第二部・第3話

 三台の装甲車が並んで進み、その後ろを少し離れて六人の装甲車が走っていた。

 しかし相手はアイバを入れても五人。アイバはドライバーと先頭の車両。二台目はドライバーだけ。三台目はドライバーともう一人がおそらく後部。

 人数に対して多すぎる車両──もっと兵士がいたことを表している。それと崩壊した地面に開いた大きな穴との関係は想像するしかなかった。

 相手の警戒が伺える状況で、当然ヒーナも対処の取れる距離を維持する。

 近付きすぎては、こっちの動きも遅くなる。しかも何かがあった時に最初に気付き、最初に指示を出すのは運転席のヒーナ。アクセルを踏み込む右足の緊張と疲労が、いつも以上に感じられた。

 誰も口を開こうとはしなかった。

 全員が配置に着いたまま緊張を強めていく中、ティマだけは担架に横になる。

 周囲に大きな建物、高い建物が増えてくる。六人が目的地にしていた都市の中心地と思われた。

 だいぶ走った頃、全員のヘルメットに聞こえたのは屋根の上のスコラの声。

『あれは…………』

 続いたのはヒーナの声。

『競技場?』

 呆然と外を眺めるナツメの横から顔を出したのはティマだった。

 その目の前に、巨大な建物が広がる。

 ドーム状の屋根を有した競技場。

 街中に突然現れる巨大な建造物は、その威圧感も大きかった。

 前の三台に続いてその建物に入っていく。

 半地下の駐車場。

 かなりの数の軍用車両が並んでいた。

 装甲車、軽車両、戦車が二台。いずれも古いタイプだ。数はあるが、中にはコレギマの物も混ざっている。装甲車に限って六人の物と大きく違うのは、キャタピラタイプではないということくらいで、基本性能は大きく変わらない。

 先に装甲車を降りたアイバが六人の装甲車に目をやると、そのドライバーだった男性兵士が運転席のヒーナに近づく。

「とりあえず邪魔にならない所に停めて下さい」

 高圧的な態度ではない。

 言われるままに駐車場の出入り口近くに装甲車を停めると、最初に降りたのはシーラだった。

 そのシーラを黙ってアイバが見つめている。

 先程の兵士がシーラに近づいた。

 シーラの斜め横で踵を揃えて敬礼をする兵士はまだ若い。

「スノー中佐ですね。お久しぶりです。防衛省で何度かお会いしましたランス・ハヤセ少尉です」

「…………あ……ご苦労様です少尉…………防衛省で?」

 まさかの兵士の対応にシーラは少し戸惑った。兵士の顔を見ながら記憶を探る。

「はい。防衛省時代はユーヒ少佐の下で働いていましたので」

 その言葉で、シーラは一瞬だけ、意識が消えてしまったかのような感覚を覚えた。

「──ユーヒ…………リリの下で⁉︎」

「ええ……少佐は残念でした…………私は終戦直前に転属になりまして、それで──」

「そう…………リリの下で………………」

 そして、アイバの声が駐車場内に響く。

「拳銃の携帯くらいは許可する。着いてきなさい」

 半地下とはいえ、やはり構造的に響きやすい。

 ランスがアイバに振り返り、再び敬礼をして口を開いた。

「お連れします」

「頼む」

 アイバは背を向けると駐車場奥の階段を登り始めた。

「あなたに説明を求めてもいいのかしら…………?」

 シーラはそう言ってランスの背中に声をかける。

 ランスが振り返ると、シーラの後ろで他の五人が装甲車を降りるところだった。

 それぞれの顔を見ながらランスが応える。

「ええ……私でお応え出来ることでしたら…………全部で…………」

「私を入れて六名」

 シーラの声に、そのすぐ後ろからヒーナの声。

「六人部屋がいいなあ」

 続くのはナツメ。

「私たち仲いいからね」

 シーラが溜息をついて歩き始める。

 慌てたように先頭に出るランス。

 そのランスにシーラが声をかけた。

「気にしないで。からかっただけ────それで、あなたはどの部隊の所属になるの?」

「第七大隊の第二部隊です」

「第七?」

 ──あの部隊…………?

