第17話
センカはまるで久しぶりに会った恋人を見つめるように熱い視線をシンスに向けていた。
そして、シャムールに視線を移すと、センカは今までにない程優しく微笑んで、
「シャムール、貴方が昨日と今日と治療してくれた時に魔力が私の魂に流れてきました。そのお陰で少し顔を出せるようになったようです。」
声色すらも違う、そこにいるのはセンカなのに全くの別人。
「センカ…じゃないの?」
「ええ、初めまして。私はカレンデュラ。センカの身体にあるもう一つの魂。」
「二重人格…って事?」
センカ、いや、カレンデュラはゆっくりと首を横に振り、またシャムールの方を見る。
「元はこの子とは別々だったの。でも、私自身の身体は弱く、数年前、私の力をセンカに託すべく魂をセンカの身体に移したのよ。」
シャムールはついカレンデュラの穏やかな声に心を奪われながらもしっかりと聞いていたが内容が理解できない。
「魂?力?」
「はい、私は神国の切り札である呪いを解くことができます。その力は魂に刻まれた特別な力でその魂の形をセンカに入れる事で能力だけを託す筈が、不思議と人格まで…」
「んぇえ〜えっと?つまりセンカの体に魂が二つあってカレンデュラさんがそのもう一つで…?でも今まで出てこなかったけど」
シャムールの頭の上にはハテナが沢山生えているようだった。
「表に出てくるにも力が足りませんでした。今まで無茶に呪解をして回っていたせいか、私の力の殆どを使い果たしてしまったのです。」
カレンデュラは血が滲みそうな程の力でぎゅうっと手を握りしめる。
「罪滅ぼしが…」
震えるカレンデュラの手を止めるように握る。
「カレン、君はセンカとたった2人で何人も助けてきたではないか。」
カレンデュラの顔が高揚する。
そんなカレンデュラを見てシャムールは気付く、彼女はシンスを愛しているのだと。
しかしどうだろう、シンスは彼女と物理的な距離は近いものの、何か距離を感じる。
「あーってことは俺がもっとカレンデュラさんに力を分ければシンスの呪いを解く事ができるって感じ?」
「いいえ、シンスの呪いは体の一部を使った非常に強い魂を食うものです。私1人では解くことは出来ないでしょう」
「そしたらどうやって」
「私の能力を大幅に増幅させることのできるマキナがあります。」
「マ?キナ?」
またも知らない言葉が出てきて流石に混乱するシャムールが右に大きく身体を傾ける。
「簡単に言えば道具を使うという事になる。それを起動するのに大きな魔力が必要となる」
シンスが助け舟を出してくれた
「なるほど!それで俺かー!」
シンスとカレンデュラが頷く。
しかしシンスは少し怪訝そうな顔をしている。
「シャムール、なぜそんなに殺気立っているのだ?」
「え?」
シャムールの手には血が滲んで床に血が滴っている。
それほどの力で拳を握りしめ、身体が少し震えているのだ。
「え…俺、なんで…」
頭と身体がまるで一致してないような、そんな感覚に陥る。
手を開いてみると、みるみる内に傷は塞がり血が止まる。
それを見て不気味に思ったその瞬間、
「…う…気持ち悪い…」
シャムールは膝が落ち、四つん這いになる。
「シャムール!」
その際にティーカップが落ち、柔らかい絨毯に紅茶がシミをつけてジワリと広がっていく。
駆け寄ったシンスに背中を撫でてもらうが、気持ち悪さが治らないどころが、今度は涙が出てくる。
悲しいわけじゃないのに何故?なんなんだ俺は?誰なんだ?過去の記憶に関係が?
