捕食される退魔師4

目が醒めると病室の一室で自分は寝ていた。そういえば、俺は一希を助ける為にあの淫魔に短剣を向けて・・・


「一希っ!?っ、つう~!」


思い出して飛び起きた途端、照史は全身に強い痛みが襲って再びベッドに戻る羽目になった。


「痛え・・・。あのクソホモ淫魔、マジで次はぶっ倒したる」


拳を握って手の平でパンっ!と固く決意する。照史は自分の背中がやけに窮屈なのに気がついた。コルセットが巻かれ背中ががっつり固定されている。恐らく骨がやられたのだろう。

コンコンと病室の扉からノック音が聞こえた。入って来たのは、速水だった。


「速水さん」


「大丈夫か?」


速水は扉を閉めると、ベッドの近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。速水によると、照史は淫魔に壁に激突された際、肋骨を骨折したのだという。しばらくは入院治療が必要だとの医師からの判断だった。


「でも速水さんは無事だったんすね。よかった」


「俺はな。だがお前は入院させる程の怪我を負わせたのは俺の責任だからな。本当にすまない」


そのまま、速水は照史に向かって頭を下げる。


「いやいや。そんな、いいっスよ。後先考えずホモ淫魔に突っ込んだのは俺だし。あ、それよりも一希は?一希はどうなったんですか?」


速水は、すまんと最初に照史に謝罪し聞かれるのはわかっていたため、重い口を開いた。


「淫魔王ヴィンセントに魔界に連れて行かれた」


「ーーえっ!?」


照史は驚愕した。自分や一希の先輩退魔師にあたるこの人は自分よりも霊力が強く、この人なら一希を淫魔から取り戻せると思っていた。でも速水でもダメだった。それだけ、あの淫魔と対峙した時に感じたあの妖気は確かだったのだ。


「お前が倒れた時、淫魔は一希を連れてそのまま消えてしまった。奴は、俺に全く隙を与えなかった」


「そんな・・・」


「退魔師協会に救援要請して、今朝受理された。アメリカから二人ハンターが派遣されて来日するらしい」


速水の話では、一希を連れ去った淫魔は淫魔王ヴィンセントという淫魔で、今まで倒してきた淫魔とは妖気のレベルが格段に違うのだという。淫魔王が人間界に降りて来たのは過去にも事例があり、必ず人間を番にするため魔界へ連れ去った記録が残っていたという。しかし、人間を番にする理由は分かっていない。


「ヴィンセントは、一希を番にすると言った。俺達が倒してきた淫魔達の穴埋めにするつもりだろう」


「番って・・・淫魔の番って、言っても」


あいつ、男ですよ?

照史も、番がどんな意味を持つのか、分からないわけではない。しかし、番うんぬんの前に一希は男だ。淫魔が勘違いしているなら、早々に人間界に戻してくれるのではないだろうか。


「分からない。淫魔に関しての記録が日本は少ないから、派遣されるハンター達から聞くしかない」


「そう、ですか」


無駄な楽観だった。後先考えずあの淫魔に飛び込んでしまった代償が病院療養とは退魔師として情け無い。早く一希の場所を特定してあのホテルに到着していればと照史は後悔した。


「あの時、一希のスマホにかけても通話中にしかならなかった」


あの時、妖気の場所が曖昧だった事もあり、照史は同期の退魔師である一希にスマートフォンで連絡を取っていた。ところが何度かけてもスマートフォンには通話中の表示しか出てこず、速水と合流して速水のスマートフォンのGPS特定機能であのホテルを割り出したのだ。


