第16話


「私の育ての親なんだが、その人をママ上と呼んでいる。」


予想だにしなかった言葉につい紅茶を吹き出しそうになり、急いで左手で口を押さえる。


「ゴホッ…え、お母さんとかじゃないんだ?」


「ママ上以外は返事もしてくれないんだ。」


「へ〜?ふふ、シンスの母ちゃんやべ〜」


シャムールは寝ているセンカに気を遣って声を殺してクスクスと笑っている。


「そんなママ上だが、とても鍛錬に関しては厳しくてな、何よりも強いのだ…腕相撲ですら私は勝てたことない」


「そんなに強いのかよ!でもシンスもその細腕だとめっちゃ弱そうだよね〜?」


シャムールがニヤニヤとしながらシンスの方を指さす。

シンスは自分の腕を触り、ふむ、と呟く


「これでも私は大きな岩を砕くことができるのだが…例えば昨日の洞窟にあった大きな岩、あれくらいなら素手で砕けるだろう」


「えぇ!?嘘だー!いやでもシンスが嘘つくとは思えないしなぁ。どこにそんな筋肉ついてんの?」


マジマジと見るがどう見ても白く細い腕がゴツい岩を砕くなんて、想像もつかない。


「勝負、してみるか?」


シンスがスッと手を差し出す。

シャムールは差し出されたシンスの手を見て思ったのだ。

堂々と手に触れるチャンスだと!


「やる!」


そう言い手を握り、いざ、ファイト!

2人は言葉もなくスタートを2人の息で合わせた。

2人の腕に力が入る。


「んぬぬ…!」


真っ赤な顔でシャムールは必死にシンスに食いつくが、シンスは余裕な表情だった。


「この前、シャムールに触れたときに岩のように感じたことがあったんだが、やはり気のせいだったのかもしれないな」


「ん!?なに!?」


「…いや」


シンスは手を握り直し、ぐーーっとシャムールの腕を曲げていく


「うわわもうむ、無理…!」


こうしてシャムールはシンスに惨敗した。

しかし堂々とシンスの手に触れることができたことにとても満足していた。

そんな事も知らずにシンスは腕をマッサージしている。


「しかし正直驚いた。その小さな体であれほどの力があるとは」


「いやそれこっちのセリフー!」


嘘ではない。シンスの力が衰えたとはいえその辺の上級戦士や兵士など指一本でも勝てる。

しかしシャムールも彼らに簡単に勝てるだろう。

その証拠に腕が少し痛む。

こんな幼体でここまでの力、魔力、特殊な能力を持っているということは将来がとても楽しみである。

心の底からシャムールが協力者であることに感謝する。


「ねぇ、そのママ上は今どこかにいるの?」


「ん?あぁ、そうだな、この大陸を渡った所にある繁華街で酒場をやっている。」


「へぇ〜まさしくママさんってことかぁ…シンスの血縁者ってことは似てるの?」


「あまり似ているとは言われたことはないな…私なんかより、涼しげな目元をしていて…しかし王族の血を濃く引いている為に私と同じ色の瞳と髪色だよ。」


シャムールはその姿を想像し、ついうっとりしてしまう。

シンスの女性バージョンって感じなのかなぁと妄想が膨らむ。


「私の両親のことだが」


シンスの表情が少し曇る。

シャムールも、その表情を見て緩んだ顔を元に戻し、うん、と頷く


「前に話した通り神国に殺されたのだが、その処刑の日に私は産まれ、まだ羊水も抜けきっていない母は首を落とされたらしい。国の民も大勢殺されている。その惨状は聞き手の私はもはや想像も付かない。」


「…シンスはもちろん、神国と事を構えるつもりなんだよね?」


シンスは少し首を傾け考えているようだ。


「分からない、民のためというより…私は復讐心に燃えているのだろう。それと聞けば長く続いた龍國の文化は失われているらしい。」


「なら…」


「だが正直、私は行ったことも見たこともない龍國を『取り戻したい』などと言える立場にないと思っている。しかし私が旗印となることで民が団結し、彼らの先祖の雪辱を晴らすことができるのであれば喜んで先頭に立とう。」


「なるほど、親の敵討ちと龍國の民の悔しさを晴らす為にシンスは今頑張ってるんだね」


シンスはシャムールの言葉を受けて少し照れたように柔らかく笑う


「いや、頑張るも何も私はまだ何も成していない。だが、シャムール君と出会ったあの日からまるで…歯車が噛み合ったかのように事が動き始めた」


あの雪山での瞳と同じく、真剣で真っ直ぐな眼差しにシャムールは捕らわれる。


「いや、俺何にも…」


「シンス…」


突然、センカがシンスを呼ぶ声がして、シャムールとシンスはベッドの方に向くと、まるで雰囲気の違うセンカがこちらを見ていた。

その瞳はオレンジ色の宝石のように光っている。


「どうかしたのか、センカ…いや」


シンスがセンカの変わった様子に気付き、ベッドの方に歩み寄り、センカの隣に腰をかけ、顔を近づけてじっと見る

そして少し驚いた表情に変わる


「いや…カレン、君なのか?」

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