もう、訳が分からない。
「シャムール、あなたはもしかして過去に呪いの事で嫌な事があったのかも知れないわ…」
カレンデュラはベッドから降り、シャムールの元で跪き、シャムールの背中に手を添える。
「【ガイルラベク《精神回復魔法》】」
何個もの青色の魔法陣がシャムールを包む。
するとあんなに騒がしく感じた頭の中が何かに抑え込まれるように鎮まる。
シャムールのえずきも落ち着き、顔を上げる。
その様子を見てシンスもホッとしている。
「…ありがとう、落ち着いたよ。」
カレンデュラは少し悲しそうにしながらも笑って横に首を振った。
「いいえ、それはきっと私の…いえ、ごめんなさいね、シャムール」
「いや!それよりも俺は…俺がなんなのか分からなくて怖くなっただけなんだよ」
シャムールはまた視線を床に落とす。
カレンデュラの表情も曇ったままだ。
シンスは立ち上がり、2人に手を差し伸べる
「2人とも、とりあえずもう休んだ方がいいだろう。カレンもゆっくり休んでくれ、また。」
カレンデュラは今にも泣きそうに瞳が潤う。
シンスの言葉に目の奥がツンと痛くなる
「ええ…暫くは力も残ってると思うからまた会いにくるわ。そろそろセンカに身体を返すわね。」
そういうとカレンデュラが目を閉じ、身体が倒れる。
それをシンスが受け止め、まるで米俵を担ぐように肩に乗せる。
それを見たシャムールはつい笑いそうになる。
「ふ…シンスってなんというか、そこはお姫様抱っこじゃない?荷物みたいに肩に乗せる?普通!」
シャムールはクスクスと笑う。
シャムールの顔を見てシンスも微笑む。
「よかった、シャムールも少し元気が出たようだな。念のためにもう一寝入りしたほうがいい。ほら」
差し出された手をシャムールが取り、立ち上がる。
そして大きく伸びをする。
「いんや、もう目が覚めちゃったよそろそろ太陽も登ってきそうだよ。」
シャムールが窓の方に歩いて行き、ほら、と指を刺す先は薄らと遠くの空がオレンジがかっている。
シンスはセンカの身体をベッドに寝かせ、シャムールの隣に立つ。
「もう朝になるのか…ん?」
窓の外、厳密に言えば大きな塀に囲まれたこの街の唯一の出入り口である門が開いている。
そこから馬車が3台入ってきてどうやら真っ直ぐこのホテルに向かってきているようだ。
ホテルの入り口には既に一台馬車が止まり、何人かが慌ただしく何かを準備している。
シンスの目線を追い、シャムールも下を見る
「なんだろ?」
「誰か来るようだな…」
コンコン、突然ノックが聞こえてくる。
「俺が出る!」
シャムールがドアを開けるとそこには黒いスーツに身を包んだ女性が立っていた。
暗い色の髪をぴっしりとまとめ上げ、キリッと上がった瞳で見下ろしている。
高いヒールのせいで余計に身長差ができ、シャムールは完全に首を背中に曲げて見上げる状態だ。
近すぎて、乳しか見えない!
「貴方達が昨晩ルーブ様を危険な目に合わせたという犯罪者達ですね。」
「え?あまぁ、いかにもその通り?」
シャムールの返事の仕方に苛立ったのかずいっと顔を近づけてくる。いい匂いがする。
「今すぐ立ち去って下さい。」
「そんなこと言われても…」
そこにシンスが入ってくる。
「貴女は誰だ?我々はルーブ殿のご好意でこちらに泊まらせて頂いている。」
女はシンスを見ると驚いた表情をし、ふるふると何かを頭から振り払うように首を振り、また2人を上から睨みつける。
「私はルーブ様の秘書です。貴方達のような指名手配犯をルーブ様の側に置いておくことは出来ません。」
「いやいや、ルーブさんが泊まってけって言ってくれたんだよ?あと、あ、もう明日のオークションにシンスを同伴させるって事になってるし」
「なんですって?オークションには妻が同伴するものとなってます!それに聞きましたよ、貴方男でしょう?どういう事か説明を…!」
「僕が頼んだんだ」
後ろからルーブの声がし、3人はそちらに目線を向ける。
「ルーブ様!」
女は跪き頭を下げる。
「ペソ、そこまでしなくていいよ頭を上げて。いやぁ2人ともうちの秘書が迷惑をかけました。こんな明け方に」
ルーブは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、私とシャムールは既に起きておりましたので。それに主人を思ってしたことでしょう、私は構いませんよ。」
シンスがルーブの両肩を持ち、頭を上げさせる。
ルーブはシンスの顔を見て少し恥ずかしそうに笑い、一歩下がった。
ペソの視線は、ルーブにあった。
「ペソさんって言うんだ〜!美人だね!胸も大きいし〜へへへ」
「何を!美人だなどと…!」
シャムールの方をキッと睨みつけるがその顔は赤らんでいた。
んん?意外とピュアなのかな…?とときめくシャムール。
「そうだ!シンス王子、明日のオークションについて後で打ち合わせをしたいのですが、朝食は摂られますかな?」
「私もその話をしたかった。ええ、頂きます。」
シンスの言葉にホッとした表情を浮かべるルーブ。
「よかった、では一緒に食べませんか、もちろんシャムールちゃんとセンカさんも」
シンスとシャムールは目を合わせて頷く
「ではお言葉に甘えて」
「センカにも伝えとくよ!」
ルーブとペソは一つ会釈をして去っていった。
2人を見送り、シンスとシャムールは部屋に戻る。
センカは既に目を覚ましていたが、2人はそれに気づかずまたお茶を入れ直して他愛のない話をして時間を潰していたのだった。
センカが小さくつぶやいた言葉は2人の耳には届かなかった。
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