第6話
バタン、とドアがしっかりと締まるのを確認し、念のため2人が遠ざかるのを耳を澄ませて聞く。
奥の部屋に入っていく音が聞こえる。
よし、行ったな…さてと…。
目の前にはようやく肌に赤みを取り戻したセンカがベッドに横たわっている。
先程飲ませた解毒剤で体の細胞達がやっと正常に働くようになったのか、むしろ炎症を起こす右腕の為に発熱しているようだ。
汗が滲んで服が濡れ、苦しそうにフゥフゥと息を乱している。
不謹慎極まりないが口がめちゃくちゃ悪く背も自分よりも全然高くて高圧的なセンカがこう顔を赤らめて大人しくしてると色っぽいなぁ〜と思ってしまう。
とりあえず身体を拭いたりする為に着込んであった服を一枚一枚脱がす。
一枚の肌着にさせて、汗を拭く。
ある程度汗を拭き切って思う、センカって…
胸ちっちゃ…
いやいや!でも俺はそういうレディも大好物なので気にしないけどね!いやむしろここまでないのは希少価値がある。素晴らしい!
などと考えながら右腕の部分だけ、服を肩の部分から破る。
そうでないと、痛々しく腫れ上がり、指先まで紫色になった腕を必要以上に動かしてしまうしそもそもまくった袖が食い込んでいる。
そして、先程思いついたいい方法がある。何故かそれが出来るのかを知っているし、分かっていた。
何より体が覚えている。
肘から下の色が変わってしまっている所を確かめ、少し持ち上げる。
そして、自分の指をピンと揃えて作った手刀を振り下ろした。
ピシャッと顔と服に生暖かいものがかかった。
シエンナの血。鉄の生臭い臭いが鼻を覆う。
左手に持つ力なくズシリと重いセンカの右腕、それを切り落とした右手は鋭利な刃のように尖り血がついている。
普通であればこの状況、頭がおかしくなってしまうはずなのになんとも思わない。
ステーキ肉をナイフで切っている最中に何か思うだろうか?強いて言うなら早く食べたい、美味しそうだろう。そう思っている時点で相当ヤバいやつである事には変わりないのだが。
とりあえず切り落とした腕を床に置いて、先程預かった薬草を口に含み、口内ですり潰す。
そして唾液が分泌されるように体の中の何かを無意識でその薬草から出た汁と混ぜ、先程のようにセンカの口に直接流し込んだ。
センカはゴクリゴクリとそれを飲み込む。
そして1分もたたないうちに切り取られた肘下から絶え間なく流れていた血が止まりそこからずるりと腕が生えた…正直その瞬間は流石の俺も気持ち悪いと思ってしまう。
そして切り落とした腕だが…勿体無いということと、証拠隠滅で食べることにした。
自分の歯がサメのように鋭く変形した事を舌で確かめ、紫に腫れた腕にかぶりついた。
んん、やはり毒を含んでいたからか苦味と酸味がある。
ふんふん、なるほどあの生き物の毒は酸性なのか?腕の中の肉が溶けていたのも強酸だったからかも。
お陰で柔らかくて食べやすい。
しかし、流石にシンスとお爺さんにシエンナの腕は食べちゃいましたーとは報告できないよなぁ。
骨までちゃんと食べよう…。
しっかり食べ終わるのに5分も掛からなかった。
顎はすごく丈夫で骨も千歳飴のようにポリポリと食べれた。
食べ終わってから思うが自分の悍ましさがすごい…。
いやしかし本当になんなのだろう自分は?
あの口で薬草と混ぜたのは多分、魔力…と薬草…の濃い汁?その効能が体の欠損をも修復するとも知っていた。
記憶はなくてもその場その場で体が勝手に動く。
気味が悪いがとりあえず人の命を救えたのであまり深く考えないように今はしよう…。
あーでも人間食う奴側に置くってやばいよなぁ〜うーんやっぱり2人に言うべき…?
