第5話
「センカ!そうだった無事でよかった!なんと…腕が折れてしまっているな」
センカの腕が関節の下からプラプラと揺れている。
「大丈夫だよ。とにかく安全な場所へ行こう。シンス、案内できる?」
「あ、あぁ…」
こんなに小さな子がとても大きく感じる。
自分よりよっぽど短い人生である筈なのにこんなにも心強い。
なんとも…なんとも、なんともーーーーー……情けないのだ、自分は。
シンスの案内であの山守小屋に降り立つ。
あの洞窟へ行くのに何時間もかかったというのに、ほんの10分程度で着いてしまった。
遠くの雪崩を不安そうに小屋の中で見ていた山守の爺さんは、突然遠くから真っ黒な羽の恐ろしい大きなモンスターが近づいて来たと思い、火縄銃を用意して窓の淵に張り付いて睨み付けていた。
しかしよく見るとあの美女達ではないか!それに羽が生えたあの子供…とっても可愛いではないか!!
「おーい!!!!無事じゃったかー!ワシの美女たちよ〜!!」
爺さんがウキウキで火縄銃をポイッと捨てて走って来る。
「ご老大人!!!今朝は世話になった!悪いがまた世話になりたい!」
それに手を振り大きな声で呼びかけるシンス。
はぁはぁと息を切らしながらこちらに走って来た爺さんはとても嬉しそうに笑いながら言った
「もーちろん!構わんよぉ〜それにその可愛い子供はどうしたのじゃ?お嬢ちゃん、山に居たのかい?それにあの羽は…」
「すまない、詳しい話は後にしていただきたい。連れの者が怪我をしてしまった。」
小さな子供に膝をついて肩を抱えられたセンカの腕があり得ない方向を向いているのを見て、急いで三人を案内した。
その時に、シンスに耳打ちをされた。
「すまないが、ここでは私を蘭ランと。センカをシエンナと呼んでほしい。」
意味も分からずただ頷くしか無かった。
でも可愛い名前だなぁ〜2人によく似合うな〜などと呑気なことを考えていた。
三人は暖かい暖炉の効いた部屋に案内され、センカは部屋窓際に置いてある大きめのベッドに寝かされる。
その時センカは既に腕の骨折の痛みと、身体を強く打った衝撃で殆ど意識がなく、目が虚である。
センカの腕を触って怪我の様子を見ると、青紫色に腫れ上がった腕は不自然にぐにゃぐにゃである。奥に骨を感じるが、それもバラバラになっている。
「これは複雑に骨折してるね…」
骨はもはや粉々で、肘は相当強く岩に擦ったのか、骨が見えていた。
「ん?」
異常な腫れが指先まで広がっている。
腕を打ったと思われる箇所を良く見直すと血と共に青紫色の汁が垂れている。
「毒…?」
「これは…この山の在来種であるセンネグコケダニだな…山の岩肌に苔のように集団で張り付いて、人や獣の足の裏に付いて繁殖するんだが…これが猛毒でな。傷口から入って身体を徐々に溶かして養分にするんじゃ…まだ腕だけだから切り落とせば何とか命は助かるだろう。」
「…刃物を」
山守の言葉に覚悟を決め、シンス自らがそれを行おうとしている。
「待って!このダニ達は体の中で毒を分泌しているんだね?」
「お、おおそうじゃが…」
山守が答えると、突如センカの傷口から流れる毒を傷口から直接の吸い出す
「何を…!」
「やめなさい!君まで死んでしまうぞ!」
2人が引き離そうと掴むと、微動だにしない。
2人はその小さな体にまるで大きな岩を目の前で連想する。
するとゴクリ、毒を飲み込んでしまった。
そして口を膨らまし、何かを口に含んでいるようだ。
口の端から青い液体がツーっと流れる。
「言わんこっちゃない!」
山守が頭を抱える一方、シンスは目が離せなかった。というより、何か強い信頼を感じたのだ。
任せておけば、センカは必ず助かる、と。
その青い液体をセンカの口に直接流し込み、飲み込ませた。
すると、先程の傷口から青紫の液体と緑色の塊が噴き出る。
「な、なんじゃ!」
山守は驚き、後ずさるがシンスはゆっくり床に落ちた緑色の塊を布で拾う。
よく見ると小さな虫が蠢き、寄り合って固まっていた。
「…君がシエンナに飲ませたのは薬か?」
シンスが少し怪訝そうな、しかし安堵したような顔で問う。
一瞬シエンナという名前にピンと来なかったがすぐにセンカの事と思い出す
「シエンナ…あっ!そう、俺の身体で抗血清を生成したんだ。」
「こ…うけっせい?」
「簡単に言えば、俺の体でこの毒の薬を作ったってことだね。」
シンスはこの子の言葉に対しての理解が追いつかない。
そんなシンスの様子にも気付かず、センカの診察を続ける。
「あーでもちょっと腕の中のタンパク組織が壊されてるね。」
うーんと顎に手を当て考える。
ふとある治療方法を思いついたが、心配そうに見守る2人を見る。
ちょっとショッキングな方法。
「やっぱり一回……ちょっと2人とも出ててくれる?ちょっと治療するから…あっとおじいちゃん!包帯と薬草とかある?」
山守から救急箱を手渡されると2人をグイグイと扉に追い込み絶対に開けないよう念を押されて2人は追い出されてしまった。
「とんでもない子じゃのぅ」
「…」
ただ驚くだけの山守と、センカの心配と不安で感情が掻き乱されるシンス。しかしシンスの冷静な方の頭はセンカの身を案じているのではなく、自分の為すべきために必要な『物』として心配なのではと自分の醜さに嫌気がさしていた。
そんなシンスを見て山守は落ち込んで見えたのだろう。奥の部屋へ案内し、暖かい山羊のミルクを用意してくれた。
「さぁ飲んで落ち着くといいよ。蜂蜜たっぷり、ブランデーちょっぴりのワシ特性ポカポカドリンクじゃ。ほれ、やっときなさい」
銅で出来たマグカップに、そっと触れ、口に近づける。
熱い湯気が顔にへばり付く。
そしてフゥフゥと冷ましながらゆっくりと啜る。
口いっぱいに濃厚なミルクの甘味、蜂蜜の独特な風味でブランデーのキツさが相殺され、胃に落ちるまでにじんわりと体に熱が広がる。
つい頬が緩む。
「美味いじゃろ?」
「あぁ…とても。」
そして、先程の部屋がのドアが開く音が聞こえた。
ぺたぺたと裸足でこちらに向かって来る。
センカは無事なのか、緊張が暖まったはずの指先がまた冷たくなる。
ゆっくりと扉が開くと、白いシャツに浴びたように広がる血の跡。
彼の表情は笑っているわけでも、悲しんでいるわけでもない、なんとも言えぬ物だった。
強いていうのであれば、悪戯が見つかってしまわないか不安そうに親の顔を見つめて表情を伺うような、そんな顔であった。
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