第13話

シンス、センカ、シャムールと、女は向かい合っていた。意外にも落ち着いているルーブ。


「シャムール!お前はルーブさんと中に!他の客も避難させろ!」


センカが2人を立ち上がらせて扉を開け、突き飛ばす。コケるルーブをふわりとお姫様抱っこでキャッチし、了解!と一言掛け広い階段を降りて行った。


それを確認し、女の方を向き直す。


「んー?もう準備オーケー?まぁ後であの子たちも殺しちゃうけどねぇ〜!」


そう言うと女の姿がみるみる変わっていく。

体には夥しい毛と、背中には羽が生えて服が裂ける。

そして異様にお尻が盛り上がっていく。

その先には鋭い針が生えており、それを足の間からするりと抜く。

まさしく蜂が大きくなって手足が人間に近いが悍ましい姿だ。

手に持つ針の先は濡れて光っている。


「分かるでしょ?これ、毒だから気をつけてねぇん」


既に人間の声帯は失われているのか、声も不自然で耳障りだ。シンスは腰に下げてあった短剣を2本手に取る。


「伊達にここまで生き延びてないのでな。遠慮なく来るといい。」


シンスはトンっとテーブルの上に乗り、構える。


「ふーん、じゃ、行くよ〜」


グッと体をかがめ、飛び出した瞬間、衝撃で木でできた床がバキッと音を立てて割れる。

その大きな体からは想像できないスピードでシンスに迫る。

その瞬間センカは目を瞑ってしまっていたが、ガチャンと金属が重なる音がして目を開ける。

シンスが短剣を重ね、女の針を受けている。

女は羽を高速でブブブとはためかせ、宙で体勢を変え、そのまま何度かシンスにまっすぐ打ち込む。

あまりの速さにセンカの目は追いついていけない。

全ての攻撃をいなされ、受け止められてしまった女は手を止め距離を取る。


「へーやっぱりこのくらいのスピードは追いつけちゃうね〜でも」


女はくるりと後ろに宙返りし、何メートルも距離があるテラスの端まで飛んだ。ガラスに足をつけ、体を低くする。右手に針を構える。

そのポーズはそう、まるでフェイシングだ。

ぬらっと針先が光ったと思った瞬間、テラスを囲うガラスがガシャンと音を立てて爆ぜた。その時にはすでにシンスの腹を掠っていた。

辛うじて体を逸らしたシンスだが、ボタボタと血が床に落ちる。パラパラと落ちるガラスも宝石のように光っている。


「あっはは!このスピードは流石の武道国家の王子様でも捉えきれなかったかな?あはは!もう死ぬよ!あはははこの毒はクマでも10分は生きれないからね!」


やってやったと高らかに笑う女をよそに黙々と傷口を破った服でギュッと縛る。

その様子に苛立ちを隠すこともなく舌打ちをする。


「眉一つ動かさねーとかつまんね」


「シンス俺の後ろに!」


シンスを後ろに下げ、センカが前に出る。


「なぁに?なに見せてくれるの?」


女はニヤニヤと笑う。

センカはシンスの方を一瞥し、女を睨みつける。


「【ファーヒルナールセヘル《最高位火力魔法》】!!!」


センカの手から黒紫色の魔法陣が大小といくつも連なり、その先から濡れた様な黒い炎がズルリと出る。

女はなんともなさそうに飛んで避けるがギリギリのところで毛深い体に禍々しい炎が擦り、引火する。


「あーくそッ」


バタバタと火を叩いて消そうとするが、逆に燃え広がってしまう。


「なんだこれ…!!くそ!!」


女は慌ててテラスから飛び降りる。


「おい!てめー!逃げんな!」


センカがテラスから身を乗り出す。風が吹き上がりセンカ顔を撫でる。

すでに女は下の噴水に身体を投げ、消火しようとしたがまだ火は消えない。

センカの使った魔法は特殊で引火したものを燃やし尽くすまで消えないもの。


「くそ!消えない…!!!なんで!まさか…古代魔法…!?」


女は引火した2本の脚をちぎり取り捨てる。

その脚が空気を巻き込んで燃え尽き、塵になって煙と共に消えた。

ザバッと水から上がると驚く他の客や街の住民たちがざわざわとしている。

