第4話


魔法使いをやっていて、子供の頃から街で良く聞く神話があった。

ある日その人が現れた地は雨、雪が絶えない悪天候が何年も続いていた。

その地の人々は困り果て、若い者が地を去ろうとするが天災により命を落とすことも多かった。

そしてまるでどこからきたのか猫のようにフラッと現れ、見上げた黒い雲に向かって、ほんの小さな漆黒の球を指先から放つと、みるみるうちにその暗雲は消え去り、恐ろしくも感じる程の真っ赤な夕焼けが人々を飲み込んだ。

その逸話から太陽神と呼ばれ、信仰されている生き神がいるという。

今は太陽帝国の帝王となる尊きお方。

そんな神話が今、目の前で起きた。

ビビらねー方がおかしいだろ!!!!

っていうかなんだ!?こいつ!?

うわすげぇ間抜けなツラしてやがる!!

あの無表情モンスターのシンスすらもアホみたいな顔しんな!


この神話は本当に有名で、実話と言われている。

といってももう何百年も前の話で人伝に伝えられてきたものだ。どこまでが本当なのかは定かではないので正直信じていなかった。

そもそも天気すらも変えてしまうほどの魔法など、人間の常識の域を超えている。

そんな魔法は聞いた事もない正しく伝説上のお話だ。

全く、最高だ!!!!!


