第二部・第2話

 まだ暗い林の中。

 時間も把握出来なくなっていた。

 装甲車の後ろを少しだけ持ち上げて下の大木を除去──駆動系を確認すると、シーラとチグが周囲の警戒を続ける中で車内での治療が始まる。

 徐行をしながらの治療は危険すぎた。平地と違って振動が大きすぎる。

 ナツメの助けで仮の治療を終え、ティマの体を乗せていた担架を天井から吊るすと、スコラがヘルメットのマイクに向けて口を開いた。

「シーラ──行けるよ。早くここを抜けよう」

『了解』

 シーラの声で全員が車内に乗り込み、装甲車が動き出す。

 シーラは担架の上のティマからチグに視線を移すと、口を開く。

「チグ──状況をまとめて──」

 モニター前のシートに腰を下ろしたチグが、溜息をついて応える。

「国境は後一キロ程度……林を抜けたらすぐです……周囲に敵と思しき信号はありません」

「どこかで待機出来る場所が欲しいわね」

 ティマの側に張り付くスコラとナツメを見ながらシーラが応えた。

「地図上では国境を抜けたらすぐに人里に入るので……そこで」

「分かった──ヒーナ、頼むわ。そこまで直接行く」

 すると運転席からヒーナの声が響く。

「了解──チグ、最新のデータを送って」

 チグが即答して声を張り上げる。

「さっき送ったヤツ──何度も言わないでよ」

 ティマが負傷をする緊急事態──誰もが緊張を隠せない。

 全員がティマを信頼していた。

 全員がティマを頼っていた。

 全員がティマに助けられた。

 ティマがいることで、どんな戦闘も生き抜いてこれた。

 全員が、こんな不安を感じたのは初めてだった。

 国を失い、帰るところもなく。自分達を受け入れてくれる世界を求めて生き続けるだけ。

 それぞれが、それぞれの形で押し殺してきたはずの未来への不安が、溢れそうになっていた。

 無意識の内に緊張感を感じ取ったのか、最初にナツメが声を上げる。

「……ごめんシーラ…………私は冷静じゃなかった…………」

 シーラはすぐには応えない。

 ナツメの背中を見ていると、隣のスコラが振り返ってシーラを見ている。スコラの表情は柔らかい。その表情に、少しだけシーラの緊張がほぐれていく。

 ──またスコラに助けられた…………

 そして、シーラがやっと口を開く。

「大丈夫よナツメ…………もう軍法会議なんてないから」

 目に入るのはスコラの笑顔。

 ティマとナツメの関係は誰もが知っていた。もちろん兵士として、戦場に個人的な感情は命の危険を上昇させる。しかしスコラはナツメを責める気には当然なれない。シーラが倒れた時、自分もそうだったからだ。終戦前なら違っただろう。しかし、戦時でありながら、すでに自分達を縛る軍隊も組織も存在しない。誰もが無意識の内に束縛から解放されていたのかもしれない。