ふと2人に告げた時のことを想像してみる。
センカは…
「はぁ!?お前化け物だったのかよ!!俺の腕を食った?死んで詫びろ!!!」
うひぃ…悲しい…
シンスはぁ…
「最低だな。消えてくれ。」
んぁぁ無理絶対泣いちゃうよ俺…
でも、2人の気持ちを考えたら…いや、自分の気持ちとして隠し事はあまり向いていない、多分後々苦しくなりそうだ…
うん、折角証拠隠滅したけどちゃんと2人にタイミングを見て話そう…
にしてもセンカの肉は普通に美味かったな。
不思議と2人分の味がした気がする。
顔についた血を拭い、指についた血は舐めとって、軽く袖で拭う。
センカは落ち着いてるようだ。
熱の原因だった怪我はもうないし、顔色も良くなって眠っている。
荒かった呼吸も落ち着き、スゥスゥと寝息を立てている。
あんな口の悪いセンカも、眠っているだけなら綺麗な顔をしているのでつい見入ってしまう。
フッと笑いが溢れる。
シンス達が出てってから30分程度の時間だが、そろそろ行ったほうがいいだろう。
シンスが心配そうにしているのがなんとなく分かる。
センカを残し部屋を後にし、シンス達のいる部屋の扉をノックする。
爺さんの返事が聞こえ、恐る恐る開ける。
センカを美味しく頂いたことが、あいや変な意味でなく本当にそのままの意味で…それがちょっと気遅れである。シンスの顔を見るのがちょっと怖い。
というかセンカとシンスってどう言う関係なのかな…2人と出会って数時間くらいだけど全く2人のことを知らない事に気付き、少し落ち込む。
「せ…シエンナは大丈夫なのだろうか?」
シンスが駆け寄る。
その表情は色白の肌がより青くなっていた。相当心配していたのだろう。
「あ、えっとシエンナはもう大丈夫。会いに行ってみなよ。」
そう言うと表情が晴れる。一気に血が通ったようだった。
その表情が、罪悪感のようなものを煽る。
人の肉を食べることに対してさほど嫌に思うことはないが、肉を食べられる人間側の考えは分かる。
でも腕を切り落として再生させた、なんて説明がつくのか…ぐるぐると考えてしまう。
色々考えるうちに自分が怖くなってくる。
俺は一体なんだ?人間ではないとしたら、獣なのか…あいや、むしろ人間で人間食べるほうが異常だから多分人間ではない事は確定…羽根生えたし。
「君、大丈夫か?治療で疲れただろう…休んでいてくれ。ありがとう。私はシエンナを見てくる。」
シンスがまた小さな子供を労るように頭を撫でる。
その手が気持ちいい。
「えっあ!う、うん!ありがとう!!お言葉に甘えて、休むよ!」
「おーこちらにおいで。甘いミルクを淹れてやるぞ。」
山守の爺さんが手招きをするので、シンスを振りかえらずに側に行き、扉を背に座った。
「…では、その子を頼んだ。」
「ほいほい」
背中でドアが閉まるのを聞く。
シンスの気配が遠のいていく。
「はぁ…」
身体をべたりとテーブルに投げる。
「おぉ、大丈夫かい。やはり子供にはキツかったのかの…」
「いやぁ大丈夫だよおじいちゃん。てか俺、見た目そんな子供なのかなぁ〜」
自分の姿を見たことがないが周りがやたらデカく見えるので背は小さいということは分かる。
「うん?どう見ても10歳にも満たないだろう。記憶がないとか?こんなに小さな子があんな山に一人で居たなんて信じられんよ」
シンスが軽く自分の事を話しておいてくれたようだった。
ていうか、俺そんな子供に見えるのか…ちょっとショックのような、嬉しいような?
「あーでも俺ずっと山頂で寝てたみたいなんだよね。花や草に囲まれて。」
「んなに?!」
「え!?」
突然鍋に向かっていた山守がお玉を落とし、ガシャンと大きな音を立て、驚く。
「あそこはもう何年も晴れた事がなかったのだが…それで山頂付近の草木は枯れてしまっていた」
「あ、でも確かに下山途中は緑は全然なかったな…」
「んん…のう、お嬢ちゃん急に空が晴れたのは、お嬢ちゃんがやったのかな?」
先程の雪雲を全て飲み込んでしまった魔法のことだろう。しかし何年も晴れたことないのに晴れちゃってその原因が俺ってなった場合大騒ぎになるんじゃ…?
「いやぁ…お、おれは〜分からないけどぉ…?」
完全に怪しい。俺嘘つくの下手かよ…
「そうかい…でも羽根も生えていたと思うんだがね。」
「うぃいっ!」
それも見られていたのか…
あまり余計な事を言わない方がいいだろう。何せ、2人が偽名を使っているということは公に行動できないからで、目立つ事を避けているからだろう。
よし、こんな時は…
「えー?俺、覚えてなぁい!」
しらばっくれてやれ!!!!
「…」
さっきまで暖炉の近くに座っていたはずの山守がいつの間にか目の前にいる。
そしてめっちゃ見てくる…これ絶対疑ってるよぉ〜どうしようぅぅ
「お主、神様か?」
「にぇあ?」
突拍子もない事を言われて間抜けな声を出してしまった。
「山には神様が居られる。山の怒りを呼んだのもお主では?」
「山の怒り…あ雪崩のこと?」
「む、なだれというモンスターですか」
「んん??雪崩っていう現象…」
「げんしょう?」
ダメだ、話が噛み合わない。
しかしこの会話からすると雪崩というものを知らない。もしくは、そういった災害の類を神によるものと考えている…?それ程までに知識が浅い…しかし山守をしているのにそんな事も知らないということはこの地域…いやもしかしたら世界があまりにも遅れている…?