「最前線ではないの?」

 鉄製の無機質な階段を登りながら投げかけたシーラの言葉に、一瞬ランスは間を開ける。

「はい……終戦時は首都に────」

 砂や埃の広がる廊下を歩き、二つ目の階段へ。最初の階段とは違い、元々はしっかりと作り込まれた階段だったのだろう。手すりも木製の物が別で取り付けられている。階段の幅も広い。

「ここはコレギマの領土のはず……どういうこと? 終戦時の状況を説明して」

 三つ目の階段を登り始めた時、やっとランスが返した。

「国内は……混乱していました…………結局どこが勝ったのか──」

「終戦の無線通達は最前線でも──」

「国際連合の指示です」

 白く長い廊下を歩きながら、ランスが続ける。

「戦争の勝敗が分からないままに、戦争は終わりました」

「そんなバカな────」

「詳しくは、大佐からのほうがよろしいかと…………」

 そう言いながらランスはドアの前で足を止める。

「大佐?」

 そのシーラの問いに、ランスはドアを開けながら応える。

「アイバ様からも説明があるはずです」

「……アイバ様…………?」

 ドアの先にはさらに階段があった。

 その階段を登った先には更にドア。

 ランスがドアを開けると、広い部屋にはアイバの姿。

「お連れしました」

 敬礼と共にランスが口を開き、一歩だけ横に。

「ご苦労だった。配置に戻っていい」

 アイバの言葉に、ランスは部屋を出ていく。

 殺風景な部屋の片隅に大きなソファーが置かれただけ。床は埃なのか小さなチリが敷き詰められている。

 六人全員が部屋に入った所で、アイバの言葉が続く。

「六名か。よく生き残っていたものだ」

 そのアイバの隣──小さなサイドテーブルを挟んで、車椅子で背を向けたままの人物にシーラは釘付けとなる。

 ──まさか……………………

 横に広い部屋。元々は大きなガラスがはめ込まれていたであろう部分から、下の観客席部分が見えた。

「部屋と言っても壁一面のガラスがないから、おかしな空間だろ」

 車椅子から聞こえるのは男の声。

「気に入ってるんだ……風通しがいいからな」

 車椅子が回る。

 ──カイズ………………

 シーラはすぐには言葉を返せずにいた。

 あの頃よりは、だいぶ老け込んだ印象のカイズだったが、鋭い眼光だけは変わっていない。

「質問が山ほどありそうな顔だな少佐……中佐になっていたか?」

 シーラの右肘が微かに後ろに下がる。

 今すぐにでも右腰のホルスターから銃を引き抜きたい衝動に駆られていた。

 その僅かな変化に気が付いていたのは、すぐ背後のティマだけ。

 そして、そのティマの顔にカイズが気が付く。

「もしかして有名な〝堕天使〟か? 訓練所で見たことがある……忘れもしない…………最前線に就いたとは聞いたが…………そういうことか」

 カイズは口角を上げて続ける。

「アイバ……覚えておけ…………国軍で最高の兵士だ…………あの女は人を殺すために産まれてきた────」

「おい」

 部屋の空気を震わせるような低い声。

 誰も聞いたことのないナツメの声だった。

 しかし、前のめりになりかけたナツメの体にチグが抱きつく。

 そして、アイバの視線はティマに注がれていた。

 ティマの目は動じることを知らない。

 カイズが続ける。

「国際連合からの通達で突然終戦を迎えたことは知っているのか?」

「そこまでは──」

 懸命に、シーラは冷静を保とうとする。

「最前線にいたなら仕方ない……中佐のあの頃の目論見通りさ…………俺はクーデターを決行した。しかし同時に空爆だ。国内の至る所にな……相手がどの国なのかも分からなかった……その時に、元帥も防衛大臣も死んだよ……防衛省にいたあんたの兄も…………他の奴らもな…………クーデターどころじゃなかった。国の復興なんて不可能なレベルだった」

「だから祖国を捨てたの?」

 ゆっくりと、僅かに震えるシーラの声。

「そうさ……幸いここまできたら、まだ辛うじて〝社会〟が残ってた…………国を牛耳ろうと思ったら反発が多くてな。政治家と軍部を押さえたのに、生き残ってた国民は逃げようとしやがった…………惨めなものさ…………気がついたら裸の王様だ…………」

「その車椅子は…………」

「クーデターの時にな…………今なら簡単に殺せるぞ。いつでもやってくれ」

 ──こいつは…………

「どうせ俺には何の力も残ってなんかいない。実質的に組織を動かしているのはアイバだ」

 その目が嘘をついていないことだけは、シーラにも分かった。





 いつの間にか建物のあちこちに入り込む陽の光が弱くなり、六人はアイバの指示で別室に通される。そこは駐車場の隣に位置していた。決して閉鎖的な部屋ではない。元々は広い通路のような所だったのだろう。壁一面の大きなガラスがまだ残っていた。