「おい!!!お前!!!」


センカが突然こちらを向き鬼のような形相で叫ぶものだから、あまりに驚いてピシッと気をつけしてしまった。

そしてツカツカと一歩二歩三歩と近づいてきて、肩をワシっと掴む。

ものすごく睨んでいる…こ、怖い


「お前…最……ッ」


俯くセンカ


「さい…?」


「高〜だな〜〜!!」


「え!?」


「あぁ、見事だった!これ程恐ろしいと感じたことは今までなかった…君はもしかすると、神孫かもしれないな。」


シンスもいつも通りの綺麗な顔に戻り、少し緩めた拳を顎に当てて首を傾げながらこちらを見ている。

めっちゃ美人…ッ結婚してほしい…ッ!とシンスの言葉はほとんど届いていない。


「それ俺も思った!!!なぁお前他にも出来ないか!?」


背の高いセンカが覆い被さるように食い付いて来た。

あまりに顔が近いので、恥ずかしい…

にしても、よく見ると中性的で綺麗な顔立ちをしている…可愛いとかより美形って感じだな、センカは。うん、そんな感じだな。と謎の感想を抱いていた。


「あっえっとごめん俺マジで魔法分からないんだよねぇ〜…センカ色々教えてよ!」


「そうか…良いぜ!色々教えてやるよ!」


センカが楽しそうなのが嬉しくてつい顔が緩む。そして耳に引っかかった言葉が気になる。


「あっあとさぁ、神孫ってなに…?」


突然センカの笑顔が引きつる。

え?お前そんな事も知らないの?とも言いたげだ


「お前そんな事も知らないの?」


言われた。


「神孫というのは太陽神ヒューペリオン様の血を受け継いだお子たちの事だ。」


シンスが穏やかに答える。

そしてセンカがまたジロジロと頭から爪先まで舐めるように見る


「あー確かに実際…褐色の紋様?に、宝石の瞳ってやつに当てはまるな。」


「それにそのように黒い髪や瞳もとても珍しい。やはり人間ではないのだろう。」


「え、珍しいの?」


自分の首に無造作に巻いた髪の毛先をつまんで見る。

すると顔にかかる髪をサラリと撫でるシンス。


「ここまで見事な黒い髪は今までに見たことない」


「ふひょッえっそうかなぁ〜?」


「おいてめぇシンスに惚れんなよ」


センカが物凄い形相で睨んでくる。


「なんだよセンカ、シンスのこと好きすぎ!!」


自分で言っておいてハッとする。…いや、それもアリだ…とつい頭で妄想してしまう。


「はっ俺は別に好きじゃねぇよ。ただこいつを大事に思ってる奴がいんだよ」


センカは耳元でコソッと話してくる。


「え、許嫁的な?」


そう言うとセンカの表情が少し曇り、目を伏せた。


「だったら幸せだったんだろーよ。」


そんなセンカを見て一度目を閉じ、ふう、と息を吐くシンス。センカの言葉は聞こえていたようだ。

「だったら幸せだったんだろーよ。」


そんなセンカを見て一度目を閉じ、ふう、と息を吐くシンス。センカの言葉は聞こえていたようだ。


「…私は誰とも結婚をするつもりもない。ただ、今は国を取り戻す、これだけが私の生きる意味。」


「え?どういう?」


シンスが自分に向き直る。そして跪いた。


「え!?」


シンスの手が自分の小さな手を取り、まるで王子様が姫に挨拶をするように甲に口付けをした。


「セセセセ!?」


先程のセリフとは全く逆とも言える行動に驚き、センカの方に助けを求めるが、センカは苦笑いをして、何故かセンカが申し訳なさそうにしている。

唇を離し、上目遣いでこちらを真っ直ぐに、力強く見つめるシンスに心臓を掴まれるような感覚になる。


「私の国を取り戻すためには君の力が必要だ。どうか、私に力を貸してくれないか?」


「は、はい…!喜んで!!」


緊張のあまり声が裏返ってしまった…恥ずかしい〜!!

チラリとシンスの方を見直すが、そんな事は気にも止めず、シンスの表情はとても柔らかく、少し泣きそうな瞳をしていた。


「感謝する」


「あ…いえ…あはは…」


また目を合わせられず目が泳いでしまった。


ドドド…


ん?何か聴こえる?気のせいだろうか。

否、シンスも同じ方向に目を向け、すでに立ち上がっていた。

センカは大きな欠伸をしている。

気付いていないようだ。

遠くから何かがこちらに向かっている。遠くの雪が、煙を上げている


ん?煙?


「あ?なんか聞こえ…?」


ようやく気づいたセンカがふと見上げると真っ直ぐこちらまで咲き誇る花々と若葉が白い煙に包まれていく。


そういえばよく見たら所々不自然に花が咲いている。まさかあのガキが?なんてボーッと考えていると突然大きな声が聞こえてきた。


「センカ!走れ!」


「おう!?」


シンスの声がした方を見るが既に姿はない。

そしてあのチビの姿も。

遥か先を走っている…。

そして、迫り来る雪山の怒り。

急激な太陽の光と気温の上昇により起きたのはもはや必然であったが、これを何という現象かは知らない。

そして駆け出そうと足を動かすが雪に足を奪われて転ける。

所々出っ張る岩肌に体をぶつけ、嫌な音がするのと同時に痛みで鳥肌が立つ。

肘も擦りむけてしまったのか出血している。


「うぁ…!!!!」


「センカー!!!」


漸くセンカに気付くシンスだが、センカの元まで走り、抱えて逃げるには時が遅すぎた。

雪煙がセンカを飲み込もうとした、その時に風が起こった。

銀色の長い髪が顔に絡み、前が見えない。

必死に振り解く頃には煙の一部が盛り上がり、そして何か黒い影が飛び出て来る。

それは空高く舞い、それを目で追うも太陽に被り目の奥が痛くなる。

大きな翼はあまりに黒く、不安になる程神々しさを感じる。

その翼を身に纏っていたのは小さな身体のあの子。

そしてその細い腕に抱えられていたのはセンカだった。

あまりの事に雪の波がこちらに向かっているのも忘れてしまっていた。

自分が呑まれて煙が彼らを隠してしまいそうになる。

雲のように太陽も隠し、影に落ちる。

まずい…こんな所で…!

未だ雪は物凄いスピードでこちらに向かって来る。

もはや喰われる、そう表現すべきである。

まだ諦めてはならない!!

駆け出すシンスを楽しむように追いかける雪崩。

いつも冷静なシンスだが、このときばかりは焦りに支配され、足元を見ていなかった。

深雪に足を捕まえられた。

この雪の魔物に喰われるしかないのか…

半ば諦めで目をぎゅっと瞑る。


「いたー!!!!!!」


「うっ!?」


物凄い衝撃がシンスの腹に襲いかかる。

それは雪ではない。

煙で暗かった景色が急に瞼の外で明るくなる。


「シンス…大丈夫?」


「…君…」


ゆっくり目を開けると、下で真っ白な煙がキラキラと太陽の光を受けて光る。

そして見上げるとあの真っ黒な瞳がこちらを心配そうに見ている。

真っ黒なのに、不思議と光に反射して七色に光っている。


「…美しいな。」


「え?あぁ、雪崩ね、確かに上から見ると綺麗だね!」


「…いや……あぁ、本当恐ろしく、美しすぎる。」


フッと笑いまた下の景色を見つめる。

ふわふわの緩い三つ編みが顔にかかり、ふと横を見ると既に気を失いかけているせセンカがいた。

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