 そしてスコラが口を開いた。

「もうすぐ国境越えるね……どんな国かな…………」

 話を聞いていたチグが背中を向けたまま挟まる。

「国がまだあればいいんですけど…………」

 それに応えたのはシーラ。

「……大丈夫…………なければ…………」

「抜けるよ!」

 運転席からのヒーナの声だった。

 外には平地が現れる。

 フロントガラスの正面に、明るくなり始めた空が広がった。

「朝だったんだ…………」

 呟いたヒーナが続ける。

「もうすぐ人里に入るよ──チグ、レーダーの反応は?」

「何もない──いつもと同じ…………」

 そう応えると、すぐにチグは声を落として呟いた。

「こんな国境越え…………これじゃ戦時中の進軍だよ…………」

 すると、シーラが口を開く。

「相変わらず国境警備なしか……楽でいいじゃない」

 陽がだいぶ昇った頃、周囲に建物が増えてくる。

 どこにも人の姿はない。

 助手席に移ったシーラが外を眺めながら口を開いた。

「のどかな農村風景って感じね……街中に入る前に、この辺りで休める所があればいいんだけど…………」

 すると、アクセルを緩めたヒーナが横を見ながら。

「古い工場みたいな建物……木造だけど、あそこなら──」

「いいわね。入れそうだったら入って」

 ゆっくりと装甲車が建物へ近づく。

「止めて──見てくる」

 シーラはそういうと助手席を降りた。

 自動小銃を持ったまま、ゆっくりと建物に近づく。

 やはり人の気配は感じられない。

 周囲の雑草の量からも、しばらく管理されていない場所であることは明白だ。

 建物の中は何もなかった。

 大きな建物は骨組みと僅かに残った天井と壁。外の草木に侵食され、まるで木材が自然に帰ろうとしているかのよう。

 やはり人の生活の場ではなく、何かの工場のような建物だったのだろう。あちこちの隙間から入り込む陽の光が現実から気持ちを引き離すようにも感じた。

 シーラは装甲車に戻るとヒーナに伝える。

「ここにしましょう。近くに川の音も聞こえるし……水を汲んできて食事を摂ったら……少し休みたいしね」

 その口調は柔らかくもあったが、ヒーナには珍しく見えた。いつものシーラなら、あまり弱気なことを言わない。

 装甲車が中に入る。

 チグは索敵を続けながら弾薬や食糧のチェック。

 ヒーナとナツメは外の警戒。

 シーラは川を探した。

 もちろんスコラはティマの治療を続ける。

 それなりの出血量はあったが、命に関わるほどではなかった。弾も全て貫通している。唯一気になるのは、詳細な臓器の状態が分からないこと。内出血もあるに違いない。腹部の損傷の怖さは出血の量だけではなかった。しかし、すでにその出血は止まりかけている。並の人間ならこうはいかないだろう。どうやらティマが持っているのは人並外れた戦闘能力だけではないようだ。

 そのことに、少しだけスコラは安心した。

 もちろんそれは周囲ののどかな雰囲気のせいもあるのかもしれない。過ごしやすい季節とはいえ、微かに流れる風が気持ちいい。昨夜はあんなに恐怖を感じた木々の葉の揺れる音さえ気持ちを和らげていく。その葉の隙間から漏れる陽の光が作り出す美しさは幻想的でもあった。

 血の匂いに慣れすぎていたのかもしれない。国を出てから、出会う人間は兵士ばかり。その誰もが銃口を向けてきた。自分たち以外が、総て敵に見えていた。

 どこかに、まともな国が残っていて欲しい。

 国でなくてもいい。

 小さなコミュニティのようなものでもいい。

 世界が滅んだとは思いたくない。

 かつては生きる目的など何もなかった。

 いつ死んでもいいと思っていた。

 しかし今は違う。

 シーラと生きていきたい。

 シーラのためなら、生きていける。

 そんな気持ちを噛み締めながら、初めて見るティマの穏やかな表情を眺めていた。

 やがて全員が装甲車に戻る。

「次は私が周囲の警戒に出るから、みんなは休んで。チグは索敵を自動で走らせておいて──特にヒーナは運転で疲れてるし……」

 シーラの言葉をヒーナが遮る。

「まだ大丈夫だよ。次はシーラが休んでね。出発は明日? いいんでしょ?」

「そうね……今の内にゆっくりしておきましょう」

 そして、外に出たシーラ以外、誰も装甲車からは離れなかった。

 ヒーナはチグと肩を寄せ合い、座ったまま目を閉じる。

 ナツメはティマの側で膝を抱いたまま、小さな寝息を立てていた。

 そしてスコラは助手席で目を閉じていたが、なかなか眠る気にはなれなかった。大丈夫だろうとは思っていたが、やはりシーラが戻ってくるまでは安心は出来ない。

 ──シーラが戻ってきたら眠ろう…………

 そして、その日はゆっくりと過ぎた。

 装甲車の整備を中心に、警備の交代を繰り返しながら、再び夜が来る。

 ティマが目を覚ました時、装甲車で休憩中なのはナツメとチグ。上半身を起こし、目を閉じる二人を見ると、柔らかい表情を浮かべた。

 ──まだ、生きてた…………

 頭を過ぎるその感情の意味が理解出来なかった。

 嬉しいのか、嬉しくないのか……自分でも分からない。左腕に繋がれた点滴のパックをなんとなく眺めるが、それで何かが分かるわけでもない。

 周りは暗い。

 ここがどこかは分からなかったが、理解出来るのは静かな場所であるということだけ。

 突然、不思議な感情が湧き上がる。

 嫌な記憶が掘り起こされるような、気持ちの悪い感覚。

 それは、淡く、鈍い────床に無造作に置かれたバックパックから漏れる、あの〝緑の光〟────。





 本国を出てから、一度もその光を見てはいなかった。

 あの時、ティマの体を包み込んだ〝緑の光〟。

 チグが継続してきた調査でも、結局それがなんなのか、そしてアーカムの詳細すら、何も掴めてはいない。なんの進展もなかった。

 しかし、今、目の前にその〝緑の光〟がある。

 暗い装甲車内で、淡い光にも関わらず、それは周囲を照らしていた。

 自分たちを守った光…………。

 敵か味方かも分からない。

 しかし、突然ティマの中に湧き上がった感情は決して気持ちの良いものではなかった。

 アーカムを憎んだ。

 味方のはずがない…………。

 ティマの横から声がした。

「…………ティマ…………?」

 起きたばかりのナツメの声だった。

「ティマ‼︎」

 突然の大きな声に、モニター前で寝ていたチグが飛び起きる。

 そしてナツメは無意識にティマに抱きついていた。

「まだ……痛いってば……」

 そんな言葉を捻り出しながらも、自分の肩で泣いているナツメを愛おしく感じないわけがない。

 ……みんなは…………無事…………?

