第7話

なんとなく思い出せる記憶は体がフワリと浮いた、あの時だった。

身体中が痛く、意識を保ってはいられなかったが、所々記憶がある。

ベッドに寝かせられ、何やら周りがざわついていて…なんか…口に入れられて…体の痛みが引いていったところで安心して完全に眠りについた。

そこで意識が完全に落ちた…というか今目が覚めて思い出した。

折れたと思っていた右腕はアザ一つない、いつも通りに動かせる。むしろ体が軽くて魔力までも回復している様だ。

アカギレしていた指先すらも綺麗になっていた。

これやったの、あいつだよな…

真っ黒な髪を首に巻いて不安そうにしている小さなあいつの姿を思い浮かべる。

やっぱりあいつ神孫っぽいよなぁてか絶対神孫だろ。

でも後で礼を言わなきゃならないな…

ところでここは山小屋…で合ってるのだろうか?


キョロキョロと寝たまま部屋を見渡す。

窓の外は真っ暗で、星が見えていた。

あの光景が夢ではなかったということが分かって少しウキウキしてくる。

あり得ないほどの魔力の凝縮体があの呪われた雨雲を吸い取った!どういう原理なのか、気になるし、あいつの他の力も見てみたい!

無意識にニヤニヤしてしまう。

そんな時、コンコン、ノックが聞こえた。

返事をする間もなく扉が開き、片手には盆を持ったシンスと後ろにコソッと隠れるあのチビが入ってきた。

シンスと目が合うと、シンスは嬉しそうに笑った

シンスってこんな風に笑うのか…行動を共にしてそこそこ経つけどこんな風に笑うのは知らなかった。


「センカ…良かった目が覚めたのだな。山守が食事を作ってくれた。食べれそうか?」


「おー、正直そんな空いてないかな…」


「そうか、食べれるだけ食べた方がいい。」


そう言いながらベッドの隣にあった小さなテーブルに食事を置いた。

真っ白なシチューに黒い肉とじゃがいも…にんじんが鮮やかだ。

それにちょっと硬そうなパンが添えてある。

いい香りに食欲がそそられてくる


「センカぁ…あの、あのね…」


体をよっこいしょと起き上がらせ、シンスからスプーンを受け取っていたらチビが泣きそうな顔でこちらを見てる。

まだ1人ドアの前に立っている。

その表情は悪戯がバレて謝ろうとする子供だった。


「あ、そうだ、お前が治療してくれたんだろ?ありがとな!助かったぜ。」


「ん…うん」


目を逸らされる。


「なんだ?どうしたんだよ」


「俺…センカの腕、ね」


「おう」


自分の右腕を見て、チビの方をまた見る。


「た…たべ…た」


「ん?」


「どういうことだ?センカの腕はちゃんと付いてるぞ。」


シンスも不思議そうに首を傾げ、センカの腕を見て、2人目を合わせてまた首を傾げる。


「治療するのに、腐りかけた腕が治るのに時間がかかるから手っ取り早く腕を切り落としたんだ」


「え!?」


あまり恐ろしいことを言うので腕がついてるかペタペタと左手で確かめる。

しかしシンスはじっとチビの方を見てる。


「それで、どうしたんだ?」


シンスが問う。


「その腕食べた…」


「いやそうじゃなくてどうやって俺の腕をくっつけたんだ?」


センカの問いにポカン、としているチビとの話がチグハグになってきた。


「俺の身体で作った治療ドリンクを飲ませた…」


「は?いやそしたら傷口は塞がっても腕は生えねぇだろ!」


欲しい答えが返ってこないことに苛立ちを覚え、つい強く言ってしまう。

それをシンスがふと手を挙げ牽制する。


「君の作った治療ドリンクとやらは人の体の欠損をも回復させるのか?」


コクリと頷くチビは少し震えている。


「や、やっぱりこの世界でそういうのってやばいのかなぁ…?」


異常事態すぎて少し頭がついていかないが、つまり俺の腐った腕を切ってこいつ特製の?こいつが分泌した?治癒ドリンクを飲んで腕が生えた?