 そして、そこには何十人もの兵士が各々休憩を取っている。

 部屋の中だというのに街灯のような照明が照らされる。辛うじて発電機は動いているのだろうか、どこからか持ってきた照明器具だろうと思われた。

 そこに入るなり、アイバが口を開く。

「駐車場の装甲車とここで常に索敵はしてる。ここは待機場だ」

 すぐに兵士の一人がアイバに駆け寄り、声をかけた。

「アイバ様。その者たちは──」

 アイバが言葉を遮るように即答する。

「殺されたくなければ手を出さないことだ。お前たちとは身構えが違う」

 あの時の少女であることは間違いない。シーラは確信していた。

 あのラボにいた──緑の光に包まれた少女…………。

 ──緑の光…………

 ──緑の………………

 そのアイバの言葉が続く。

「ここに現在いるのは四部隊ほどだ。今までに大隊の半分以上が犠牲になった。今日もかなり犠牲になっている」

「相手は残存兵力?」

 シーラはそう言いながらも、本当に聞きたいことは違った。

 ──あの穴は…………

「いや、この国の残存兵は全て潰した。ドローンだ。終戦直後に空爆をしたドローン」

 ──やっぱり…………

「いくつか種類はあるようだが、どこの国かは分からなかった」

 ──ここにもアーカムが…………

「地下に格納庫を見つけた」

「──格納庫⁉︎」

 思わず声を上げたのはヒーナだった。

「ここの近くで今までに二つ潰した。今日で三つ目だ。コレギマの新兵機だったようだ。データを見てくれ」

 すると、アイバのその言葉に反応するように、一人の兵士がラップトップを差し出して開いた。

 六人はそのモニターを一見すると、軽く溜息をつく。

 モニターにはいくつものドローンの撮影画像。

 そして、チグがバックパックを下ろして中から自分のラップトップを取り出すと、アイバがそのモニターを見て声を上げた。

 チグのラップトップにはアーカムのドローンを解析したCGの立体データ。

「お前たちも──」

「……これは……アーカム………………」

 チグが呟く。

 それにシーラが続けた。

「チグ、説明してあげて」





 アイバだけではない。

 その場にいた兵士全員がチグの説明に聞き入っていた。

 チグはアーカムの端末を取り出し、話を続けた。元々ざわつきがなかったわけではなかった。誰もがすぐに受け入れられる話ではない。チグ自身も全員が受け入れてくれるとは思っていなかった。しかし〝緑の光〟の話に、兵士たちは更にざわつきだす。

 その兵士たちの声に紛れる〝アイバ様〟の言葉───ティマはそれを気持ち悪く思い、誰もいない壁まで離れていた。壁にもたれかかる。

 ──宗教かよ…………

「その緑の光とは──」

 アイバが続ける。

「今日のアレと同じか?」

 すると、応えたのはシーラだった。

「ええ……同じに見えた…………あれは…………あなたなの?」

「ああ、私だ。見慣れた装甲車だったからな。私がお前たちを助けた」

 ──やっぱり…………

「……? シーラ……どういうこと?」

 チグのその問いに、シーラはすぐには応えない。

 チグが続ける。

「今日のアレは……アーカムだったんじゃないの?」

 するとシーラが、アイバに目を合わせたまま、ゆっくりと口を開く。

「…………やっと繋がってきた…………相変わらず意味は分からないけど…………」

 兵士の一人がアイバに近づく。

 何かを耳打ちするとすぐに後ろに下がった。

「着いてくるか?」

 アイバが続ける。

「ドローンが一〇機ほどレーダーに引っかかった。その目で確認してくれ」

 それに応えたのはシーラ。

「こっちの部隊数は?」

「一部隊とお前たちの車両だ」

 迷いなくアイバは即答する。

「一部隊?」

「今回はすぐに帰ることになるだろう。いつものパターンならな」

 外はだいぶ暗くなっていた。

 シーラたちの装甲車の他には、二台の装甲車だけ。その二台が先導して駐車場を出た。後ろに着いて同じく駐車場を出た段階で、各配置に着いていた全員のヘルメットにシーラの声が届く。