 その感情をティマは押し殺した。

 なぜか湧き上がっていた嫌な感覚と共に、冷静であろうとする。

 そして目の前には、バックパックから漏れる淡い緑の光を見つめるチグ。そのチグの呆然とした表情が、やがてティマに向けられた。

「……ティマ⁉︎」

 ティマは軽く右手を上げて笑顔を見せる。

「ティマ⁉︎」

「幽霊じゃないから安心してよ。みんなは? 無事?」

「……う、うん……無事…………っ──シーラ‼︎」

 チグはマイクに向かって叫んでいた。

 混乱するチグを他所に、ティマは笑顔を浮かべ、やがて緑に照らされた装甲車に全員が集まった。

 一通りのこれまでの経過をシーラがティマに説明し終えると、すぐにスコラが口を開く。

「起きたら、光ってたっていうこと?」

 ティマはすぐに返す。

「私が起きた直後に光だしたって感じかな」

 シーラが挟まる。

「あの時以来ね…………危険が迫ってるサイン?」

「でも、今までの最近の戦闘では光らなかった」

 冷静に応えるティマ。

 そしてヒーナ。

「考えたってどうせ分からないよ……あの時だって分からなかった」

 全員が無言になるが、やがてシーラが返す。

「チグ、とりあえずはあなたのバックパックに入れたままでもいい? 入れたままでも光ったかどうかは分かるだろうし…………夜は光が漏れるしね」

「うん……」

 チグは未だ光続けるアーカムの端末を手に取りながら続ける。

「でも調査はさせて」

「いいわ。まだティマの体も様子見なきゃならないし」

 そしてスコラがそれに応える。

「そっちは任せて。まずは包帯替えないと…………離れてナツメ。恋人じゃないんだから」





 陽が真上に登り、やがて傾き出す。

 オレンジ色の陽の光が装甲車の中にまで強く差し込んでいた。

 何度目かの包帯の交換を終えたティマの出血もほぼ止まっている。しかし痛みがある内はまだ点滴を止めるわけにはいかなかった。消化器系の臓器に損傷が出ている可能性が拭いされなかったからだ。

 装甲車の中にはティマとスコラの二人だけ。

「少し……立ってもいいかなスコラ」

 担架の上で上半身を起こしながら、ティマは柔らかくスコラに話しかける。

 スコラはすぐには応えなかった。担架の横、救護ボックスの上で血のついた包帯を丸め続ける。それを洗濯用の小さなボックスに放り込むと、下を向いたままやっと口を開く。

「包帯だってガーゼだって新しい物なんかない…………いつも使い古し…………洗ったって汚れは落ちないし衛生的にいいわけがない。感染症の可能性はゼロじゃない…………傷口を縫った針だって────」

「ごめん。悪かったよスコラ」

「こっちこそごめん……みんなティマに頼ってる…………あなたが倒れた時、みんな冷静じゃなかった…………怖かったんだと思う…………一番自分を見失ったのはナツメだけど…………」

