捕食される退魔師3

「一希・・・」


始めて聞いたこの退魔師の名前。7年前に出会った時に直感で分かった。


この子が、自分の番だと。


直ぐにでも連れて行きたかったが、不安定かつ脆弱な霊力では直ぐに死んでしまう事は分かっていた。

だから霊力を高めたまま連れて行く事にした。やっと番を迎える事ができた喜びは計り知れない。

淫魔は自失した一希の残った服を全て脱がし、裸にすると一希を横抱きにした。火を召喚すると一希の衣服を燃やす。


「もう人間界に戻る事もないし、燃やしても構わないだろう?」


するとホテルの入り口から2人分の足音が聞こえた。走ってこちらに向かっている。


「遅かったね」


淫魔が呟いたのと、一希の先輩退魔師の速水と同期の照史が場所を特定して到着したのはほぼ同時だった。





「一希・・・」


速水が呟いた。一希に連絡をしていたが、通信が妨害されたのと、一希の霊力も遮断されていたのか全く感じられなかった。一希のスマートフォンのGPS機能を探索しこの場所を特定したのだ。

速水は目の前の一希の惨状を見て全て理解した。淫魔に横抱きにされ、尚且つ裸で淫魔特有の甘い体液の匂いが身体中を漂っている。淫魔の足元には、燃えカスとなった一希の服が無惨に捨てられている。しかも目の前の淫魔はかなり妖気が強い。


「は、速水さん・・・」


照史がこちらに視線を向けた。彼も一瞬で全てを感じ取ったのだろう。

合図を受け取った速水は言った。


「貴様、仲間をどうする気だ?」


速水は問うと淫魔は答えた。


「我が番にする。お前たちには関係ない事だ」


速水と照史に緊張が走った。目の前の淫魔の妖気は強い。並の淫魔じゃない。このままでは一希が危ない。

すると関係ないと言われ、照史が怒気を含めた。


「ふざけんなこのホモ淫魔。そいつは男だ。仲間を返せ!」


「やめろ!早まるな!」


速水の制止が届かず、照史は短剣を構え一希を抱える淫魔に突進した。しかし淫魔はヒラリと照史の短剣を交わした。


「愚かな人間だね」


一瞬淫魔と視線を合わせた照史は、身体の自由を奪われ、短剣を持っていた手を離してしまう。


「な、なんだ、一体・・・」


身体が、自由に動かせない。

直ぐに照史の身体が宙に浮いていく。


「お、降ろせ・・・!くそ・・・!」


もがこうとするが身体を自由を奪われ、何もできない。それを見ているしかできなかった速水は、淫魔がその後どうするのか察しがつき、淫魔に叫んだが、そのまま照史は、ホテルの壁に叩きつけられた。


「うわっ!」


叩きつけられた照史は、そのまま気を失った。


「しまった!」


速水は急いで気を失った照史に駆けつけたが、意識がなかった。


「しっかりしろ!おい!しっかり!」


頬を叩いて覚醒を促すが照史は目が醒める気配がない。


「人間という生き物は己に危険が迫っていると察知したら二種に分かれるようだね」


淫魔は自失した一希を抱えたまま、速水へ近づく。


「一つは一希のように一度逃げて体制を立て直そうとする者、もう一つはその人間のように身を捨てる覚悟で突進する者」


速水の元へ近づいた淫魔は、カランと一希が持っていた破邪の霊力がこもった短剣を投げ捨てた。もうその短剣には破邪の霊力もこもっていなかった。


「前者は賢明な判断だね。無駄な闘いを避けられ、運が良ければ敵の情報が手に入るかもしれない。だが後者は愚かだね。得る物は何もない。それを考えると・・・」


淫魔は自失して横抱きに抱えている一希の顔を覗き見た。


「我が番はなかなか賢いね。王である私の隣にいるに相応しい」


淫魔は自失している一希を愛おしく見つめる。

だが速水は、ある言葉に引っ掛かりを覚えた。


「王?まさかお前、淫魔王・ヴィンセントか?」


察した速水が淫魔・ヴィンセントに問うとうなづいた。ヴィンセントと一希の周りを銀色の光が覆う。


「如何にも。我が名は淫魔王ヴィンセント。愚かな人間よ、お前たちに消滅された我が部下達の無念を忘れない。いづれまたお前たちと相対するだろう。そして一希を我が淫魔王の番とする」


「待て!一希を返せ!」


速水が駆け寄る直前、二人を覆っていた銀色の光が消えると二人の姿もいなくなった。速水は光の残渣を掴もうとするが、すぐに消えてしまった。


「くそ・・・」


自分の失態だ。

速水はホテルの床に悔しさを滲ませて拳を叩きつける。歯を食いしばり、一希と照史を守れなかった無念を吐露する。


「一希、すまない・・・」


残された速水は項垂れ、すまないと呟く謝罪は廃墟となったホテルに虚しく響くだけだった。

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