「みんな気が付いていると思うけど聞いて……まともに統制の取れた部隊じゃないわ。人数だけ」

「同感だ」

 ライフルの駆動を確認しながら重機関銃のスコラの横に陣取っているティマの声。

 シーラが応えて続ける。

「出る直前に誰が行くか決めてる軍隊なんか聞いたことがない……一部隊って言っても装甲車二台に二〇名もいないわね」

「本当にあの女の子が仕切ってると思う?」

 ヒーナが続ける。

「どう見たって子供だ。一五くらい?」

 そこにナツメの声。

「それに〝アイバ様〟って呼ばれてたよ。なんか気持ち悪い」

「軍隊じゃない」

 ティマの声だった。

 その低くなった声色に、思わず全員の気持ちが引き締まる。

「ただのコミュニティだ」

 重い空気が時間を作った。

 やがて、シーラの声。

「私は……ラカニエであの子に会ったことがある……間違いがなければ……見たことがあると言った方が正しいけど」

「あの車椅子のおっさんも知り合いみたいだったね」

 スコラの声だった。

 すぐに返すシーラ。

「首都警備を任されていた大隊の隊長だった…………一度殺されかけたけど…………あのアイバって子を欲しがって犠牲者まで出してた。多分そうなんだと思う。あの子がどんな力を持っているのか確信はないけど…………クーデターの情報まで掴んでいたのに…………」

 すると、チグが少しの間を置いて口を開いた。

「〝力〟って……なんですか? 昼間の……アーカムだと思ってた…………」

 しばらくビルの谷間を縫うように走っていた装甲車が停まる。

 六人の装甲車とは違い、機銃座が稼働されてもいない。

 円形に開けた空間──環状交差点──周囲にはビルが並び──中心には背の高いモニュメント────。

 それは、細く、高い。

 装甲車の屋根の上にいるスコラとティマでさえ、首が疲れるくらいに見上げるほどだ。

 右銃座から上を見上げていたナツメの呟きが聞こえた。

「……天使…………?」

 それは、羽を大きく広げ、天を仰ぐ天使のモニュメント。

 続くシーラの声。

「よく生き残っていたものね」

 周囲の建物が明らかに戦火の跡を感じさせる中、奇跡的にもそのモニュメントは生きていた。小さな破損くらいはあるのかもしれない。しかし月明かりがそれを隠しているのか、強い影が存在感を際立たせていた。