「恐らく淫魔の妖気に反応して一時的にスマホが使えなくなったかもしれん」


電子機器は異界の放つ妖気と相性が悪く度々電波妨害に陥る。心霊スポットで霊障が起こるのはそのためだ。


「とりあえずお前はしばらく休んでくれ。俺はこれから空港に行く。今夜到着する予定なんだ。ここの入院費は俺が持つから心配しないでくれ」


「分かりました。すんません、迷惑かけます」


そのまま速水は病室を出て行った。




夕方、朝一希が会社に出勤していないと連絡が入った為、妹の真矢は離れて暮らしている兄のマンションへ向かった。

ピンポーンと、呼び鈴を鳴らした。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


呼んでも返事がない。気になった真矢は、もう一度呼び鈴を鳴らした。しかし一希は部屋から出て来る気配がない。


「お兄ちゃん?」


全く返事がない。どうしたのか。

真矢はあらかじめ一希に渡された合鍵を取り出し、部屋のドアを開けた。

部屋の中は整理整頓されており、1Kの賃貸マンションが大事に使われているのが分かる。しかし、心配した家人はいなかった。


「いないの?」


部屋の奥に入った真矢は、綺麗に整理された部屋を見回した。


「ホントにいないの?」


クローゼットに風呂場、ベランダと開けたが誰もいない。


「嘘でしょ・・・」


兄は、どこに行ったんだ。



「お母さん?今お兄ちゃんの家に行ったんだけど」


一希のマンションを後にした真矢は、兄が不在である事を家族に連絡する。


「・・・うん、マンションにも帰ってないみたい。うん、警察だよね。いいよ、今私が行く。うん、捜索願い出してきたら帰るね」


スマートフォンの通話機能を終了すると、真矢は自転車で警察署がある方向へ向う。そこへ反対方向から顔見知りの男性と背の高い外国人の男性2人が何か話をしながら歩いていた。近くで見ると外国人はかなり背が高い二人だ。


「速水さん?」


「あれ、真矢ちゃんか?」


真矢は顔見知りの速水に気づき自転車を止めた。速水とは兄の副業の先輩しか知らない。どんな仕事をしているのか自分は知らない。オカルト系なのか、少し前にはこの人ともう一人の照史という兄と同い年の男の人の三人で心霊スポットへ行っていたのを見たことがある。


「誰ですか?その人達」


真矢に聞かれ、答えに困った速水に代わり二人のうち一人が答えた。


「僕達は協会から派遣された探偵なんだ。速水から話を聞いてね、カズキ・アリサカに関して調査を依頼されたんだ」


この人は自分と歳が近いのだろうか。薄い茶髪の短髪の青年は爽やかなイケメンだ。背が高いせいか、背中のショルダーバックの掛け方がかっこよく見える。名前をサムと名乗った。


「協会?探偵?調査してるんですか?」


「ああ、必ずお兄さんを見つける。だから君は先に家に帰ってくれ」


速水が言った。しかし真矢は朝一希が会社に出勤していない事を速水に伝え、警察に捜索願いを届ける事を伝えた。だがもう一人の外国人の男にやめておけと制止された。


「これでは警察は捜査できない。今のところ、全く手掛かりがないんだろ?俺達に任せてくれ」


今一希のマンションには家人は不在だ。会社にも家族にも連絡が取れないならば、捜索願いを出した方が賢明ではないか。そう言いたい真矢だったが、もう一人の青年の言う事も本当だ。

もう一人の青年は黒い髪をクルーカットにした厳つさが残るのにニィ、と笑顔が似合う。自分や兄よりも歳が上なのだろう。なんだか安心できる笑顔だ。

速水はこんな人達と知り合いだったのか。


「真矢ちゃん、お兄さんが突然居なくなって辛い気持ちは分かる。だが警察に連絡するのはちょっと待ってくれ」


事情は分からないが、速水ならもしかして知っているのではないか。

真矢は思った。今警察へ行っても手がかりがない以上捜査は難航するだろう。無駄に待っているより、この人達に任せた方がいいかもしれない。


「わかった。待ってる。でも見つけたらすぐ連絡してね、速水さん」


「ああ、勿論だ」


真矢はそのまま三人と分かれ、自転車で帰路に着いた。





3人は一希が淫魔王ヴィンセントに連れ去られた、廃墟となったホテルの中央ラウンジに来ていた。


「淫魔の妖気に混じって人間の体液の匂いがする。恐らくここが淫魔の活動拠点だったんだろう」


サムが言った。ショルダーバックから、シールがペタペタと貼り付けているノートPCを取り出すとすぐに起動する。


「ああ。野郎の生臭いアレの匂いまで残ってやがる。カズキっつうやつは、ゲイにヤラレちまったか?」


「ディーン、下品すぎ」


「冗談だ」


サムに諌められたディーンはラウンジを離れ、さらに奥を捜索する。


「なるほど。ここなら、確かに誰にも気付かれず淫魔は飯が食い放題って訳か」


ホテル内を歩きながらディーンは言った。

淫魔が人間を襲うには訳がある。人間の性衝動を高めて絶頂期に達する時に発生する生命力が彼等の食事だからだ。そのため淫魔は、人間を誘惑するため美しい異性または同性に変化して人間とセックスをする。ターゲットの人間を見て瞬時に性嗜好を読み取るのに長けているのだ。

このホテルは廃墟になったが建造物として基盤はしっかりしており、雨風も凌げて舞台設定としての部屋の広さも充分にある。さらに街から離れた場所であるのも、連れ去るには騒がれず静かに食事ができる。まさに淫魔にとって都合の良い場所だった。