うわ、それって…

「すげーよ!!!」


素直にすごい!そもそも治癒ドリンクは薬草をすり潰したものを薄めたり濃くしたりで効能に強弱があるだけでまず傷口が瞬時に塞がるのが精一杯だ。

こんな事は、化け物レベルの巫女が神国に1人いるだけだ。

俺の言葉に驚くチビは少しずつ表情がほぐれていった。


「怒らないの?俺、センカの腕食べちゃったんだよ?」


「怒んねーよ。むしろ腐った腕捨てる他どうにもできねーし」


「いや、怒るべきだ。」


シンスが真剣な表情になり足を組んだ。

それにチビもビクリとする。

シンスの綺麗な顔で睨まれると相当怖い。

でもシンスの事だ、どうせ的外れなことで…


「ごめ…なさ」


「腐ったものを口にしては危ないだろう。」


「ぬぇ??」


ほらな…

チビもアホみたいな顔でビックリしてるよ。


「シンス、仲間の腕食べられて怖くない?俺人間食べちゃうんだよ?」


「構わん。しかし腐ったものを食べて体調を崩してはいけない。体は大丈夫か?」


シンスがチビに近寄り体をぺたぺた触り、調べて労っている。


「う、うん。むしろ俺なんか強酸出せるようになった。」


そう言って口から黄色いツンとした臭いの液体をベェっと出す。

落ちたその液体が床の木を溶かしている。

なんだこいつ…


「素晴らしいな!…ただセンカ、君は彼女の行動は、許容できる、ということでいいのか?」


ポリポリと頭をかいて少し考えるふりをした。

別に腕治ったし、どうでもいいんだけど…ただ強いて心配どころがある。


「なぁチビお前俺たちといて腹減るか?」


「えっとそれは2人に食欲が湧くかってことだよね?それはないよ…」


「なら問題ねー!本当助かったぜ、ありがとな!これから一緒に行動するのにお前がいてくれるとむしろ心強いぜ!な、シンス!」


シンスも頷いている。

それを見て安堵したチビは少し泣いているようだった。

まだまだガキだな。

にしても、一つ不具合があるな…


「なぁ、いつまでもお前とかチビとかじゃ困るよな…名前覚えてないんだっけか?つかこっち来いよ。」


手招きに応えてテクテクと小さな歩幅でこちらに歩み寄って、ベッドに座らせる。


「うん、名前どころか自分のことを自発的に何かを思い出すっていうのができないんだ」


「確かに名前がないのは不便だ。なんと呼んで欲しい?」


シンスが優しい表情でチビの方を見る。

チビは照れているようだ。その隙にシチューに手を付ける。うまい。


「んーえぇーっとぉ〜」


言葉の通り頭を抱えて悩んでいる。

助け舟をだしてやるか…


「神孫である事は隠した方がいいからな、あえて外見的にアラビアーテ人に近いからそっちの名前を付けたらいいんじゃねぇ?」


「え!神孫って隠さなきゃいけないの?」


「基本的に神国があんまいい顔しないんだよなぁ〜秩序を乱す〜とか言ってただつえーからビビってるだけなんだろうけど」


「なるほど…でもアラビアーテの人?の名前なんて分からないよ」


3人でうーんと頭を傾けて考えていると、ふとシンスが口を開いた。


「シャムールなんてどうだろうか」


2人でシンスの顔を見る。


「どういう名前なの?」


「確か、太陽、そんな感じだった気がする。多分。」


割とてきとうなシンスによく分からないが尊敬の眼差しを送っているチビ


「すごいシンス…他の国の言葉とか分かるんだ…すごい…」


「まぁでもいいかもな、とりあえずの名前でシャムールっていうのも」


「シャムールか…なんかお堅い感じだけど気に入ったよ!ありがとうシンス!」


シンスは笑顔で答える。

こうしてチビの名前が決まった。さてさてここからが問題だが俺たちがこれから成す事、それはシンスの呪いを解きたい。

その呪いは何故かけられたのか、誰によるものなのか、解いたのちに成したい本当の目的…これを話す必要がある。

シンスは恐らくそう言ったことは、協力者に対しては真摯に対応するだろう、全て包み隠さず話すと。

ただあまりに危険なことではある…シンスの正体が、俺の正体がバレると周りにいる奴でも普通に殺されてしまうからだ。

シャムールが裏切ることは無いと思う、無いと願いたいが…とりあえず触りだけ話して追々詳しく話していく方が良いかもな…