 シーラが続ける。

「チグ──レーダーの状況は?」

『ドローンに動きはありません──一〇時方向に八機──現在の距離は一三〇〇メートル──間違いなくアーカムです』

 静かだった。

 ほとんど風もない。

 辺りに漂うのは、人の営みの消えた空気だけ。

 その空気を、小さな軍用ブーツの音が震わせた。

 車両横の梯子を使って、アイバが屋根に登る。

 武器も持たずに、ドローンのいる方向を見て、ただ立っていた。

  ヘルメットにチグの声。

『動きました──ドローン来ます』

 六人にとってはラカニエを出てから久しぶりのアーカム──緊張が全身を包む。

 チグの声が続く。

『早いです──会敵すぐです‼︎』

 ドローンは一瞬で円形の空間に輪を作る。

 確かに──アーカムだった。

 丸く並ぶビルに沿うように──高さは建物で言うと五階程度。

 微かに手を震わせながら、チグはデータが記録されているのを確認すると、足元に置かれたバックパックに自然と目をやった。

 そこに、あの緑の光はない。

 アイバは装甲車の屋根に立ったまま。

 その光景を視界の端に、スコラが無意識に呟く。

「────動いたら……────」

 そこにティマ。

「──まだ──」

 次の瞬間、周囲が光に包まれる。

 あの、緑の光────。

 ドローンが吹き飛ばされる──バラバラに──粉々に──まるでかき消えるかのように──。

 それは周囲のビルも巻き込んでいた。

 崩れながら飛び散る。

 次の瞬間──途端に光が薄くなる。

 小さくなるのではなく、薄くなった。

 日中に見たものと同じ。

 緑の光が完全に消えると、周囲からはバラバラと建物が崩壊していく音。

 地面には薄く砂埃が流れ、六人は緊張も冷めない内にアイバを見た。

 何も変わらずに装甲車の屋根に立っている。

 少し前と違うのは、僅かに体が緑に光っていることぐらい。

 そのアイバに、足元の装甲車から顔を出した兵士が声をかけた。淡い緑に包まれたアイバにも動じていない。見慣れた光景なのか。

「アイバ様、おおよその位置が分かりました。向かいます」

「任せる」

 アイバはそれだけ言うと、横の梯子から装甲車に身を潜り込ませる。その頃には緑の光も消えていた。

 動き出した二台の装甲車に、ヒーナは装甲車を随行させるしかない。

 円形の中心にあった天使のモニュメントが粉々に崩れている。

 全員がその光景を見ながら、誰も口を開かなかった。

 一キロ程度──装甲車では時間はすぐ。

 目的地に到着するなり、前の二台から数人が近くのビルの中へ。道路に面したビルの壁面が大きく崩れていた。すぐに兵士の一人が装甲車に戻ると、アイバが降りてきて六人の装甲車に目を向けた。

「武装をして着いてこい」

 シーラがヘルメットのマイクに小さく口を開く。

「ヒーナとスコラはそのまま──ティマとチグは私に着いてきて──ナツメはチグの代わりにレーダーに──」

 そして三人だけがアイバに着いてビルの中へ。

 シーラとチグは自動小銃、ティマは長身の長いライフルを構えたまま。

 ビルの一階。

 アイバが立ち止まった先には床に開く大きな穴と、その周りを取り囲む一〇人程の兵士。

 直径五メートル程の穴を覗き込みながら、アイバは振り返りもせずに説明を始めた。

「ここが奴らの出入り口だ──この下に格納庫がある」

 アイバは兵士の手からロープを受け取る。そのロープは別の兵士によって近くの大きな柱に固定されたものらしい。穴に垂れ下がっている。

 アイバは穴を見下ろしながら口を開く。

「先に何人降りた?」

 兵士の一人が応える。

「二人です。いつもと同じだと報告が……」

「そうか。二人だけ残して降りるぞ──お前たちも着いてこい」

 その声はシーラたちに向けられていた。





 深かった。

 下手をすると一〇〇メートルも深いところまで穴を降りる。

 突然広がる空間。

 広大な広さ。

 丸く、大きく、深い。

 広すぎるくらいの丸い穴を構築するのは、数えきれないほどの階層。

 遥か下まで。

 どんなに照明で照らそうとしても、一番下までは届かない。

 地上よりは明らかに周囲の温度も高かった。

 気圧の変化のせいか、全員が耳の痛みまで感じる。

 しかし、下に行けば行くほど、各階層が小さくなっていることだけは分かった。

 逆三角錐────。

 そして、その各階層に並ぶ無数のドローン。

 地上からいくつ目かの階層に全員が降りると、目の前には、微動だにしないドローン。

 シーラ、ティマ、チグの三人にあるのは緊張と恐怖。

 最初は、今すぐにでも動き出しそうとも思ったが、何かがおかしい。

 照明の先、ドローンには大量の埃──土か砂か…………周囲には植物の根のような物が密集していた。

「お前たちの話を聞いて納得した部分がある」

 唖然とする三人に声をかけたのはアイバだった。

 その声が続く。

「どう見てもここにあるドローンは長いこと動いていない。しかし事実として、ここからさっきのドローンは出てきた……所々に抜けた穴のような所がある。そしてここにあるものは、何年前なんて時間じゃない…………」