「──ナツメ…………」

「彼女を責めないであげて」

 スコラは顔を上げて続けた。

 ティマを見たその目が、僅かに潤む。

「ナツメは……あなたを一番に思ってる…………ティマに一番近いのはナツメ…………否定はしないでしょ?」

「……そうだね」

「一人で生きてきたんでしょ?」

 ティマはその言葉に、何かを、突き刺された感じがした。

 表情の変化は分からない。

 スコラが続ける。

「私もそう思ってきた…………でも違った…………認めたくないのに…………どんなに考えても、私にはシーラがいた…………彼女のためなら死ねる…………」

 それは、強い目だった。

 決して感情に流されている目ではない。

 本当の言葉であることが、ティマにも伝わる。

 そして、スコラは笑顔になって続けた。

「死ぬ気はないけど」

 ティマは軽く笑みで返し、目線を外してから応える。

「期待されてるのはスコラも同じだよ……みんなの命を救ってる」

「お互い重いね」

「だから六人でいるんだよ…………」

「まあね。女ばっかりだけど」

 スコラはそう言うと立ち上がって続けた。

「だから──もう少しだけそこで我慢して。昨日の夜に撃たれたばかりでしょ」

「言う通りにするよ。だから……ナツメを呼んでもらえないかな」

 その後、ティマとナツメが装甲車の中で何を話したのか、スコラは知らない。

 そして、それでいいと思った。

 きっと二人にしか分からないことがあるのだろう。

「これ…………」

 ナツメがティマに見せたのは、ホルスターに入ったままの、ティマの愛用のナイフ。

 驚きながらも受け取るティマ。

 ナツメが続ける。

「綺麗にしておいたよ……でも研いではいないの……人それぞれ癖があるんでしょ?」

「うん……ありがとうナツメ。実は少し探してた」

 ティマは他人がそのナイフに触れることを嫌った。一度、触ろうとした部隊内の兵士を斬りつけそうになるところをナツメが抑えた過去もある。

 そのためにナツメも少し恐る恐るではあったが、ティマの柔らかい表情に一気に気持ちが緩んでいくのを感じた。

「良かった…………」

 少しずつ、ナツメの笑顔が強くなっていく。ティマの怪我の状態が良くなってきたことで、それまで張り詰めていたものがしだいに崩れていくようだ。

 そのままナツメは続けた。

「最近……少しおかしかったよ」

「何が?」

「ティマ…………昔に戻ったみたいだった……」

「そう?」

 もちろんティマには自覚などない。しかし、確かにラカニエを出てから対人の戦闘が続いていた。対ドローンの戦闘とは違う。元々戦闘行為に罪悪感を求めていては軍人は務まらない。しかしやはり同じ人間である限り、そこに気持ちの揺らぎがない者などいない。

 憎いから殺すのではない。

 敵だから殺す。

 しかし、ティマは全く同じたことはなかった。

 〝堕天使〟として恐れられた理由はそこにある。

 良心のどこかに、何も蓄積したことはなかった。

 しかし今でもそうなのか…………それはティマにも分からない。でも、確かに何かが違ったのかもしれない。そうでなければ、あんな戦闘でなぜ自分が負傷したのか説明がつかない。ティマはそう感じていた。

 負傷は過去にもあった。しかし戦闘不能になる程のことは初めてだった。

 情けなさと同時に、不安が過ぎる。確かに、ティマの中で何かが変化してしまったのかもしれない。

 そして、ナツメに心配をかけ、仲間に迷惑をかけた…………。

 ──…………?

 だいぶ辺りが暗くなった頃、全員が装甲車に集まる。

「ここから三〇キロくらいの場所に大きな都市がある」

 シーラが続けた。

「この国の首都ではないけど、国内では一番の都市ね…………元々大きな国だから、他国の首都並みの大都市がいくつかある。問題は、この大国が国として機能しているか…………」

 それにヒーナが質問する。

「崩壊している可能性は?」

 それにチグが応える。

「そう考えた方がいい…………こっちからのSOS信号にも無反応だし…………」

「やっぱり……どこも…………」

「絶滅…………」

 呟くようなチグのその言葉に、シーラはあくまで冷静に。

「石斧の時代に戻っただけよ。そこからまた────」

「軍人しかいないわけだ」

 ティマの声だった。

 全員がティマに振り返り、その声が続く。

「誰も死ぬ気なんかないんでしょ? だったら……行く所まで行こう」

 その強い目が、全員の気持ちを震わせた。

 そして、日付が変わった頃、装甲車が動き出す。

 飲水の確保は出来たが、その他は近くの民家からの僅かな保存食のみ。相変わらず弾薬は心細いまま。

 山道を二キロ程進んだ所で、大きな舗装された幹線道路に出た。片側二車線、合計四車線の大きな道路だ。

 しかし、全員がその光景に言葉を失う。

 何台もの自家用車と思しき車が並んでいた。都市から反対方向に向かう車線にひしめき合っている。反対車線にはそれほど多くない。車線を外れた車も点在し、多くの車が車体を大きく歪ませ、銃弾の跡まであった。

 辛うじて進むことが出来る方の車線を進みながら、誰も装甲車の中で口を開かない。何度も車線上の車を避けながら、所々に横たわる死体を横目に見ながら、全員が感情の行き場を失っていた。

 何があったのか──もはやそんな考えは愚問でしかない。

 同時に、想像通りの絶望が湧き上がる。

 辺りは夜の闇。

 気を抜いているわけではない。

 上部重機関銃にはスコラ。

 右機銃座にはナツメ。

 左機銃座にはシーラ。

 そしてチグが索敵モニターを睨みつける。

 それだけに、周囲の惨状がよく見えた。散らばる無数の死体が夜の闇に飲まれているのが唯一の救いだろう。

 担架の上のティマからは、ナツメの表情が辛うじて見えたが、その表情だけでも想像は出来た。良くも悪くも、ナツメは感情が表に出やすい。それを補う火薬の匂い。まだ白骨化し切れていない死体の匂い。

