第15話

日付が変わってもう何時間も経つ。

この時期の太陽はまだ深く眠りについている。

もう何時間も前のこと、だけどまだあの戦闘から数時間も経っていない。

何事もなかったかのように塞がった、いや何もない腹の皮膚を撫でて確かめているのはシンスだった。

隣で寝息を立てて眠る子供の頭をポン、と撫でる。

こんなに小さな子に2日で2度も命を助けられたということに感謝と自分の無力さ、非力さを感じ悔しさを感じる。

目を閉じて思い出すここ二日のこと。

山の怒りによる雪の波に飲まれそうになったあの絶望的な瞬間。

呪いを解くのに絶対不可欠な存在…いやそれ以上に大事な友人を失いそうになった絶望感。

そうだ、涙ひとつ見せないでむしろ微笑んでいた、あの瞬間だ。ホテルのテラスから飛び降りた彼の表情を思い出すと体の真ん中が痛む。

それと共にあの蜂の女との戦闘を思い出す。

針先が妖しく光ったかと思えば、すでに女との距離は縮まっていて、腹に傷を負っていた。

なんとも無力で情けないのか。

年々、食われていくのを感じる己の寿命と力。

魂それすらも削られているような感覚。

本当に食われてるのではないか、なんて思うこともある。

シンスはずっと育ての親に厳しく育てられてきた。

戦闘という技術全てを育て親に叩き込まれた。

あの蜂の女とあの人だったらきっと、勝負にもなっていなかっただろう、などと思うシンス。

経験の為に外に出て暫く旅に出ていた。

時たま人助けのために魔物や野獣を退治したり、旅の者と同行し、見たことのない景色を見て回っていた。

そんな中、力の衰えを感じ、鍛錬と実戦を積みたいと思い、偶然モンスター退治をした村の村長に勧められて1年ほど前、冒険者として登録した。

この世界は大まかに四つの大陸でできているがアラビアーテと神国が殆どを占めている。

植民地を含めれば殆ど神国である。

この街は神国の本国からは少し離れているスベニエーク連合国に隣接したチャルナ王国という小さな国にある。5年続いた戦争の後、神国の属国となった。

大国相手に5年も健闘した事は諸外国らも意外に思っていたようで、神国に支配された後も評価が高い。

この国より遥か南の国で冒険者として登録をしたときにシンスはセンカと彼女に出会った。

そこは神国の手が薄い場所であった。というのも、殆どの冒険者ギルドは神国が力あるものを管理しやすいように管轄下に置いていて、神国の目の外でセンカが活動できる唯一の場所であったのだ。

