第12話

煌びやかな内装。

シャンデリアが人々の声とともにキラキラと輝き、そこにいる人達の服装もそれに負けず華やかで

、こんな辺鄙な街に似つかわないほどの高級ホテルである。

ホテルの周りも人通りが多く賑やかだ。

ホテル前でルーブを待つ3人はあまりにもラフな格好をしていて、出入りするドレスやタキシードなど華やかな服装の客達の中では浮いてしまっているのか、ジロジロと見られる。

その実、3人の容姿の良さで男女共に目を引かれてしまうのだ。

浮いていることに居心地の悪さを感じるセンカ。あまり気にしていないシンス。そして自分の可愛さに惚れ惚れしながら1人窓に映る自分を見て上機嫌のシャムール。

奥にあのホテルのオーナーの姿が見える。

若い従業員達が彼に話しかけているようだ。とても楽しそうに話している。

見るに、彼は従業員達にとても慕われているようだった。

オーナーが去ろうとしても他の若い従業員に声をかけられ、引き留められてしまうほど。

漸く解放され走ってこちらに向かってくる。


「すみません!お待たせしました」


オーナーはこの短距離を少し走っただけで大汗をかいている。


「いえ、今来たばかりですから…」


「あはは、お気遣いすみませんね…では参りましょうか」


オーナーの案内でこの街を一望できるテラスに連れられる。ホテルの最上階にそれはあった。

VIPルームなのだろう利用客は他にはおらず、賑わう街の声が遠く感じる。

其々、テラスで待ち構えていたバトラーやメイドに椅子を引かれ、座らされる。

テラスは薄い窓ガラスに囲まれていて、防寒されているが、それでもまだこの時期は少し寒い。体をさすっていると、


「どうぞお使いください」


メイド達は軽い毛皮のブランケットをかけてくれた。

よく見ると15歳くらいの若い子達なのに、サービスがよく行き届いている。テーブルの下は純度が低い火魔石が置かれ、じんわり温かい。

すぐ後にやってきたバトラーは黒と金のシックなサービスワゴンに様々な瓶を乗せてやってきた。


「食前酒ですが、お好みの物をご用意できます。お酒が苦手な方にはシャルドネを使用したビネガードリンクもございます。」


「僕はウォツカのストレートで。シエンナちゃん達はお酒は苦手かい?」


「いえ、私と蘭はそこそこ飲めますので…あまりアルコールの強くないものでお願いします。あとこの子にはジュースを」



「かしこまりました。ではまだ冷えますので、白ワインのホットカクテルなどいかがでしょうか?」


「そ、それで大丈夫です」


それが何かよく分かっていないがここは任せることにした。

透明のカップにオレンジとリンゴがトロリと置かれ、そこに半透明の白ワインが注がれる。

湯気がこちらまで香りを運んでくる。

空腹に甘いフルーツの香りが胃を刺激する。


最後にシャムールのグラスに赤黒いぶどうジュースを注ぎ、頭を一つ下げて中に入って行った。


「さぁ、マナーなど気にせず、食べてくれたまえ。」


少し脂ぎった汗を金の刺繍の入ったいかにも高級そうなハンカチで拭う小太りの男、オーナーのルーブが3人の方へ向き、ニヤニヤと笑っている。


「ありがとうございます、でも少し場違いな格好でお恥ずかしいですわ」


赤毛を三つ編みひとつに纏めた、ここではシエンナと名乗っている、そう、センカが少し顔を赤らめて言った。

それを見て真っ赤な顔で震えている子供がいた。

シャムールだ。

あのお口の悪いセンカさんがお淑やかおぶってるのがもう面白くて仕方がないのだろう。

シンスも慣れないようで苦笑いをしている。それに続いてシンスも答える。


「では、ありがたく頂くですワ」


慣れない言葉にちょっと口を尖らせた変な顔をしているシンス、明らかに不自然な女言葉に、


「ぷふぅ…」


「…」


シャムールが流石に耐えられなかったようで笑ってしまった。

それに凄い眼光で睨むセンカは恐ろしい。


「シャム子ちゃん、お味はどうだい?」


ルーブがシャムールの肩を理解できない手付きで撫でる。何故あんなにねっとりとした触り方なのだろうか。とシンスは少し背中が寒い感覚に襲われる。

それに対してシャムールはとても不快だというのが呼吸や仕草でなんとなく分かるが、きっとルーブには分からないよう気を付けているみたいだ。

とても良い子なシャムール、素晴らしい心遣いだ。シンスは孫を見るように感心している。


「いいえー!あたし、レディーですもの!ワインくらい飲めますわよ!」


撫でられた左肩をわざと大きく動かしてルーブのワイングラスを取り、一気にそれを仰ぐように飲もうとするのをパッとルーブが止める


「こらこら、まだ少し早いよ、フヒフヒ」


ルーブは細いシャムールの腕を撫でる。

シャムールは流石にキモすぎたのか目が死んでいる。

シンスがおとなしいセンカを見ると先程より恐ろしい目つきでルーブを睨んでいる。

ルーブがセンカの方をみるとコロリと表情が変わる。それを感心してシンスは見ていた。

(とても器用だ、勉強になる。)


