第一部・第5話(第一部最終話)

 チグのナビゲーションとヒーナの運転によって、やがて装甲車は目的地に到着する。

 それほどの時間はかからなかった。

 早朝に出発して到着したのは夕方。戦火の跡の残る悪路とはいえ、元々本部ビルから大きな幹線道路だけで到着できる非常用の基地。

 しかし、やはり人気はない。

 所々に空爆の跡は感じられた。地上に出ている建物には明らかな損害も見てとれたが、この基地のメインは地下だ。

 ゲートからゆっくりと敷地内に入り、辺りを警戒しながら、シーラとティマが外に出る。

 低速で移動する装甲車の左右で、ライフルを手にしながら二人は歩く。

 それを上から見ていたスコラは、ティマの動きに緊張感が無いのを感じていた。

 危険が無い──誰もいないことを意味した。

 別部隊が生き残っているかもしれない──という淡い期待は消えた。

 まだ屋根の残っていた駐車場に、同じタイプの装甲車が数台残されていた。駐車場とはいえシェルターレベルの建物だった。ほとんど無傷に見える。しかし、そのチェックもそこそこに、六人は地下施設の扉に向かう。余程頑丈に作られているらしい。ほとんど無傷に見えた。

 緊急用にマニュアルでも開けられる仕組みらしく、シーラが横の小さな扉を開いて幾つかのレバーを回した。

 大きく鈍い音が響き、やがて扉が開く。

 中は暗い。

 数メートルの廊下にはもちろん窓など無い。

 その先にある階段を、自動小銃に固定した懐中電灯だけで降りると、すぐに広い空間に出た。

 シーラが声を張る。

「非常用の発電機があるはず──ディーゼルだから、ナツメとヒーナに任せるわ」

「了解──行こうヒーナ」

 即答したナツメにヒーナが返す。

「仕方ないなあ、ナツメの片腕になってやるか」

 二人の移動と同時に、シーラが続けた。

「第一コントロール室はこの地下一階にある。核戦争を想定していたから、地下五階まで総ての階にコントロール室があるけど、とりあえずは一階を拠点としましょう」

 スコラとティマが周辺を懐中電灯で照らし始める。

 シーラが続けた。

「私も研修の時以来だけど……電源が点けば、ここの防衛装備は強力……」

 しかし、すぐにチグが返す。

「でも、同時にアーカムの攻撃対象になる可能性も高くなります」

「そうね……今はまだいいけど……そうなったら、あなたの技術がフルに発揮されるかも」

「しますよ」

 チグの目に迷いはない。

「そのために、私はここにいます。そう思ってます」

「頼りにしてるわ」

 その時、スコラの声が聞こえた。

「シーラ! こっち!」

 扉のプレートを照らしながら、スコラがドアを開けた。

 同時に、周囲が明るくなる。

 少し離れた通路の奥からヒーナの声がする。

「見つけたよ〜! ディーゼル〜!」

 全員が、久しぶりの電気の灯りに気持ちを緩ませる。

 人工的な城壁の中の安心感。

 人類は進化の過程で、その壁を作ることで他の野生動物から身を守り、生活環境を広めてきた。そこに人知れず介在してきたのがアーカム──どれだけの技術が与えられたものなのだろう……六人には到底考えの及ぶものではなかった。

 コントロール室に入ると、そのモニターの多さに圧倒される。端末としての各モニターの他に、壁一面を埋める巨大なモニター。部屋自体も、五〇人くらいは入れる大きさだろうか。

 この光景を唯一見たことがあるのはシーラだけ。そのシーラが指示を飛ばす。

「チグ、ここの操作はあなたに一任する──メインコンピュータにアクセスして使える装備を調べて。それが分かったら対アーカム戦の戦略を立てる」

「了解しました。アクセスと立て直しに少し時間をもらうので…………多分、ここにも食料ってありますよね?」

 それを聞いたシーラが微笑む。

「そうね。電気もあることだし……ナツメとヒーナで探してもらえる? 確か一番下の地下五階──スコラとティマは今のうちに外の哨戒を──チグがシステムを立ち上げたらセキュリティモードになるから、それまでは頼むわ」

 全員の動きは早かった。

 シーラはチグの質問に応えながら、コントロール室の書類に目を通す。戦況の痕跡がないか知りたかった。未だに終戦時の状況が分からない。この基地で何があったのかも分からない。緊急用のシェルターも兼ねていたこの基地に、なぜ誰も避難していないのか。アーカムのことだけでなく、あまりにも謎が多すぎた。