女の体から滴る水は血で赤黒くなっていた。

それらに対し一つ舌打ちをし、上を見上げる。


「おーい!お前ら!今すぐ飛び降りな!さもないとここにいる人間全員殺すよ!」


「きたねーぞてめぇ!」


「あーいや、そっか王子様は放っといてもそのまま死ぬのか。じゃあいいよ、魔法使いアンタだけで許してあげる。早くしなー!10〜9〜」


「く…」


改めて下を見ると物凄く高い。

ここから落ちたらまず生きてはいられないだろう。

しかし、ここの住民を犠牲に……正直、犠牲にしてもセンカ「本人」としては構わないのだ。

しかし、「彼女」が許してくれない。

こんな時ばかり彼女の力が強い。

センカは柵に登り柵の上にしゃがむ様な形になる。


「待て、センカ、お前に死なれる訳には…いかない。」


シンスは毒が回ってきたのか体が動かなくなり、膝をついている。

顔も青く目も虚だ。


「どっちにしろお前が死ぬんじゃコイツの生きる価値もねーだろ。…くそ、俺だって、死にたくねぇ…!」


下から聞こえるカウントダウンはあと3秒。

身体が震える。怖い、どうして俺ばかりなんで俺なんだ。

自分の意思とは違う何かが背中をトンを押した。

フッと頭が下がり、シンスと目があった。シンスの顔は、悲しそう、ではなく、悔しそうであった。

その瞬間、下からあの女の笑い声と、他の人間の騒ぎ声が聞こえる。

身体が物凄い風圧で苦しい…

あぁ死ぬのか…くそ…走馬灯とか見えてきたぜ。

過去の景色が一気に頭をよぎる。その中にいた藍色の髪を三つ編みにまとめた、


「先生…」


恐怖と風圧で気を失いそうになったその時、体が細い腕に捕らえられた。

あの雪山の事を思い出した。

来てくれた…


「ひぇ〜何考えてんのセンカ〜知らない人のために自殺とか正気?」


出会ったばかりなのに何年も前から知っている様なその声に懐かしさを感じてしまう。


「…は、真っ黒な天使だな」


「え?俺のこと?」


シャムールがセンカを抱き抱え、大きく真っ黒な翼でシンスのいるテラスより更に上で羽ばたいていた。


「おー、お前以外誰がいんだよ。いや、まじ助かった…さんきゅな」


センカは心の底から安堵したのか、柔らかくシャムールに笑いかける。


「ひょ!?センカが素直…雪降るんじゃない?」


突っ返す余裕もないくらいにセンカは力が抜けていた。そして徐々に現実味を帯びてきて今置かれている状況を思い出した。


「そんな場合じゃなかった!シャムール、とりあえず俺を下せ!そしたらすぐさっきのテラスに戻ってシンスの毒を何とかしてやってくれ!秒で行け、秒で!」


「ラジャ!!」


シャムールは言われるがまま広場にセンカを下ろし、すぐにシンスの元へ飛んだ。

女はすっかりご機嫌斜めのようだ。

針をぺしん、ぺしんと手に叩きつけている。


「あーらぁ?いいの?こいつら全員殺しちゃってもぉ?」


ヒュッと水を払うように針を振り下ろす。

その水に混ざった毒で石畳の地面がジワリと煙を上げて溶ける。

わざと毒の威力を見せつけている。


「このまま、コイツらに毒を散らしちゃってもいーけど?」


ニヤニヤと笑う女にヘッと馬鹿にするように笑うセンカ


「お前…なに笑ってんだよ本当に殺るぞ!」


「おー、まぁ俺別にここの人間の味方じゃないからいいんだけどよぉ、その前にお前、ここの人間全員を今から、このまま殺すのは無理なんじゃね?」


「はぁ?てめぇ舐めてんじゃねぇぞ!」


「お前のその針、見た感じ一回きりだろ?濡れて毒もだいぶ抜けてんのに一人一人丁寧に急所刺していくのかよ?」


女の目が据わる。

そう、針は一度の変態で一本。針に入っていた毒も元より多くなく、水が入ったのか殆ど抜けてしまった。

図星だったからこそとても腹立たしい。

こんなガキに自分を見透かされたことがなによりもムカつく。

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