「なぁ、シャムール悪いんだけどな、ちょっとシンスと2人で話したいことがあるから、5分後にまた入ってきてくれるか?」


「え?うん、わかった!食器持っていくよ」


「おぉ、ありがとな」


シャムールは素直に聞き入れてくれた。

そして空になった食器を盆ごと持って部屋を後にした。


「…シンス、俺たちの事をシャムールに話さなきゃならないと思うんだけどよ」


「それは私も思っていた。」


「だよな…それでよ、俺たちのこと全部話すのはちょっと辞めとこうぜ」


「何故だ?協力してもらうには全て話す方がいいだろうが…センカがそういうのなら何か理由があるのだろう」


真っ直ぐに目を見つめられ、特に理由はないけど信用できないからとは言いづらい…


「俺たちの事に巻き込んで、あいつが死ぬのは嫌だろ?あんな小せぇガキ、俺たちのせいで殺すことになるのは流石に夢見悪いだろ。」


これは間違いなく本音であった。

シンスもハッとし、確かにな、と頷いた。


「それでシャムールには俺に説明させて欲しいんだけど、シンスは話を合わせといてくれないか?」


「分かった。シャムールを呼び戻して来よう。」


そう言い、出て行ったシンスはすぐにシャムールを連れて戻ってきた。

これから真剣な話をするのにポカーンと間抜けな顔してるシャムールに気が抜けてしまう。


「あのなシャムール、俺たちのことを話しておこうと思ってな、聞いてくれるか?」


そういうとパァッとシャムールの表情が明るくなる。


「勿論だよ!むしろ2人のことをもっと知りたいと思ってたんだー!」


うっこいつをちょっと疑って全部を話せないというのに、ちょっと罪悪感…


「良かった…まずシンスの呪いなんだけど、こいつの家柄が良くてな、その力を削ぐために生まれた時に呪いを受けたんだ。寿命を極端に短くされる呪い。」


「一体誰にそんな…」


「大まかに言えば神国だな」


「神国…ってどういう国?」


「神国はここいらでは1番デカイ国だな。アラビアーテと並んで強国だが小さい国を侵略しては属国にしてる。魔力が無いものは迫害されてしまう。」


「なんか怖いね」


「おう、魔力信仰が極端でな、魔力は神から与えられたもので魔力の無い生き物は卑しく生きる価値がないと思っている。実際首都の人間や貴族共でも、自分の子供であっても容赦しない。」


「それじゃあシンスの家は神国の貴族とか?」


「うーんいや、ちょっと違くてな」


「私には魔力が一切ない。」


シンスが割り込んでくる。

全くとりあえず話を合わせとけって言ったのに…!

まぁそれはいずれバレることではあるか…?


「だから迫害されちゃった…?でもわざわざ呪いなんて遠回りなことするが必要ある…?あれ?でも?ん?」


シャムールは頭の上にハテナが何個も付いているようにぐるぐると目を回している


「シンスの血筋は特殊で魔力の代わりに身体能力が高く、個の力が凄まじい。魔力をもってしても勝てないと判断されたからだな。そんで、その血筋を絶やすためにシンスの両親、兄弟は神国に殺されちまったんだ。」


「ひどい…!なんでそこまでするんだよ?」


シンスの方をシャムールが見ると、シンスは小さく首を振り、安心させようとすこし微笑んで見せた。


「宗教だな…」


俺はシャムールの質問に端的に答える。


「まぁそれでなんだけどよ、シンスの家の血筋を絶やさないためにも、神国に抵抗するためにも、シンスの呪いを解かないとならない。シンスの命は持って…10年、いや5年だったか」


シンスの方を見ると目をつぶって小さく頷いた。

そんな2人を痛々しそうにシャムールは見ていた。


「じゃあシンスは…30歳とかまでは生きれないってこと?」


「いや私は既に85歳だ」


「い?」


馬鹿シンス…!!!!!

シャムール飛び出して馬鹿面になってるし…!!


「あーえっとな!こいつもぉ人間とはちょっと違うんだよなぁ〜」


「私の一族は普通の人間の5倍寿命が長い。事実私の血縁者であり、育ててくれた人は200歳を超えている。」


「へ…へー…?」


ほら流石のシャムールもちょっと引いてるじゃねぇか!85年生きりゃ人間としては十分だし…!