 ──終戦から半年以上……もう白骨化していていいはず……野生動物に食べられていれば尚更だ…………最近…………

 ティマは用意していた軍服の上着を着ながら点滴の針を引き抜いていた。

 ──〝天使〟に怒られるかな…………

 そしてヘルメットを被るとすぐに口を開いた。

「シーラ────」

『どうしたの?』

 気持ちが張り詰めていたのか、即座にシーラの声が帰ってくる。

 そのシーラは軽く背後のティマの姿に目をやる。

「この辺りの火薬と死体の匂いは最近のものだ」

 その冷静なティマの声に、全員の緊張が膨らむ。

「もう真夏の蒸し暑い時期じゃない。匂いの状態からいっても一ヶ月と経ってないよ」

 ティマの言葉を受け、全員に複雑な感情が押し寄せる。

 これだけの人間が、最近まで生きていた────。

 問題は、何があったのか────。

「……もう少し早かったら…………」

 チグの呟きが全員に届いていた。

 誰も言葉を発しない。

 想像だけが頭を巡る。

 やがて、シーラが大きな溜息をついてから口を開いた。

「全員──警戒度を上げて。進行ルートはそのまま……まずは都市の入り口へ」

 その目的地まではまだ長い。

 同じ光景が続く。

 まるで永遠かのように、その壮絶な道は真っ直ぐで、長い。

 夜の闇が更にそう感じさせた。

 人工的な灯りは装甲車だけ。

 辺りに点在する影は月明かりが作り出した物だけだ。

 全員が無言のまま、だいぶ進んだ頃、シーラの声が全員の耳に届いた。

「チグ──後どのくらい?」

 チグの返答はすぐ。

「五キロほどです…………真っ直ぐですから、そろそろ街の灯りが見えてきても────」

 そして、全員が前方に目をやった。

 そこにあるのは闇だけ。

 ティマが運転席の横に顔を出して目を凝らすと、ヒーナは慌ててマイクのスイッチを切り、小声で口を開いた。

「ティマ……大丈夫なの⁉︎」

 するとティマは微かに口元に笑みを浮かべて応える。

「まあね。でも上の重機関銃は遠慮しとくよ」

「怒られても知らないからね」

 そう言いながらも、ティマが動けるようになったことがヒーナには嬉しかった。

 二人の声が聞こえたのか、当然左右のシーラとナツメにも知れることになる。

 シーラは呆れたような笑みを浮かべただけだったが、やはりナツメは対照的な反応を見せた。

「ティマ‼︎ 何してるの‼︎ 早く戻って‼︎」

 大人しく後ろの担架まで戻るティマに上からのスコラの声。

「担架に縛り付けるよ──ナツメも無理したくせに」

 その声は決して怒ってはいない。

 スコラの柔らかい笑顔が全員に想像出来た。

 最後まで気が付かなかったのはチグだ。全員のやりとりを驚いた表情で振り返っている。

「後ろを私が通ったのに気付かないのはよくないね」

 担架に横になりながら、ティマが続ける。

「……モニターに張り付くのが索敵の仕事…………チグのその真面目なところがみんなを救ってきたんだよ」

 チグは何も言わずにモニターに顔を戻した。

 ──私だって…………





 延々と続くかのような廃棄された車の列が、次第に少なくなり、やがて目の前に大きなアーチが現れる。

 門と言えるようなほどの物ではない。扉があるわけでもなかった。周辺に何かの文字が書いてあった形跡があるだけ。都市の入り口であることを示しているだけなのだろう。

 そこで装甲車は止まっていた。

 それまでの道路はそのまま続いている。

 数台の車が見えたが、これまで見てきたほどの数ではない。

 その周辺に連なるのは、灯りのない建物──小さな平家から二階、三階建てくらいのビル。

 少なくとも、装甲車のヘッドライトで照らされた建物は荒廃した物ばかり。ドアも窓も開け放たれ、ガラスも多くが割れたままになっているのが見えた。

 全員に広がるのは、またしても諦め──初めて見る光景ではない。今まで何度も経験してきた。むしろこれが世界の当たり前の景色なのかもしれない。

 外に出たシーラが辺りを窺いながら、マイクに口を開く。

『一度、どこかで身を隠して周囲の調査をしましょう』

『賛成だね』

 すぐに返したのは、ナツメの機銃の横から外を眺めていたティマだった。

「もう少し情報を集めてからの方がいい。この辺りに弾薬は見つからないだろうから、拠点を作って食料と軽油を探しておいたほうがいい」

『そうね──頼むわチグ。地形データを出して』

 シーラは車内に入るとすぐにチグの元へ。

 モニターには周囲の立体化された地形データがシンプルなラインだけで表示されている。停車した状態での索敵範囲は走行時よりはもちろん広い。とは言っても半径一キロがいいところだ。

 まだ都市の郊外となると、それほど大きな建物があるわけでもなく、隠れられそうな場所は簡単には見つからなかった。

 シーラが小さく溜息をついた頃、横からモニターを覗き込んだティマが一点を指差した。

「これ──ガソリンスタンド?」

「ああ、かもしれません」

 チグが応えると、シーラがすぐに反応する。

「いいわね。軽油も心細いし────」

「それは難しいかもね」

 即答したティマが続ける。

「終戦後に動いてる組織があるとしたら、燃料の貯蔵場所を見逃すはずがない。ただ、装甲車の整備はしやすくなる。さっきまで、林の中の戦闘が影響してるような走行音だった…………明日一日…………整備と物資の補給を中心に動くべきだよシーラ」

「分かったわティマ…………個人的な興味だけど────」

 シーラが僅かに間を空けて続ける。

「──何か感じるの?」

「分からない…………でも慎重に行くべきだと思う…………さっきまでの光景……かなりの兵力だ…………しかも私たちと違うのは……あれは一般市民への攻撃…………武器も弾薬も充分になければ、あんなことはしない…………」

