャルナ王国の民の将来を、子孫にも誇りを繋げたいのであればすぐにとは言わないが、独立すべきだろう。」
シンスは眉一つ動かさない。
ルーブが何を言ったところでその考えは全く揺るがないだろう。
「おっしゃる通りだ。」
まるでフランに言われているようだ。彼女はいつも誇りを大事にしていた。古くから続く国の歴史を心から愛し、守ろうとしていた。彼女の国は紛争している国々を、一国が滅ぼされないようまとめあげる為に吸収していた。
「…しかし今の王は僕じゃないですから。でも、そうですね…まずは王座を奪還するところから始めるとします。」
ルーブは今までにない、憑き物が落ちたような、そんなすっきりとした顔で笑っている。
そんなルーブに笑顔で頷くシンス。
ぐぅぅ〜。
良い感じの雰囲気に鳴り響く空腹の声。
その犯人はシャムール。
流石のシャムールも顔を真っ赤にして俯いている。
「あはは、すまない食べよう。」
ずっとお預け状態で余計に空腹に拍車がかかり、我慢の限界だった様だ。
「えへへ…すみませんん…」
皆各々に食事に手を付ける。
中でもシャムールの勢いは凄い。
一人で全て平らげてしまうのではないかと思うほど。
「おめーすげぇな。どこに入ってくんだよその量」
センカが少し呆れた様に言うと、シンスも言葉を放つ。
「いや、もしかしたら昨日一昨日とで体力を使ったからかもしれないな。」
「好きなだけ食べてね。まだまだあるから」
「んんん、あひあほ!」
「何言ってるのか分かんねーよ」
団欒の後、食事が済み、食後に紅茶を頂いている。
テーブルの上に煌びやかな装飾が施された金色の湯沸かし器が置かれ、軽い茶菓子も振舞われていた。
「そういえば明日のオークションってどこでやんのー?」
シャムールがそう聞くとルーブは胸ポケットから招待状を取り出し、テーブルに広げて見せる。
「ここから馬車で半日以上は掛かるスベニエーク連合国の郊外で行われる。なので出発は今夜か、余裕を持って直ぐにでもと思ってます。ペソ、シンスさんの用意は出来ているかな?」
「は、既に手配しております。今すぐにでも準備に取り掛かれますがいかが致しますか?」
「ねぇねぇ!俺も行きたい!」
シャムールが手を挙げてそう言うとセンカは頭をポカっと殴る。
「馬鹿ワガママ言うな!」
ルーブはあははと笑い、
「いえいえ、一応お二人にも同行して頂こうかと思っていたのですよ。しかし家族同伴になるので…会場内には入れませんが建物内で待機は可能かと思います。」
「俺もオークション会場入りたい〜!俺子供って事でいけない?」
シャムールがルーブの側に寄りゆする。
「どう見ても似てねぇだろ」
センカはいい加減にしろとシャムールをルーブから引き剥がす。
ルーブは茶髪に青い目、シンスは銀髪に黄金の目、シャムールは黒髪に虹色の黒目に少し焼けた褐色の肌。
二人の両親で黒髪などおらずメンデルの法則もクソもない。
養子ということにもできなくもないが…
「一応ね、仮面を被るんだけど…髪色も違うしね」
そう言われてシャムールはぷくーっと頬を膨らます。
そんなシャムールをセンカはじっと見る
「なぁお前擬態とかできねぇの?」
「確かにシャムールならできそうだな。」
シンスもシャムールをじっと見る。
センカとシンスの瞳には期待の光が輝いている。
その目が辛い、やったこともない(やれても記憶がない)ことをできる自信はない…
「できそう?」
ルーブも見てくる。
うう、これでできないって言いづらい…
助けてくれ…!誰か教えてくれ…!!
シャムールが強くそう願う
『君はね、遺伝子を…て…すると…』
誰だったか忘れたけど、とてつもなく馴染むだ声。
生まれた時から知っている様な、そんな声が頭の中でポツリとつぶやいた。
「そうだ…!シンス!DNAを採取させて!」
「で?でーえぬ?」
「そうだな…内頬の細胞とかだとすぐなんだけど」
「す、すまない、理解が及ばないのでとりあえずシャムールのしたい様にしてくれ。」
シンスはシャムールに向き直り、真っ直ぐに座る。
「じゃあ失礼するよ」
シャムールはルーブから離れ、丁寧に肩にあったセンカの手を戻し、シンスに顔を近づける。
「ちょっと口開けて」
「ん…」
シンスが少しだけ唇を開くとシャムールは躊躇なく口を付け、舌を入れた。
「うぇあ!?!」
驚くセンカと、ドキドキと不思議な気持ちになっているルーブ、そして恥ずかしさから顔を手で覆いつつ指の間から見ているペソ。
当の本人、シンスはさほどの動揺はしていない。
シャムールが口を離す。
「ご馳走様!」
そう言うとシャムールの身体が鈍く光り、その光がパッと全員の目を襲う。
視界を奪われたすぐ後、シャムールは雪の様な白い肌に銀髪、そして黄金の瞳になっている。
「どう!?俺シンスになった!?」
シャムールはどやー!とポーズを決めるが、確かに色合いはシンスそのもの。しかし少し癖のある髪はストレートのシンスの髪とはまた別でやっぱりシャムールはシャムールでしかなかった。
「まぁでも色だけシンスだし仮面被ればいけるか?」
センカは改めてマジマジとシャムールを見つめる。
「あ、俺センカにもなれるよ」
するとまた光に包まれ、パッと姿が変わる。
オレンジの赤毛にオレンジの瞳。
センカは驚いた様で声を一瞬失う
「……いや俺って言うか完全にカレンデュラだな…」
「あじゃあこっちだ」
またまた姿がパッと変わるとそこには暗い青い髪、藍色の瞳の姿になる。
「あ、俺だ!」
センカは飛びつきシャムールを回して舐める様に見回す。
「うわわ、ちょっと恥ずかしいよセンカ…」
シンスも近づいてきて感心して見ている。
ルーブはちょっと離れたところでまだモジモジしている。
「センカはカレンと混ざる前はこんな風だったのか」
「なんか懐かしいね!」
シャムールがニコリと笑ってセンカに言い聞かせる様に言う。
「ん?おぉ…あ?なんでお前が懐かしいんだよ?」
「え?ん?俺今なんて言った?」
「は…?」
センカとシャムールは顔を合わせて二人してハテナでいっぱいになっている。
「もしかしたらシャムールの記憶に関係があるのかもしれないな。」
「あー前に会ったことあるのかな?」
シャムールは考えるが全く思い出せない。
たまたま同じような姿の人を見たことがあっただけなのかもしれないし、本当に会ったことがあるのかもしれない。
しかしその疑問に答えてくれる声は聞こえてこなかった。
そして何故センカになれるのか聞くのを忘れてしまったセンカである。
結局シンスとルーブの子供という体でついて行くことにしたシャムール。
センカはペソと共にメイドとしてついて行くことにした。
センカはなぜまた女装しなければならないのかととても不満そうだったが、人の目に多く触れる場所。
赤毛の青年ということで怪しまれるかもしれないということで念のために性別を偽る事としたのだ。
そして当日の昼過ぎ、4人はその他の従者を2人連れ、スベニエーク連合国へ向かうのであった。
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