お前がそれ以上に生きて成さなきゃならないことがあるのを今話すべきなのか…


「私は、私の国を取り戻したいのだ」


「「あ!なんか言ってたね(な)!!!」」


突然あの雪崩の直前の記憶を思い出す。

シャムールはその時シンスに見惚れてあまり会話を聞いておらず、センカはその直後全身打撲してえらい目に遭ってすっかり忘れていた。


センカとハモったシャムールは、ん?とセンカの方を見た。

ちょっと怪訝そうだ。

その視線に耐えられずセンカは下手に嘘をつくより、正直に話そうと腹を括る。


「あのな、俺たちの素性とか全部知られたらシャムール、お前も死ぬかもしれない。何かあったときに知らなかったといえば助かるかもしれない」


そう言うと、シャムールは眉間に皺を寄せて訝しんでるような表情をする。


「何言ってるのセンカ…そもそも一緒に行動してる時点で俺も殺されちゃうでしょ」


「いや、まぁ…うーん…」


センカがアゴに手を当ててシャムールの視線から外れようとそっぽを向く。


「…俺が他の人にセンカとシンスの秘密を話しちゃう可能性を否定しきれないから全部は明かせないってこと?」


ズバリ言い当てられてしまった。

苦い顔をしつつも、頷く。


「そりゃそうだよね…だって俺たち出会って間もないし…」


あからさまにシュンとしているシャムールを見て2人は胸が痛む。

シャムールは続けた。


「これからお互いのこと知っていけばいいよ!話したくなったら、いや話さなければならない時がきたら話してよ!それにね、俺、センカの腕をオヤツにした時点でもう2人に嫌われると思ってたから。それでも俺と一緒にいてくれるって言ってくれたからさ、嬉しかったんだ!」


「シャムール…でも…」


でも、それはシャムールの力が不可欠だから、という気持ちもある、つまりそれは…


「だから、そんな2人になら利用されてもいいよ!あと2人の顔が好みだし」


「シャムール…」


後半はちょっと聞かなかった事にするとして、あまりに健気で少し不安になる程…

シンスが改めてシャムールの方を向き直す。


「シャムール、君も私たちを利用してくれ。暫くは私達に付き合ってもらうかと思うが、記憶を取り戻す為、居場所を新しく作るなど、自分のためになる事を私達を利用してやるといい。」


「うん、そうさせてもらうよ。」


ニカッと白い歯を光らせてわざとらしくくしゃくしゃに笑って答えるシャムール。

その真意は、言葉にするには少し無粋か。


「早速なんだけどよ、俺たちちょっと盗まれちまった物を取り返すところからスタートなんだよな」


「ん?何?」


「私の国を取り戻す為に必要な黄金の【龍輪りゅうりん】」


「俺専用のマジックアイテム的なやつ…とか」


「とか…?」


2人の表情は曇り、シャムールから目を逸らす。

それでもジッと見つめるシャムールに我慢ができずにセンカが言葉を発する。


「まぁ、ちょっとな、俺たちを邪魔するために色々と奪われたりしてたんだよ!仕方ねーだろ!」


「いやキレられても…でも大丈夫なの?それちゃんと取り返せる?」


「取り返せるかではない、取り返す!」


「シンス…顔がいい…」


シンスはめちゃくちゃキリッと言ってるけど正直自信があるわけではない。

特にシンスの【龍輪】等はあまりに貴重なものだから遠い国で何度も盗まれては盗まれ、オークションに掛けられたりという情報が入ってきてる…

つかシャムールなんだこいつ


「まぁとりあえずそれらが無いと始まらないって事だ…それで俺専用の奴は【ウェリタスマキナ】ってんだけど、それはちょっとこの付近にあるみたいなんだよな」


「なんで分かるの?」


「専用って言ったろ?俺しか使えないから分かるんだよな。流石にまだ遠いとは思うけど、手掛かりがあるかもしれないしこの下の街に行ってみようぜ。」


そんなこんなで翌朝にはここを出発し、街へ降りる事となった。

シャムールは新しい名前を得て嬉しくて、その日はなかなか寝付けなかった。

シンスと同じベッドで興奮していたからというわけでは決してない。いや本当に。

こうして怒涛の1日に幕が降りた。

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