 シーラが応える。

「信じてくれるの? 私たちの話」

「お前たちも完全に信じているとは思えないが……これを見たら、お互いに信じるしかないようだな」

「そうね」

 シーラがそう応えると、その肩越しにティマがアイバに言葉を向けた。

「ここが格納庫なの? 今までに三カ所潰したと言ってたけど…………」

 アイバはすぐに応える。

「何カ所にも爆弾を仕掛けた──だが爆発と共にドローンが一気に動き出す…………散々犠牲が出てから、ドローンなのか格納庫なのか、自爆する」

「それが昼間の穴か」

「私一人では限界がある……これ以上犠牲は増やせない。今夜はこのまま戻るが、作戦を立てたい。お前たちの弾薬の補充も許可するから協力を────」

「待って」

 声を上げたのはチグだった。

「もっと調査をさせて──こんなに素材が転がってるのに、あなたたちはドローンの正体も調べようとしなかったの?」

「敵は排除するだけだ──」

「国軍が聞いて呆れる──! 相手のことも知らずに何が敵なの⁉︎」

「待ちなさいチグ」

 興奮するチグを止めたのはシーラだった。

 すぐにアイバに向けて続ける。

「まずは一度撤退をするべきね──刺激を与えると稼働するってこと?」

「そうだ」

「チグ──侵食してる植物と、そこから落ちてきた土の採取を────可能な範囲で年代測定をお願い」





 競技場に戻ってからのシーラの指示は、全員が装甲車から動かないこと──。

 そしてチグは収集したデータを解析し、残る全員が弾薬と燃料の補充に努めた。

 シーラは一人、自動小銃をストラップで肩にぶら下げたまま、カイズの元へと足を運ぶ。

 どうしても聞かなければならない…………。

「アイバは何者なの?」

 そのシーラの言葉に、目の前のカイズの目は真剣そのものだった。

 ゆっくりと応える。

「何か──超能力のようなものなのか……ラボで調べ上げても結局は分からなかった」

「あなたの欲しかったのは、その力?」

「そうだ」

「クーデターのため?」

「それもある──しかし本筋は軍部の命令だよ」

「命令⁉︎ 軍部は知っていたというの⁉︎」

「というより──国がだ」

 ──まさか…………

 カイズは車椅子を両手で回し、シーラに背を向けて競技場を見下ろした。

 そして続ける。

「まあ、俺がその命令を利用したんだがな。クーデター後に…………人心を掌握するのにも使えると思った…………確かに心酔する者はいた。だが、部隊にな。掌握する人民なんかほとんど残っていなかった……コレギマに来ても結局は同じ…………気がついた時には、あいつは部隊の中で〝神〟になっていた」

 自然とシーラは右肩にかけていた自動小銃を下ろし、銃口を下に向けたまま引き金に指をかけていた。

 その音は当然カイズの耳にも届いていたが、構わず言葉を続ける。

「変だと思っただろうな……〝アイバ様〟なんて……最初に誰がいい始めたのか…………確かに神がかった力だとは思うが…………どうしてみんな…………神など求めるのか…………」

「一度は、あなたも求めたはず…………」

「否定はしない……情けない話さ…………今じゃ形だけの大隊長だ…………どうする?」

 カイズは車椅子ごとシーラに振り替える。

 いつの間にか自動小銃の銃口が自分に向けられていたが、まるで動じずに続けた。

「所詮は張り子の虎だ…………俺を殺すか? それとも──アイバを殺すか?」

 シーラは銃口の先にカイズを捉えたまま、指先にだけ神経を集中させる。

 そして、しばらくの間の後、ゆっくりと口を開いた。

「最後に一つだけ教えて」

 カイズが僅かに身を乗り出す。

「リリを殺すように指示したのは、あなたなの?」

「だとしたら…………俺を殺してくれるのか?」

 シーラの指に力が入ると同時。

 カイズの横のサイドテーブルの無線機が雑音を発する。

『──大佐──ドローンです──大量のドローンが────』

 すぐにシーラは自動小銃を左肩にかける。

 目を見開くカイズ。

 背を向けてドアを開けるシーラに声を向けた。

「なぜ引き金を引かない‼︎」

 シーラは意外にも自分が冷静であることを不思議に思っていた。

 ──殺せた…………

 何が自分を踏み留まらせたのかは分からなかったが、なぜか、そうすることの意味を見出せなかった。殺したところで、兵士たちからの反発が少ないであろうことは予想できた。すでにカイズは求心力を失っている。

 下へ降り、待機場のアイバの元へいくと、兵士の多くが暗闇に浮かぶラップトップのモニターに食いついていた。

 その中心にいたアイバがシーラに気づくと、声をかける。

「今までとは違うようだ。数が多すぎる」

「さっきの格納庫から?」

「かもしれない」

 周りの兵士が不安な表情を浮かべながらもシーラに道を開ける。

 モニターを覗き込んだシーラにアイバが続けた。

「しかし距離がだいぶある。一〇〇キロ以上だ」

「そうね……さっきの格納庫からにしては遠すぎる…………索敵範囲ギリギリね。これじゃ敵の数も把握出来ない…………しかも一方向じゃないわね」

「しかし速度は遅い」

「あなたの〝力〟があれば怖くないんじゃないの?」

「一度に大量は無理だ。あの光の大きさにも限界がある」

 ──なるほどね…………

「──私は装甲車に戻る。大きな動きがあったら教えて」

 それだけ言うと、シーラはすぐに装甲車に戻った。

 車内では全員が索敵モニターに張り付いていた。

「私だけ除け者かしら?」

 そう言いながら乗り込むシーラに、すぐに返したのはチグ。

「待ってましたよ──もっとも、まだ緊急性はないですけど」

 その声に緊張感はない。

「説明して」

「四方八方からドローンがこっちに向かってきてはいるんですが、どういうわけか足は遅いです。それに完全に円陣というわけでもないので──補充が万全な我々にとっては抜けられる〝穴〟はあります。ここの人たちにとってはキツいでしょうけど」

