第19話
バラ園の真ん中で、その噂のルーブとシンスが話をしていた。
「シンス王子」
「王子など付けないで構いませんよルーブ殿」
「では、シンス、さん」
「はい。」
「…シンスさんは私の婚約者に雰囲気が似ていましてね、それでつい色々とお誘いしてしまったわけですが…」
ルーブは緊張しているようでゴクリと唾を飲み込む。
「明日はその僕の…」
「ルーブ殿の奥方として参加させていただくつもりだ。」
シンスは笑っている。
その笑顔は安心しろ、とでも言うかのようだ。
ルーブは胸が熱くなる。あぁ、もう何年も前にこの世からいなくなってしまった、もう会う事も叶わないあの美しいフランが笑っている。
いや、フランではなく、彼は全くの別人であるのはわかっている。
初めて出会ったあの日を思い出してしまう。
真っ白な素肌が透ける銀髪に力強い藍色の瞳。敵国の令嬢だった彼女とは大恋愛をし、彼女と結ばれる為だけにこの国を動かして、漸く愛が結ばれようとしていたのに…
盗まれたかのように、彼女の国と首は神国に奪われてしまった。
ルーブは悔しさでガリっと音が鳴るほどに歯を食いしばる。
正直彼女を手に入れるために悪い事もした、酷い事もした。
それが自分への罰なのか…その後神国と全面戦争になってから5年経った今も心を抉られる様な痛みが消えない。癒えない。休まらない…。
「ルーブ殿」
シンスの声にハッとする。
やはり彼女と同じ声とまではいかない。
シンスはあくまでも男で、声だって女性らしいわけではない。
しかし話し方も少し似ている。
彼女も僕をルーブ殿と呼んでいた。
「はは、すまない。シンスさんに面影を感じてつい、思い出してしまっただけです。」
「…逆に私といては辛くはないのでしょうか」
「辛そうに見えますか?」
シンスは正直にコクリと頷く。
ルーブは悲しそうに笑った。
「むしろ貴方をずっと…」
「ルーブさーん!!!ねぇルーブさーん!!!」
後ろからシャムールが走ってこちらに向かっている。その後ろにセンカが歩いて溜息をついている。
僕は何を言おうとしたのか…皆まで言わず良かったと心から安堵する。
駆け寄ってきたシャムールに腰をかがめる。
「シャムールちゃん、どうしたんだい?」
「ルーブさんって昔イケメンだったの!?」
「え?」
「す、すみませんペソさんから話を聞いてあの廊下の肖像画がルーブさんって…」
追いついたセンカが申し訳なさそうに頭を下げて上目遣いで話す。
「あぁ…痩せていた頃のかな?」
「やっぱりあれルーブさんなのかよー!!!!」
シャムールはのけぞって倒れる。
「イケメンの時期に出会いたかった…」
小さな声で言っているが全員に聞こえてセンカは特に気まずそうにしている。
シンスがシャムールに手を差し伸べて起き上がらせる。
「シャムール、ルーブ殿は今もいけめんだ。ずっと一人を想い続ける素敵な人だ。」
「…婚約者の…?」
「あはは、いやいやお恥ずかしいですな…」
4人が歓談しているとペソが後ろから姿を表した。
「お食事の用意ができました。皆様お席にお戻りくださいませ。」
四人はペソに案内されるまま先程のテーブルに着く。
テーブルの上には朝食とは思えないほどの量と種類の料理が並べられている。
こうして食卓を囲むと昨晩の記憶が鮮明に、目の前に広がるセンカ。
「…」
センカの様子に気付いたのはシャムールだった。
「センカどうしたの?美味しいよ?…何かあったの?」
「いや…なんつーかルーブさんには本当に申し訳ないなって思ってよ」
シンスもセンカに同意しているのかチラリとルーブの表情を伺うと、自分の名前が出てくるとは思わなかったルーブは目を丸くしている。
そして表情が緩み少し笑うルーブ
「僕はね、君達を選んだんだよ、自分でね」
その言葉の意味がうまく飲み込めない3人。
それが分かったのかいい直す。
「自分でこの運命を選んだのですよ。僕には鮮明ではないが少し先のことが見える。君達と関われば確実に何かが変わると見えていたんだ。」
「予言者ってこと!?」
目を輝かせるシャムールに少し困った顔で笑いながら、
「いやいや!そんな立派なものでは…」
「ルーブ様の先見の明がここまでこの辺境の地を大きくさせたのです。」
謙遜するルーブを遮ったのはペソ。
言われてみれば国の端っこで山の麓のへんぴな町の割には人も多く、都市と遜色のないほど整備された街並みだ。
これもルーブの商才と先見の明があってこそ成せた技であった。能力のある者を引き抜き、貧しい村々から人を集め、この辺りの自然を生かした観光地にしたのだ。
そのルーブがあの時にセンカに声をかけられ、彼らの近くにいる事で自分に何かしらのきっかけが起こると見えていたのだ。
まさしく、シンスと出会い、殺されかけ、オークションにも参加する事となり、そして…
「シンスさん、貴方の行動全てをサポートさせて頂く。それが僕が感じる未来に最適だからだ。そして、僕の国の…いやフランの敵を貴方たちが打てると言うことも…」
ルーブは頭を下げる。
「…感謝する。必ずや無念を晴らしましょう。」
シンスがそう言うと、頭を上げて、優しく笑った。
「ねぇねぇペソさん、俺この辺の歴史?とか全く知らないんだけど何がどうなってるの?神国と戦争してたの?」
記憶がすっぽり抜けていたせいか神国だ、戦争だ、侵略だとそこまで分かっていないシャムールがペソにコソッと聞く。
「5年前にルーブ様の婚約者、フラン様のお国が神国に滅ぼされました。理由は好戦的で小国と年中戦争し、世界の秩序を乱しているからと。実際フラン様のお国は小さな国々を吸収し急激に大きくなっておりました。当時このチャルナ王国とも一触即発状態であったのをルーブ様がフラン様とご結婚を望まれるあまりに平定させてしまったのです。」
「愛の力…!すげぇなルーブさん!」
ペソは嬉しそうに笑う。
その表情は褒められた幼児の様だった。
「ええ、本当に凄いんです、ルーブ様は。そして他国との戦争も手を引くところまで行く前に神国によって…。それからチャルナ王国と神国も全面戦争となり、5年の月日を経て現在ルーブ様は王位を剥奪、王家から追放され、辺境へ飛ばされ、親神国派の無能な人間を王にたて、神国の都合のいい国とされているのです。」
「ん?王家?」
「はい。ルーブ様はチャルナ王国王位継承権第一位であり、亡き王の跡を継ぎ、王としてこの国を豊かにされておりました。」
「え!?ルーブさん王様だったの!?」
つい大きな声を出してしまったシャムールに全員の視線が集まり、やべっと口を押さえる。
「あはは、僕の話を全くしていなかったからね…」
ルーブは苦笑いだ。
自分が王としてこの国を戦争に追いやり事実上の神国の属国となってしまったのだから。
正直あまり話したくなかったのだろう。
「事実、神国の属国となってから経済自体は豊かになっている。神国の支配下にある国とはほぼ無条件で取引ができているしね。」
「…なんでルーブさんは…」
シャムールの言葉の続きは殺されなかったのか?しかし皆まで言う前に、
「罰ではないかと思っているよ。」
純粋に国のためになる人材を殺すのは勿体ないと考えたのか、もしくは生き地獄を味わせる為だったのか、真意は不明だが。
空気が重くなる。
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