ディーンに続いて速水も捜索する。昨日はヴィンセントとの闘いで注視する余裕がなかったが、よく見るとかなりの数の人間がこのホテルに連れ込まれたのが分かる。数人の唾液の跡が乾いているがこびりついている。


「ここが淫魔達の活動拠点だったのか」


痕跡を確認した速水は鼻と口元を手で覆う。こびりついた唾液の痕跡には生臭い匂いが残されていて、吐き気を催しそうだ。


「恐らくは。この建物全体に人間の体液だけじゃなく妖気の痕跡もある。カズキは気づいて、ここに誘き寄せられたのかもしれない」


そういえばと、速水はサムに聞いた。


「淫魔王の番は、性別は関係ないのか?」


「え?」


サムは速水に聞き返した。


「淫魔王のヴィンセントは、一希を我が番にすると言っていた。一希の名前も、ヴィンセントは知っていた」


人間の感覚では番といえば男性と女性のカップルだ。番というのは言ってしまえば子どもができるか。子孫繁栄の為に重視されており同性の番はありえない。そのため番として攫うなら人間の女性が適任だろう。わざわざ男性の一希を攫う理由がわからない。

サムはPCで検索をする。検索上にヒットしたのは、淫魔の歴史と成り立ちだった。検索したサムは速水に見るよう促す。


「もともと淫魔は男と女で呼び名が違う」


男性型の淫魔はインキュバス、女性型の淫魔はサキュバスという。昔から彼等は人間の夢に侵入し、淫夢を見せて性衝動を煽り、性衝動がピークに達した所で自分達の種子を植え付けていた。そのため、淫魔の姿は人間に近い。昔は人間が孕んだ事で繁殖したが、淫魔国が建国されて以降、淫魔王が番である人間を直接選ぶという習慣に変わったという。


「彼等が僕たち人間に種族が近いのは昔の習慣からだ。だがここ最近、淫魔達の勢力は拡大している」


どういう目的なのか分からないが、サムによると一希だけでなく、淫魔による人間の襲撃事件は世界中から報告されていた。今回同業者が失踪した為2人が派遣されたのだ。

PCを捜査するサムの手が止まり、速水に見るよう促す。それは、数日前に発信された地元のネットニュースの記事だった。倒産したホテルだった事もあり、ネットニュースとはいえ大々的に報道されることもなかったようだ。


「ホテル解体作業直前、従業員の行方不明者多発?」


つまりこのホテルは解体が決定されていたが、解体に従事するスタッフが行方不明になり解体作業が中断されていた、というわけだ。それだけではない。中にはテレビで報道された行方不明事件もあった。


「ここ数週間前での怪奇事件を検索したんだ。どうやらみんなここに連れられていたんだろうね」


一希が攫われた昨日までに全員発見されている。恐らく目的が果たせて用済みになったせいだろう。


「淫魔王の番が見つかって全員解放されたんだろうね」


「確かに。そう考えるのが自然だね」


二人が記事を調べている最中にディーンが戻ってきた。どうやらこのホテルの調査が終わったらしい。ディーンはサムと速水に言った。


「終わった。結論から言うと手掛かりはなしだ。妖気は感じるが、もうここには魔界に通じる手掛かりはない」


つまり一希を追って魔界に行く事はできないという事だ。


「妖魔共は俺たちとは違い異界渡りができるからな。俺たちがもし魔界に行くなら、何か媒介を通して扉を開ける必要がある」


昔、エクソシストという悪魔祓い専門組織が異界渡りの為、大量の難民を虐殺したと聞いた事があった。人間が異界渡りをする際、生き物の生き血を生贄に捧げる儀式が必要とされている。

三人は方法が無く、一希を奪還する手段がない。


「こうなったら街に出没する淫魔共を生け捕りにして、魔界へ連れて行ってもらうか」


「帰りはどうするのさ。僕たちが例えカズキを奪還できても人間界に帰る方法が無ければ意味がないだろ、バカ兄貴」


「うっせ!」


ディーンとサムが言い合いの喧嘩を始めた。速水は二人がすぐ近くで喧嘩しているのを尻目にそういえばと記憶を手繰る。

自分が若い頃、仕事の依頼で一度だけ迷い込んだ事があった。確かあの場所は、まだある筈だ。

速水は喧嘩している二人を止める。


「このホテルの近くに湖がある。地元の人間は寄り付かない。そこは確か、魔界への入り口となっていた場所だ。二人共、ちょっと来てくれ」

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