「蘭ちゃん、お口に合うかな?」


テーブルに出されていたものは魚介のサラダに何かを固めた四角い何かに何かのソースがかかっている何か、わざわざ小さなグラスにゼリー状になったものに黒い何かがのっている何か…

前菜らしい。


「うむ、あまり慣れない味ではあるデスがうま…美味しいですワ」


「そうかいそうかい、おかわりはいくらでもあるからね、ゆっくりして行ってよ〜なんせこんな美人3人と食事なんて滅多にできないからね〜部屋に呼んじゃいたいくらいだよ〜」


ルーブの視線はなんというか、とても不快だ。

なんとも言えない不愉快な視線に耐えきれず私は目を伏せる


「ふふ、ご冗談がお上手ですのね」


「あたし子供だからわからなぁい」


(センカに続きシャムールまでちゃんと会話をしている!私も何か言わねば…何か質問…)


「部屋で…何をするのだ、ですワ?」


センカとシャムールが驚いた顔でこちらを見てくる!何故だ…、何かまずいことを言ってしまったようだ。


「えぇ〜?何って…蘭ちゃんだってレディーなんだから…分かるでしょ?」


いや全く分からん。

れでぃであることが重要なのだろうか…しかしこれ以上はあまり口を開かない方がいいだろう

だがなんと言うか、この男は何故か私にだけ不思議な視線を送ってくるな…


「わ、分かるがあえて聞いてみたですワ」


これでとりあえず会話は終わりそうか…いやなんだ、ルーブのあの顔は…食事が不味くなりそうだ…


「蘭ちゃん…意外と…?」


何が意外なのだ、はっきり言わないか。

助けてくれセンカ…

目線を送るとやれやれと言いたげな顔をしている。うむ…いつもすまない…


「ルーブ様、ごめんなさいね?蘭、実は…」


センカが何やらルーブの耳元で囁いている…耳をすませば聞こえそうだが…

不思議そうにしていたルーブの表情がみるみる笑顔になっていく。

とても良い笑顔だ…。


「なぁんだぁ〜蘭ちゃん!そうだったかぁ〜えぇ〜?こんな美人なのに〜?」


「高嶺の花ですのよ、蘭は」


「そぉっか〜!たしかにそぉだね〜それなら僕が頂くわけにはいかないよねぇ?」


何をあげるというのだ?ここは…あげた方が関係が円滑に行くだろうか?センカは魔石の太客にしたいと言っていたから…な


「私は差し上げても構わんデスワ!」


「ブッ!」


吹き出すシャムール


「シ…!おま…!!」


素が出かけるセンカ


「ほ、本当かい?」


突然真剣な表情に変わるルーブ


「む…間違えただろうか?シエンナ…?」


青ざめるシンス

この空気を覆すにはもはやセンカもシンスもルーブに勝手を言いすぎた。

今までで1番綺麗な目で見つめてくるルーブに、シンスはまるで蛇に睨まれた蛙。

凍った空気を溶かしたのはシャムールだった。

シンスの腕をぐいっと引っ張り体を密着させる


「だめだよー!おじちゃん!蘭お姉ちゃんは、あたしと結婚するんだから〜!蘭お姉ちゃんはあたしのなんだから、ね?」


「お、おぉ、そうかそうか…それは悪いことしちゃったね〜じゃあシエンナちゃん誘っちゃおうかな〜ナンチャッテ!」


「ダメよ!シエンナお姉ちゃんとは今晩一緒に寝る約束してるんだもん!おじさん、意地悪しないでよー」


大きな瞳に大粒の涙が煌く。

オロオロとルーブが焦りハンカチで顔を拭ってあげている。


「ごめんね〜!シャム子ちゃぁんもう意地悪しないよう」


ナイスだ、シャムール!センカはそんな言葉が出掛かるほどに安堵している。


「まぁまぁ、冗談はさておきお食事が冷めてしまいますわ」


といっても前菜なので全部冷たいのだが、完全にこっちに流されているルーブはそうだねと言い食事を再開した。

その後は変な雰囲気もなく、無事に食事会を終えるかと思えたその時だった。

メイドがデザートを運んできた。

ルーブは会話に夢中でそのメイドを気にかける事なくデザートを受け取った。

そのデザートに何やら嗅ぎ慣れない物が混じっていた。そもそも今までの従業員達は嬉々としてルーブにお口に合うか、なんのお話してたのかと子供のように話しかけてきていたのにそのメイドは何も話す事なく淡々としていた。