「今の速度のままだと、会敵時間は?」

「明日のお昼頃に──それよりも、さっきの格納庫のデータを整理していて気が付いたんですが、見たことのないタイプが数種類ありますね」

「兵器としては自然なことね」

「形が違うだけ、と考えるのも不自然ですが、流石に今の段階ではこれ以上は分かりません」

「年代測定はどうなの?」

 するとチグがシーラに体を向けて続けた。

「その前に……みんな、信じてるんですよね……アーカムのこと…………」

 誰もが、すぐには応えなかった。

 そして、全員の背筋に嫌なものが降りていく。

 チグが続ける。

「私は軍人であると同時に、技術者です。非科学的なことなんか信じないつもりでも、神がいるかどうかなんて考えずに生きてきました。でも……何度も神に祈る瞬間があった…………それが理にかなっているかどうかなんてどうでもいい…………でも、私たちの経験は辻褄が合うか合わないかではないはず……事実です…………それは変わりません。その上でお話しします」

「分かったわチグ…………みんなもいいわね」

 シーラの言葉に、ヒーナが続けた。

「まあ…………みんな今更だよ…………聞かせてよチグ…………神様より、私たちはチグの言葉を信じる」

「……分かった」

 チグはモニターに体を向けると、解析データを表示する。

 そして口を開いた。

「最低でも……一〇億年──」

「一〇億⁉︎」

 驚きの声を上げるヒーナにナツメが言葉をぶつける。

「さっき今更って──」

「まあ……」

 シーラが溜息混じりに続ける。

「無理もないわね」

 チグが再び口を開いた。

「もちろんこの装甲車の設備では簡易測定です。正確性に関しては怪しい部分もあります……しかし、砂の中にはもっと古い物まである…………」

 するとナツメが呟く。

「人間如きがどうのこうのってレベルじゃないか…………」

 続けてティマが食い込む。

「別のタイプもあるってことは、今までと違う攻撃パターンもあるね」

 チグがティマに振り返って応える。

「そういう可能性は高いと思う。今までの奴らと同じだとは考えない方がいいかも…………それと問題は、現在索敵出来てる数がおよそ五〇〇……もっと増えると考えた方が…………」