「分からないのは…………理由だけね……」

「今までとは、何かが違うのかもしれない」

「大丈夫……あなたの意見を尊重する。チグ──データをヒーナに」

 ガソリンスタンドまでは一キロとなかった。

 それなりに広いその敷地の片隅には屋根のある整備用の建物が見える。装甲車を中に収納させると、無意識に出したヒーナの小さな溜息が全員のヘルメットに僅かに届いた。

 その運転席に顔を出したシーラが、ヒーナに声をかける。

「お疲れ様。少し神経を使ったわね」

「まあ…………」

 明らかに疲労を感じさせる声のヒーナが続ける。

「あのくらい……」

 ガソリンスタンドの建物自体にも戦火の跡は見られた。地下のガソリンの貯蔵タンクは影響を受けていないらしい。引火の後は見られない。

 シーラの指示が飛ぶ。

「機銃類は設置したまま──ナツメとヒーナは装甲車の整備──チグは引き続き索敵──スコラは一度ティマを診てあげて──私は周囲の警戒に出るから、以降の指示は…………ヒーナに──四五分後にここに集合」

 そしてシーラが自動小銃を手に装甲車を離れる。

 運転席のヒーナが慌てて後部に移動した時、ちょうど上からスコラが降りてきたところだった。

「ちょっとスコラ──」

 スコラはすでに笑顔を浮かべたまま応える。

「頼むよ。期待してる。私はワガママな患者で忙しいしね」

「嘘でしょ」

 直後、すでに外に出ていたナツメの声に振り返る。

「さ、整備するよ副隊長」

「これ以上言ったら軍法会議にかけるぞ」

 ブツブツと言いながら装甲車を降りるヒーナをよそに、モニターに張り付いたままのチグが、ティマの包帯を交換するスコラの背後で呟いた。

「やっぱり…………地下のタンクは空だ…………」

 それに応えたのはティマ。

「そのレーダー、地下まで分かるの?」

「ほとんど真下くらいなものだけど……走ってる時は無理だし……」

「なるほどね……やっぱり抜かれてたか…………」

「どんな相手かな……」

 そう言葉を漏らしたのはスコラだった。

 包帯の交換を終えたスコラの表情を見ながら、ティマはなるべく優しく言葉を返す。

「どうしたの? スコラほどの人が────」

「────ごめん──。大丈夫」

 慌てたように立ち上がるスコラ。

 外に目をやる。

 そして続けた。

「嫌だね…………みんな同じなのに…………」





 それからしばらくして、全員が装甲車の中にいた。

 シーラが口を開く。

「スコラ──ティマの怪我のほうは?」

 スコラはすぐに応えた。

「縫合箇所からの出血はないよ。無理さえしなければ傷口は開かないと思うし、抜糸も早そう。同じ人間とは思えないよ。さすがだね」

「良かった……無理はしないでね」

 シーラがそう言ってティマに目をやると、ティマは口元に笑みを見せながら軽く手を上げて見せる。

 シーラが続ける。

「整備のほうは?」

 ヒーナが応える。

「任せて。ここには工具も山ほどあったから完璧に」

「いいわ──外はみんなの予想通りだと思う。生きてる人間がいるようには見えないし、所々に死体もある…………ここまでの経路と同じね。しかも服装は兵士じゃない」

「逃げようとしてた?」

 その声はスコラ。

「そうね……ここまでの車の列も都市とは反対に向かってるのがほとんど…………何があったのかは分からないけど、最大限の警戒は必要ね」

 すると、ヒーナが口を開いた。

「外が明るくなるまではまだ三時間くらいある。明るくなってから動く?」

「そうね。それまでは交代で休息──日中に周辺の調査と補給──夕方に都市の中心を目指す」

 それからの警備は一人ずつ、一時間毎に交代。

 スコラ──ヒーナ──ナツメだけはチグが補佐につく。

 やがて陽が登り、周辺の光景が露わになった。

 そして荒廃した街では、食料を見つけることも出来ないまま、軽油を積んでいそうなトラックを見つけても中は空。

 そんな状態が続く中、まだ陽が高い時間にも関わらず、部隊は移動を余儀なくされる。

 大きな都市だ。中心地と思われるエリアまででも一〇キロはある。

 しかし最短コースではなく、チグは可能な限り隠れながら進めるルートを作っていた。弾薬や燃料に加えて戦力まで低下している状態で、無駄な戦闘は避けたい。シーラの意向でもあった。このまま夜を迎えたかった。少しでも闇に紛れて移動したい。

 途中何度も装甲車を止めて食料を探すが、一向に見つからないまま、当然のように人影もない。

 そんな時、最初に異変を感じていたのはやはりティマだった。

「チグ…………」

 ティマのその声にチグが振り返ると、そこには担架に腰を降ろしたままのティマが床を見つめている。何かは分からなかったが、何かがいつもと違う。チグは瞬間的に感じていた。

