第8話

ノヴァムンドゥ宗教国家

この国はとてつもなく大きい、しかしどこよりも小さい。

というのも実質的支配している土地の広さはこの世界で一番であるが、本国はとても小さく、首都とされるこの街グローリアはどの国の首都より小さい。

大きな壁に囲まれたこの街。殆どを占めている創主神教会本部はそれこそ建てられてから長い年月を越え、経年劣化した部分も多く見られるがその分、重厚感を漂わせている。

白を基調とした石造りのこの建物は殆ど城といっても過言ではない、いやその辺の城よりもよっぽど立派で大きく、そして警備も厳重であり、街は要塞のように分厚く大きな壁で囲まれている。

その建物内にある、薄暗く、蝋燭ひとつ付いてないが、外からの光を大きなステンドグラスの窓を通して鮮やかに照らす部屋に2人の男がいた。

1人はその光を背中に受け、逆光で顔が見えにくいが輝く金髪を一つにまとめ、服装は重そうな襟の大きなローブを纏っている。このローブはここでの正装である。

もう1人は透き通るグリーンアッシュの髪が赤、青、黄などのステンドグラスの光で鮮やかに光って、白い肌にも美しく写っている。

この男の名はユーリ•シーズ。弱冠20歳にしてこの国の矛と言われる赤色騎士団の中にある最も重要で最も大きな戦力が集まる神剣士団みけんしだんの副団長補佐をしている。

彼が赤い瞳で見つめる先にいる金髪の男がまさしく副団長であり、彼の直属の上司である。


「アレス副団長、例の指名手配犯についてですが。」


ユーリは羊皮紙に描かれた指名手配犯シンスドヴァ・スーアと、センカの罪状を読み上げる。


「シンスドヴァ・スーア及び元神国管轄下冒険者組合員センカはこの神の国であるノヴァムンドゥ宗教国家の転覆を謀り、神国が呪術により一般人を支配しているとの嘘を吹聴し、呪いを解く対価を要求する詐欺を行なっている。その他に強盗、器物破損、強姦及び殺人等凶悪な犯罪を犯し、今なお逃走中である。シンスドヴァ・スーアは銀髪に黄金の瞳の男、センカは赤毛に茶色い瞳の男。どちらも屈強な戦力を持つ男である為、見かけ次第取り押さえようとせず情報を提供するよう協力を要請する。」


ユーリの落ち着いた声が大きな部屋に流れる。

それに聞き入るアレス。


「ふふ、本当君の声は落ち着くね。」


ユーリはアレスの言葉に少しムッとし、すぐに表情を戻す。


「副団長、この情報ではあまりに彼らにかけ離れています。それに、この罪状は俺の方で調べさせていただきましたが嘘ばかり。嘘の罪状を掲げ、彼らを捕まえるというのですか?」


アレスは相変わらず優しく微笑んで、ただ大きな椅子に座り足を組んでユーリを見つめている。


「君のその慎重さ、本当に優秀で困ってしまうよ。一度剣を交えて情が湧いてしまったかな?」


アレスが自分の首元をトントンと指差すと、ユーリも自身の首元にある窪んだ歪な傷を触る。


「相手は素手でしたけどね。情など湧きませんよ、でも自分の不甲斐なさに少し落胆しました。」


「いやぁ相手はバリバリの戦闘民族の王子だ。それで相手に一太刀入れた君は相当強いよ。」


ユーリは黙って暫く首の傷を撫でると、ハッする


「話を誤魔化さないで下さい。これはアレス副団長が作り上げた嘘という事で間違いないですね?」


バレたか、とわざとらしく困った顔で肩を落とすフリをする。


「そうだよ、全部私がやった事。それで君は?どうするの?」


ユーリは瞳を据わらせて少し口を緩ませる。


「もちろん、お国の為ならば。」


「結構。」


アレスは手を挙げ下がるように命を下す。

ユーリは頭を下げて、ザッと音がするように一歩下り回れ右をし、出て行った。

ユーリのどんな情報も正確さを追求するあの姿勢は嫌いではないがいつか彼の心を壊しはしないか…と心配するアレスが呟く。


「全く、ほんと可愛い子だわ…」


ユーリは副団長室を出て、そのまま教会を出た。

外はまだ少し肌寒くいつもなら上着を持ってきているところを忘れてしまい、動きにくいローブを羽織ったまま帰ることにする。

教会から歩いて1時間半の所にある言わば田舎に小さな一軒家を建てて暮らしている。

ユーリ程の役職についていれば教会内に自室を持てたり、豪邸を建てることもできる給与を貰っているのだが、あまり贅沢を好まないユーリは殆ど貯蓄と寄付をして、最低限の生活費だけで暮らしている。

今晩の夕飯を買って帰ろうと市場のある方へ向かおうとグローリアを出るため門まで歩いて行く。

鎧で身を纏った兵士はユーリが着ている深い紫色のローブを見て、検問どころか頭を下げて通す。

グローリアを出ると大きな街があり、まるでグローリアを守るかのように、広く大きな街には市場があり、多くの人が住む。

街は活気に溢れ人々の表情は明るい。この街に住んでいる事を皆、誇りに思っている。

そんな人々の顔を見て、いつも心が穏やかになる。自分のしている事は何も間違っていない、正義であると実感できるからだ。

そんなとき、誰かがユーリを呼ぶ


「ユーリさーん!」


その声の主は部下だった。部下3人は非番のため私服だった。

3人はユーリの元へ駆け寄ってくる。


「お勤めご苦労様です!」


3人は声を揃えてユーリの側で跪いた。


「直れ。ここでは目立つからそんなに畏まらなくていいですよ。」


ユーリが敬語なのは、3人が年上である事もそうだが、3人も立派な剣士であり実力があるからこそ神剣士団の一員であるため、敬意を持って接するよう努めているからだ。

しかし副団長にはあまり謙らぬように言われているので最近、命令を下す時は敬語を控えている。

3人は立ち上がり、ニコニコと笑っている。


「ユーリさんおかえりですか?よかったらこれから3人で飲みに行くんですけど一緒に行きませんか?」


「ユーリさん行きましょうよ!」


「俺ユーリさんと飲んだ事ないんすわ、頼みますよ」


それぞれがユーリに話しかけるがユーリは少し困ったように笑う。


「お誘いありがとうございます。しかし私のこの格好では店の者たちも困ってしまうでしょう。」


3人は顔を合わせ、うーんと首を傾げる。


「じゃ、それ脱いじゃいましょうよ。俺の上着貸しますんで、お願いします!」


その中の年長がそう言い、自分の暖かそうな上着を脱ぎ始める。


「いやいや!それは悪いですよ!」


ユーリが彼を止めると、


「俺がやりたいんです!」


「むしろ俺が脱ぎます!」


「俺の着てください!」


そんなこんなしているとユーリはローブを剥がれ暑苦しい男3人のコートを着せられ、あまりの重さによろめく。

3人は筋肉隆々のため下は薄着で筋肉が目立つ。

そして不思議なことに彼らから湯気が立っていた。

この3人、実はユーリの大ファンであるユーリ親衛隊マッチョ三兄弟と影で呼ばれているのだ。

ここにいる4人はそんな事は全く知らないが街の一部の人間は風の噂でそんな話を聞いていてクスクスと笑っている。

それに気づいたユーリは少し恥ずかしくなりコートで顔を隠す。

3人の顔は期待の眼差しである。


「う、じゃあ少しだけお邪魔します」


「いよっしゃ〜!!!!」


3人はガッツポーズを掲げて大喜びであった。

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