 そう言ってチグは足元のバックパックを持ち上げた。アーカムの端末を取り出すと、それは緑の光に包まれている。

 しかし光は僅か。

 バックパックに入っていれば分からない程度。

「あの時と同じ…………」

 呟くように口を開いたのはスコラ。

 そのスコラに向けて、シーラは笑顔を向けた。

「明日になれば分かることよ」

 スコラを何度も救ってきたシーラの笑顔──まだ大丈夫だと感じられた。

 しかしスコラは真顔のまま応える。

「私が心配なのは────」

 次の瞬間、全員の耳に足音が届く。

 小さな音だが、それはやはり駐車場内で否応無しに響いた。

 微かに全員に緊張が走るが、最初にその足音の主に気が付いたのはティマだった。

「アイバだ」

 そう言ってティマは装甲車を降りる。

 続けて、その後ろにシーラ。

 足音が止まる。

 そこにはアイバが一人で立っていた。

「お前たちと話がしたい」

 最初に応えたのはシーラ。

「お付きも無しに一人? 随分と信用されたものね」

「お前たちと敵対する理由はない。大佐に対しても同じ感情だと思っているが」

 瞬間的にシーラは眉間に皺を寄せ、声のトーンを落とす。

「何を言わせたいの?」

 そのシーラの言葉に、ティマが反応する。

「待ってシーラ」

 そしてティマはアイバの目を見たまま。

「あなたは…………親の顔を知っているか?」

「親? それはなんだ?」

 即答したアイバの言葉に、全員が言葉を失う。

 しばらく続く静寂を、シーラが破る。

「あなた……大佐とは──」

「突然向こうから接触してきた。私の力が欲しかったそうだ」

「あなたは…………」

「大佐は私を利用した。それは理解してる。自分の私利私欲のためだけに利用したと自分で話していた」

「……自分から……」

 ──そうか…………

「もう必要がなくなった。その内殺そうと考えていたが、お前が殺さないなら私が殺す──この後の作戦にも邪魔になるだろう」

「私は──!」

「お前には殺意がある。何か恨みがあるのだろう。それは私の知らないことだが、いつでも殺してくれて構わない」

 そして、背中を向けて続ける。

「明日は全戦力で迎撃作戦を決行する。参加するかどうかは任せる。それだけ伝えにきた」

 歩きかけたアイバに声をかけたのはティマだった。

「あなたは…………本当に、アーカムを知らなかったの…………?」

 アイバは背を向けたまま。

 止めた足を再び前へ。

 駐車場奥の階段まで行った辺りで、そこにもう一人の人影が現れた。

 アイバに敬礼をし、装甲車に近づいてきたのはランスだった。ティマに敬礼をし、そのままティマの肩越しにシーラに視線を向けると、口を開く。

「スノー中佐、明日の作戦の前に……お話があります」

「ここで話せること?」

「はい。お時間は取らせません…………防衛大臣の件で……お伝えすることが……」

 ──……父上の…………?

「明日は大きな作戦になります。自分の命の保証はありません……最後に…………私は大臣の最後に立ち会っています」

「最後……? 空爆で──」

「いえ────」

 ──…………え?

「──クーデターです。……大佐が…………殺害する現場にいました…………」

 ランスが視線を落とす。

 シーラは何も応えない。

 そして、ランスの声が震える。

「……噂では…………元帥もそうだと……聞きました…………お兄様は残念ながら分かりません…………」

 シーラは微動だにせずに立ち尽くしたまま。

 祖父が嫌いだった。

 父が嫌いだった。

 家族が嫌いだった。

 自分で殺してしまいと思ったこともある。

 最前線に就いて解放された。

 誰にも、二度と会いたいとは思っていなかった。

 それなのに、この気持ちの蟠りはなんだろう。

 シーラはその時、冷静でいられない自分に気が付いていた。

 その姿を、装甲車内からスコラが不安気に見つめている。

 ティマも後ろのシーラに振り替えることすら出来ない。

 ランスの言葉が続いた。

「……まさか中佐にお会い出来ると思っていなかったので…………しかし……黙っては死ねません…………」

「……少尉…………」

 静かにシーラの声。

「……報告、感謝します」

 ランスが顔を上げる。

 シーラが続けた。

「明日の作戦…………武運を期待しています」

 シーラが敬礼をする。

 敬礼を返したランスは、階段まで走っていた。

 その足音が聞こえなくなると、シーラはゆっくりと装甲車に乗り込み、やがて口を開いた。

「レーダーは、どう?」

 少し驚いたチグが、慌てて返す。

「……あまり、変化はありません」

「そう…………」

 シーラは疲れ切ったように床に腰を下ろした。

 すぐ隣に、すぐにスコラも腰をおろす。視線は床を見つめたまま。

 何を言えばいいのか分からなかった。

 ──どうするの?

 ──このまま、あの兵士たちを捨てて逃げるの?

 ──何が正しいのか、私には…………

 シーラの感情も揺れ動く。

 仲間ではない。置いて逃げたとしても、どうせここの部隊は全滅するだろう。アイバ以外は…………同郷の兵士たちに罪はないのに…………。

 六人で生きてきた…………今回は危険すぎる…………。

 すると、口を開いたのはヒーナだった。

「燃料は満タン──弾薬も溢れてる────整備も完璧────久しぶりに台座の駆動系に油まで差せたよ…………最強の部隊が出来た…………みんな、いけるよシーラ」

 シーラがゆっくりと顔を上げる。

 ティマが言葉を繋げる。

「アーカムが…………今度も助けてくれるよ…………」

 更にナツメ。

「これは……明日が楽しみだねー」

 するとシーラが呟く。

「……最強の部隊か…………」

「今更だけど」

 そう言ったヒーナの頭をナツメが軽く叩いた。

 決戦前夜────。

 アーカムのドローン部隊が、少しずつ距離を縮めていた。




〜 第二部・第4話(最終話)へつづく 〜

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