「うん…………どうしたの?」

 少し弱々しく応えてしまったチグが、それを後悔する。

 他は全員が定位置につき、常に緊張感で空気が包まれていた。全員が周囲に意識を集中する中で、ティマが別の何かを感じているのがチグにも想像出来る。

 そして、ゆっくりとティマが口を開いた。

「速度もゆっくりだし…………地下…………トレース出来る?」

「地下⁉︎」

「そう……地下」

「地下……うん…………そんなに深くまでは無理だと思うけど…………」

「それでいい」

 ティマは立ち上がると、モニターの前へ。

 口を開く。

「何か……気のせいかな……」

「どうしたの?」

 言いながらチグはパネルの操作を始める。

 モニターを見ながらティマが応える。

「地震? じゃないよね」

「地震⁉︎」

「装甲車の走る揺れだけじゃない…………何か…………」

 ──嘘でしょ?

 ──レーダーでも感知出来てないのに…………

 装甲車に専用で備え付けられているコンピュータは、もちろんチグが以前から使っているラップトップとは性能が違う。戦闘や戦術に関連もしくは直結する情報は得られるシステムでもある。もちろん地震波の感知も可能だ。しかしモニターには何も表示されてはいない。

 チグは僅かに恐怖を感じていた。

 ──どうして分かるの…………?

 ティマが続ける。

「大きくなってきた」

「そんな──初期微動すら────」

 しかし────感じた────。

 チグは言葉を詰まらせ、必然的に感覚を研ぎ澄ませる。

『チグ?』

 左銃座からのシーラの声。

『地震?』

 それにヒーナの声も続く。

『地震?』

「……違う…………」

 ティマがチグの横で小さく呟く。

 しだいに大きくなる揺れは一定のまま、そして大きく────。

「──地下に空間が──」

 モニターを見るティマが続ける。

「──なんだ──⁉︎」

 表示されているのは、間違いなく空間──しかも広い──深い──そして映像の構築が追いつかない何か…………。

 振動は時間と共に増幅される。

 やがて全員のヘルメットにヒーナの声。

『ダメだ! 走れない!』

 走っている道路は狭い。

 両サイドにはいくつもの荒廃した建物が並び、大きな振動に震え続けている。

 続く叫び声はチグ──。

「──もう少しで──開けた所に──!」

 そして、

 視界の下から迫り上がってくるもの────。

 緑の光…………。

 大きくなる────。

 ティマも動けずにいた。

 ──こいつ────

 奥歯に力が入る。

 左右銃座のシーラとナツメも気が付いた。

 ヒーナにとっては背後からの光──やがて足元から。

 屋根の上のスコラには足元からの光──みるみると広がった光は、あっという間にスコラの視界を緑に染めた。

 誰も言葉を発することが出来ない。

 やがて、装甲車全体が、完全に緑の光に包まれる。

 そして、

 振動が消える。

 同時に、

 全員の体を、異様な感覚が包んでいた。

 いつの間にか、ヒーナの右足がアクセルから離れている。自分でも気が付いていない。

 視界が動く。

 すぐには理解が追いつかない。

 追いつかずとも感じる感覚。

 ──まさか────

 そう思ったティマが、無意識に呟く。

「──浮いてる──」

 少しずつ、ゆっくりと。

 全員の視界を埋め尽くす緑の光。

 左右の建物が少しずつ下へ──一気に落ちる────。

 地響きのように聞こえていた音が急に大きく。

 全員が瞬間的に下に視線をやる。

 地面の崩落が広がる。

 急激なスピードでそれは広がる。

 今まで見たことのない光景。

 想像する発想すら出てこない光景。

 街並みが消える。

 それが今、六人の眼前に広がっていた。

 巨大な穴。

 底も見えない。

 やがて、空気を震わせていた振動が止まる。

 いつの間にか、装甲車は緑の光の中で停止したまま。しかし、恐怖とも興奮とも表現出来ない光景の前に、誰もそのことにすら気が付かない。

 まるで別次元の世界を垣間見ているかのような、そんな文字通り宙に浮いた感覚のまま、装甲車を包む緑の光の球体は動き始めた。

 ゆっくりと、前へ。

 そんな状況で最初に自分を取り戻したのはヒーナだった。

 もちろんすでにアクセルペダルからは足を離していたが、未だにハンドルに手を置いたままであることに気が付き、慌てたように手を離した。もちろん理解は出来ていない。装甲車が前進しているというより、周りの光景が後ろに後退しているような感覚。

 無意識の内に腰のホルスターから拳銃を取り出すと、ブローバックをさせて弾丸を装填させる。

 そしてその小さな運転席からの音は、右銃座のナツメの横で外の光景を見下ろしていたティマの耳に届いた。

 ティマですら我を見失う。

 しかし運転席からのブローバックの音で途端に引き戻された。

 隣のナツメは身動きひとつ出来ず。

 装甲車の中を見渡すと、背後の左銃座のシーラとその横のチグ。ナツメと同じ目に見えた。

 天井を見上げる。

 ──大丈夫か?