それに気づいているのはシンスとシャムール。

センカもルーブも気付いていない…というより、その何かが入ったデザート、恐らくあれは、毒だ。

全員の物に入っているようだが特に香りが強いそれを口に運ぼうとするルーブ


「まて…!」


静止しようと立ち上がるがそれより前に近くの席だったシャムールが動いていた。

ルーブの持ったスプーンを自分の口に入れていた。

驚くルーブに、センカは


「ごめんなさい!こら!何をしているの!シャム子のはあるでしょ?」


そうか、シャムールは毒耐性がある…とはいえなんとも大胆。


「だってぇおじさんの方がおっきく見えたんだもーん!交換して〜?」


シャムールは無意識なのか、自分のデザートに解毒の魔法を掛けている。


「おぉ、良いとも、ほらお食べ」


「ありがとうおじさん!」


そう言いルーブからデザートを受け取りペロリと平らげてしまった。

しかし、毒を盛るというのはどういう事だ?ルーブに恨みを持つものでもいるのだろうか?

そうであれば本人に知らせるべきだろう…

いや、もしかしたら『私たち』に用がある者か


「…すまない、ルーブ殿、貴殿の皿に毒が盛られていた。」


突然のシンスの発言にシャムール以外の2人は驚き固まる。


「ちょ…ちょっと蘭…?」


「なんだって!?シャム子ちゃん!今すぐ吐き出すんだ!人を呼ばねば!」


ルーブは自分が毒を盛られた事より、シャムールが代わりに毒を口にしてしまった事に動揺している。

シャムールは意外そうな顔をして、少し笑った。


「…おじさん、大丈夫だよ、俺には毒は効かないから。」


「え、どういう事なんだい…?」


普通の人間で毒が効かない人などこの世に存在しない。

毒が効かないということはすなわち人間以外となる。


「俺人間じゃないんだ。多分」


そう言った途端、センカはすぐさま戦闘、もしくは逃走できるよう辺りを見回す。

このガラス張りのテラスから飛び降りることはできない…やはり建物内から脱出しなければ…


「それは本当かい?」


「…うん、ごめんね嘘吐いちゃった」


ルーブは怒るだろうとセンカ、シンス、シャムールも思っていた。

だからルーブの言葉を待つ沈黙は重い。

しかし、その重い沈黙を破った言葉は意外だった。


「そっか…それは良かった、僕のせいでこんなに可憐な少女を死なせないで済んで本当によかった…!」


「お…怒らないの?」


「怒るものか、別に人間ですと自己紹介されたわけじゃないんだよ?嘘でもなんでもないじゃないか」


あんなに気持ち悪かったルーブがこんなにも心優しい男だったとはセンカもシンスも驚きを隠せない。


「あはは!言われてみればそうだけどさ!他にも色々と突っ込むところあるじゃん!でも優しいね、ルーブおじさん!俺ルーブおじさん好きだよ」


「え…じゃあ大きくなったら僕と結婚してくれる?」


「あいや、そういう好きではない」


「そっか…」


やっぱりルーブは気持ち悪かった。


「そんな小さな用心棒がいたなんて、聞いてないんだけど?」


突然上の方から声がした。

全く気配がなかったのに、その方向を見ると食事を運んでいたメイドの1人が隣のガラス張りテラスの屋根から覗いていた。


「あーあ、失敗〜」


よく見るとその女ははデザートを運んできたメイドだった。

それに気づいたシンスが3人を庇うようにメイドの方を向いて立つ。


「お前がルーブ殿に毒を盛ったのだな?」


「まぁ普通に考えてそうだよねぇ。聞いてよ、あんたらを犯人にして、ここの国民を敵にする!そしてアタシの毒で弱ったあんたらをボコボコにする!神国も喜ぶし、アンチ神国が多いここのクソ国民どもも神国バンザーイ!頭良くね?アタシ」


拳を振り上げガラスを叩き割ると下のテラスに降りてきた。

その女は至って普通の女だ。

金髪に青い目のこの国では珍しくはない容姿の若い女。むしろ容姿端麗で美しい。


「神国と言ったな…」


「うん、お迎えにきたよ〜王子様と裏切り者の魔法使いくん〜」

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