それにしても発達した文明の街。何かチグハグな感覚に少し不安を覚える。
「ねぇ、し…あー蘭もさっきのこと、山の怒りっていってた?」
「うむ、そのことはあのお嬢さんから聞いたからの。」
マジか、お嬢様っぽいシンスですらそんなこと言ってるってことはやっぱり世界規模で科学的な知識が遅れている。
しかし魔法とかがあるということに違和感を感じているわけでもない。
つくづく自分の不自然さに眩暈がしてきそうだ。
「あーえっとまぁ多分神様なんて大それたものじゃないけど、人間ではないかなー」
「うむ…やはりそうか…或いは、神孫様かの。」
また出た、神孫。
やはり神孫という神の血を引いたなんか最強のあれなのか?なんかかっこいいな!
「俺記憶ないから神孫とかも分からないんだけど、神孫って他にもいるの?」
「うむ、太陽神ヒューペリオン様のお子で世界に100人はいると言われている」
え、結構いるじゃん…
「ヒューペリオン様のお子は母親の能力を何倍にも強力に受け継ぐとされているんじゃ。その中でも強大な力を持つ神孫様達がおって、各地で国を起こしたり何かとご活躍されておるよ。」
ふんふん、結構いっぱい兄弟姉妹がいるかもで、その神孫の中でもより強い奴が目立って世界でも名前を馳せている、と。
「例えばどんな?」
「んーそうじゃのぅ…おっと!ミルクが焦げてしまう!」
すっかりミルクのことを忘れていたらしく、ブスブスと音と焦げ臭いかおりがこちらまで漂ってくる。
急いで暖炉から鍋を引き上げる。
「あーえっとなんだったかの…あぁ!神孫様じゃの?ここいらではトリトン様が有名じゃの。海を司るお方で気まぐれで人間同士の戦争に手を貸したりしてるようじゃ。」
「海を司って戦争に手を貸して…なんかよく分からないけど強そうだな!」
「おー!強いとも。大きな波で一国を滅ぼしたこともあるぞい」
「こわ…なんかそれ聞くと俺超ちっぽけじゃん!モブ神孫じゃん!」
オーノー!といった具合に頬を両手でぷにっと潰す。
「ホッホ、いやいや、幼くして空を飛んだりなんだかよく分からないが治療までしてあげちゃうなんて、十分すごいことじゃ〜いい子じゃな」
新しく温めたミルクを目の前に置き、ヨシヨシと頭を撫でられる。
俺の頭そんなに撫でたくなるのかな…?
でもミルクの豊満な香りが鼻を刺激する。蜂蜜と…ジンジャーが入ってる!
いただきます、とフゥフゥと冷ましながら口に入れる。
蜂蜜の甘味が唾液腺から唾液を分泌させまくり、そして後からジンジャーのじんわりとした辛味が身体の芯で広がる。
とても美味い!
「おじいちゃん、めっちゃ美味しいよ!俺これ大好きだ!」
「ほうほう、それは良かった。おかわりはいくらでもあるからの。」
優しく笑う山守に胸の奥が熱くなり、なんだか目と目の間がツンと痛くなる。
なんだろう、懐かしい優しさだ。
目の前が歪み、瞬きをすると生ぬるいものがぽたりぽたりと頬を這う。
山守がそれを優しく拭う。
「疲れちゃったんじゃのぉ…よしよし、もうここは安全じゃ。ワシが守ってあげるからの。お腹空かないか?ご飯を作ってあげよう」
いそいそと準備を始めるため立ち上がり慌ただしくなる。
しかし山守の言葉がジンジンと響き涙は溢れるばかりだった。
そんな時、扉が開いた。
「お嬢さん、シエンナはすっかり良くなって…」
笑顔のシンスが俺の顔を見た途端、笑顔が消えていく。
せっかく綺麗な笑顔なのに目の前が滲んで見えない、勿体ない…!
涙を止めようと思うがなかなか止まらない、どころかしゃっくりまで出てきた。恥ずかしい
「どうした?疲れてしまったのだろうか…大変な役目をさせてしまって申し訳なかった…」
ツカツカと足早に側に寄り、ふわりと抱きしめてくれる。
めちゃくちゃ役得だ…俺子供の姿で良かったー!
なんて思っているのに涙は止まらない。
体と頭が一致してない感じだ。
でも、もう少しシンスの腕の中でぬくもりを感じていたい…
厚着された服から伝わるシンスの身体の熱さが心地いい。
「ほっほっ、今日はゆっくり休んで行きなさい。お夕飯を振舞おう。」
こちらに背を向けて食材を器用に切りながら山守は言った。
それに対し、シンスは感謝する、と頭を下げる。
それを知ってか知らずか頷く山守。
いつの間にかシンスの膝に乗せられ、ヨシヨシと頭を優しく撫でられていると安心して眠気が襲ってくる。
「眠っていて良い。夕食になったら起こしてあげよう。」
そう言いシンスの少し冷えた手で目を閉じさせる。
なんだろう、とても懐かしい…こんな風ではなくとも、こんな感じの優しさに触れたことがある、そんな記憶が奥底に埋まっている気がした。
微睡の中でこの温もりを手放す恐怖と、隠し事をし続ける罪悪感を感じていた。
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