 上部機銃の台座の隙間から、ティマは屋根の上に身を乗り出した。

 最初に見えるのはスコラの背中を支えるシート。肩とヘルメット。

 無意識に言葉が漏れる。

「……スコラ」

「大丈夫」

 意外なほどはっきりとしたスコラのその声に、ティマの胸の中の何かが滑り落ちていく。

 スコラの声が前を向いたまま続いた。

「大丈夫……誰も死なせない…………今更、驚くことでもないでしょ」

 スコラはそう言うと、小さく顔を横に向ける。

 ティマは僅かに見えるスコラの口元に笑みを確認すると、無意識の内に自分の口元が緩むのを感じた。

「それもそうだ」

 ティマはそれだけ言うと、素早く下に降りる。

 ──下は私が…………

 しかし、一瞬先に何が起こるのかも分からない。

 ティマが運転席の背後のドアを開けると、当然驚いたのはヒーナ。

 先に口を開いたのはティマ。

 目の前の、少しずつ動く景色を見ながら。

「みんな大丈夫。誰も理解なんか出来ていない」

 返答に困るヒーナに、ティマが続けた。

「さっきは助かった」

「──……さっき?」

 ティマはヒーナの拳銃に目をやりながら。

「右手のそれ…………ブローバックの音って好きなんだよね」

「……マニアックな…………」

 そのヒーナの柔らかい声で、ティマは前方に笑顔を戻した。

「状況も理解出来なければ、次の瞬間に何が起こるのかも分からない」

 そのティマの言葉にヒーナが大きな溜息をついてから応える。

「もうすぐ穴の端──動きがあるとしたらもうすぐかも」

「いいね。楽しみだ」

「最高」

 やがて、何も無いような巨大な穴から、装甲車の下が地面に変化する。

 地面の崩落の影響か、土埃が凄い。

 しかしまだ装甲車は浮いたまま。

 スピードも変わらない。

「誰かいる」

 そのティマの言葉にヒーナは目を凝らした。ティマの視線の先──真っ直ぐ前方。土埃の先で、小さく揺らめいて見える何か────。

 ヒーナがマイクに向けて口を開く。

「前方に人がいる──周囲を警戒して」

 しだいに大きくなる人影。

 しかしまだ、それは影のまま。

 そして、全員が装甲車の動きが止まるのを感じた。

 高さとして地面から五メートル程度だろうか。

 ゆっくりと下降が始まった。

 静かにキャタピラが地面に到達し、一気に緊張が解れそうになるのを、全員が懸命に抑えていた。

 ゆっくりと薄れていく緑の光────。

 少しずつ、風に混ざる土の匂い。

 光と共に土埃もだいぶ収まりつつある。

 影が近づいてきた。

 やがて、形になる。

 小さな人影。

 軍服。

 風で浮き上がる長い紫色の髪。

 両手には何も持っていない。

 顔の見える距離──装甲車から一〇メートルの位置まで近づいた人影は、明らかに少女の姿。

 しかしその目の鋭さに、全員が言葉を失う。

 そして、機銃の銃口を前方に向けていたシーラは、その先にいるその姿を見ながら、体が震え始めるのを感じた。

 ──まさか…………

 最初に動いたのはティマ。

 ゆっくりと左銃座のシーラの横から外に出るが、手には何も持ってはいない。

「──ティマ──…………!」

 小さなシーラのその声に、ティマは小さく、そして低く応える。

「…………動くな……」

 しかしその目だけは、前方に立ち尽くす少女から離さない。

 機銃の引き金にかかるシーラの指は震えていた。

 しばらくそのまま。

 やがて、小さな足音が全員の耳に届くと、一気に緊張が高まる。

 少女の背後に四人────自動小銃を持った兵士であることは間違いがなかった。

 その兵士の一人が、少女に近づいて囁く。

「アイバ様…………生き残ったのはここにいる者たちだけです……撤退の指示を」

 その少女──シーラが過去を思い出す少女────アイバは何も応えない。

 そして、意外にもその場で声を張り上げたのはティマだった。

「見慣れた軍服だ──」

 その声に身を硬くしながらも、全員が気付いていた。

 自分達と同じ────ラカニエ帝国の軍服。

 続くのはティマの声だけ。

「──ここは危険だと感じるが…………どうする?」

 その背後で、シーラの指に力が入る。

 あとほんの数ミリ引き金を引けば当たる…………狙いは外さない…………今度こそ…………。

 額から落ちる汗も気にならない。

 気が付いてもいない。

「シーラ」

 ティマの背中からの小さな声が、辛うじてシーラを引き止める。

「動くな」

 続けて周辺に響く、通る声────。

 六人が初めて聞く、アイバの声。

「撤退を。装甲車で着いてきなさい」




〜 第二部・第3話へつづく 〜

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