センカはシンスより前から冒険者をしており、宝石持ちというものだった。

冒険者にもランクがあり、その中でもトップクラスと言われるのが宝石持ち。

実力を重ねて得る者もいれば、入会時のテストで優秀な成績を修めると貰えることもある。

センカは後者である。

貰える宝石は大まかに3種類あり、魔法使い、武闘家、武器使い。

その中でもジャンルによって細かく分かれている。

例えば、魔法使いであってもネクロマンサーや僧侶などとジャンルが違う魔法全てを扱えると晴れて宝石持ちになれるのだ。

宝石持ちは世界の冒険者は10万人いる中の500人もいない、いわゆるエリートである。

センカは魔法使いの宝石持ちであったが、訳あって神国から追われる立場となってしまった。

その一端はシンスが関わっているがセンカはいずれ神国とはぶつかる事になっていたから気にするなと言っていた。

大きなキングベッドで3人で寝ていたが、シャムールの奥で眠るセンカを見て、出会った頃を思い出す。

出会った頃のセンカは今と変わらず口が悪く、今以上に荒んだ雰囲気だったと思う。

シンスは冒険者としてのテストを魔法以外では満点という前例のない成績を修めた為その日のうちに有名になった。

そしてその日にセンカに出会い、自分の呪いについて知った。

力が衰えていたのは呪いのせいであったことも。

センカの目には呪いが映る。それがどんな効果をもたらすのか、どれだけ強いものなのかも。

そして、それを打ち消す力を持つ。

シンスが冒険者として登録したことで神国に目を付けられるようになった。

それと共に神国の切り札とも言える呪いを密かに解いて回っていた事もバレてしまったのだ。

体術、剣術その他満点を取り、魔法は0点という異様な成績はかつて滅した龍國の王族と合致していた。

神国はシンスが生きていることを知ってはいたが、どこにいるのかは掴めておらず、やっと掴みかけた尻尾を逃すはずもなくここ一年近くセンカと共に逃げ回っていた。

今のセンカではシンスにかけられた強力な呪いは解けない。

そこで呪解能力にブーストをかけるために強大な魔力を持つ者に協力してもらう必要があったのだ。

大きな国にいる強大な魔力を持つ人間に協力を依頼することなどできるはずもなく、しらみ潰しで探し続けて一際大きな魔力に引かれてここまでやってきた。

そうしてやっと見つけたのがシャムールだ。

ここ一年全く進展のないただ追っ手と戦う日々に漸く希望の光が差したのだ。

シンスはシャムールの顔にかかる髪を耳にかけてあげる。

この子に会ってすぐに国宝の手掛かりまで見つかった。まさしくシャムールはシンスとセンカにとっての道標となる太陽とも言える。

といってもセンカはどう思っているかは分からないが。


「ん…?シンス?」


シャムールは重たい瞼をゆっくりと持ち上げてシンスを見上げる。


「すまない、起こしてしまったね。」


頬に触れるシンスの手にシャムールは手を重ね、スリスリと嬉しそうに笑う。


「よいっしょっと!今何時?シンスずっと起きてたの?」


体を起こし、ちゃっかりシンスの膝に頭をポスッと乗せて悪戯っぽく笑うシャムールについ笑みが溢れる。


「ふふ、いや、少し眠ったのだが今日のことを思い出してしまってなかなか二度寝ができなかったのだ」


「ふーん?じゃあシンスが眠くなるまで何かお話ししようよ!」


「付き合ってくれるのか?ありがとう。では何を話そう?」


シャムールがうーんと顎に人差し指を付けて上を向いて考えていると、


「私の話をしてもいいかな?」


シンスの言葉にシャムールは驚く。


「えっいいの?聞いちゃっても」


「勿論だ。その前に温かい物を淹れて飲みながら話そうか。」


シンスの言葉にシャムールが反応し、膝から起き上がる。

シンスはシャムールの頭を一つ撫で、ベッドから降りて部屋の奥にあるティーセットに茶葉を入れて魔法瓶に入ったお湯を注いだ。

ここの魔法瓶は常に火属性の魔力が込められており、いつ何時も熱いお湯が出る。

湯気と共に茶葉の香りが顔を包むように広がる。

シャムールもベッドから降り、大きなパジャマの袖を邪魔そうにまくりながらシンスの後ろをついてきていた。


「わぁいい匂い…これはなに?」


「紅茶だ。この香りはアールグレイ…だと思うが…ミルクは入れるか?」


「シンス物知り〜!ううん、ストレートでいいよ」


「うん?そうか。」


蒸らした紅茶を白地にロイヤルブルーのティーカップに注ぎ、湯気の立つ。

シャムールが足をパタパタとさせて座って待つソファのそばにあるテーブルに置く。


「ありがとう、シンス!」


「熱いから気をつけなさい。」


シャムールはフゥフゥと冷ましながら口を付ける。

熱い紅茶が舌にピリッと刺激を与える。

そのあとに体に沿って熱さが伝わっていく。


「美味しい〜シンス紅茶淹れるの上手だね!」


「そうだろうか?しかしシャムール、前にも紅茶を飲んだことがあるような口ぶりだ。飲み方も知っているようだったし、何か思い出せそうか?」


「あっ確かに…でも何かを思い出す…といえばなんか凄く温かい気持ちにはなるよ」


シャムールは胸に手を当てて目を閉じる。その表情はとても嬉しそうだ


「いい思い出なのだろうな」


「うん、幸せな気持ちだ。そうだ、シンスの話を聞かせてよ!」


「そうだったな」


シンスはティーカップをそっと受け皿に置き、頬をくすぐる、月に染まった髪を耳にかける。

その仕草にシャムールはつい唾をの飲み込む。

黄金の瞳がこちらに向き、ドキリと胸が鳴る。

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