 部屋の一角に小さなドアがあることに最初に気付いたのはチグだった。

「あそこの部屋は……」

「ああ……何かしら。私もここは知らない」

 シーラがドアを開ける。

 すぐにチグに振り返る。

「チグ──あなたの専門みたい」

 チグは部屋に駆け込んでいた。

 呟くように口を開く。

「……見つけた……」

 その目を輝かせる。

 目の前にあるのは巨大な箱──少なくともシーラにはそうとしか見えない。

「……これ……これだよ……」

 チグは箱の表面を手で探るようにしながら、何かを探し始める。

 やがて、ある所で止まった。

「──あった」

 小さな扉を開ける──。

「──あった……繋げる──」

 チグは元の部屋に戻るとラップトップを小脇に抱えて戻り、大きな箱の小さなパネルをいじり始めた。

 その姿を見ながらシーラが呟く。

「……量子コンピュータ…………」

 すると、チグが歓喜の声を上げる。

「凄い──電気が切れてない……シーラ! この部屋だけ非常電源とか⁉︎」

「え……まさか……それなら他の部屋だってあっていいはずだし……独立した非常電源なんて聞いてない……」

「でも……これは電気が切れた形跡がない……良かった。量子コンピュータって常に冷やし続けなきゃならないんです。だから停電だと中のデータまでクラッシュしてるかもって思ってたけど──コンピュータ自体は小さいんです。〝これ〟は巨大な冷凍庫みたいな物なんですよ」

「任せるわ。私は素人だから」

 捲し立てるチグをよそに、シーラはコントロール室に戻ると図面を開き始める。

「部屋単体の非常電源なんて……」

「シーラ……?」

「──やっぱり部屋単体で非常電源なんて表記はないわよ。そのコンピューター自体に非常電源という可能性は?」

「どこかに……発電機とか?」

 そう言いながらチグもコントロール室に戻った。

 シーラが応える。

「だったら誰かが発電機に給油しないとダメね…………電源が落ちたとしたらどのくらいもつの?」

「数時間程度なら再起動は出来るとは思いますけど、一度冷やせなくなったら……つまり長期間に渡って電源が落ちたままなら、再起動すら難しくなります。普通のコンピュータとは違うんです。しかも電源が切れた形跡はありません」

「なぜか、そのコンピュータだけ通電してたってこと…………?」

「そう…………なりますね…………私はコンピュータに詳しい自負はありますけど、電気の配線とかなら技術担当のナツメのほうが──」

「そうね。後で調べてもらうわ。でもまあ、あなたの探してたコンピュータは無事だった訳だし、これで何か進めばいいんだけど…………」

「進みますよ」

 力強いチグのその声に、シーラはその目を見た。

 そのチグが続ける。

「それが出来なければ、私に価値なんてありませんから」

 居場所が欲しかったのかもしれない。

 立ち位置が欲しかった。

 帰れる場所が欲しかった。

 すでに無くなっていたのに、それを認められなかった。

 認めてしまったら、どこに帰ればいいのか。

 そして、認めてしまうしかなかった。

 自分を受け入れてくれる場所が欲しかった。

 新しく帰れる場所が欲しかった。

 自分にしか出来ないこと。

 誰かのために何かが出来れば、必要とされる。

 誰にも自分のポジションを脅かされたくない。

 それから数時間──メインコンピュータが起動し、基地のセキュリティが作動する。

 レーダーと連携した対空、対地攻撃の起動が開始された。外でそれを確認したスコラとティマがコントロール室に戻る。更に地下で食料を探していたナツメとヒーナが大きめのカートを押して戻ると、六人は久しぶりの暖かい食事をとった。

「レーダーは壁のモニターに大きく出したから分かりやすくなりました」

 チグがシステムの説明を続けた。

「レーダーの横には外のセキュリティの動き──もしも攻撃を受けて自動で戦闘が開始されると、このモニターだけで分かります」

 ヒーナが口を挟む。

「さすが国軍ね。大したもんだわ」

 そこにシーラ。

「確かここは中距離弾道ミサイルの対空防御まで出来たはずだけど……」

 チグが顔を曇らせて応える。

「はい……そうなんですが、外を見る限り、ここは明らかに攻撃を受けた可能性があります」

「そうなのよね……今動いているセキュリティが稼働しなかった可能性もある…………まだまだ分からないことが多すぎるから、しばらく安心は出来ないか…………」

「でも──」

 そう言って続けるのはナツメ。

「しばらくはここで休めるね」

 すると今度はスコラ。

「その方がいい。シーラだってまだ完全な体じゃない。ナツメだって傷口の炎症抑えないとまだ危ないんだから」

 再びシーラ。

「アーカムのドローンはどうなの?」

 チグが応える。

「変化はありません……とは言っても、完全に囲まれてる状態ですけどね」

「膠着状態か……避難所の近くには行ってないのね」

「はい、今のところは……」

「隣の量子コンピュータはどう?」

「まだラップトップを繋いで操作出来るように調整中です。それが出来たらアーカムの解析を開始します」

「任せるわ」

 そして、ティマが口を開く。

「で? シーラ──どうするの? こっちから攻める?」

 軽く溜息をついたシーラが、ゆっくりと応えた。

「現在の膠着状態の理由が分からない──あのドローンの群れは、私達──というより、あのアーカムの光る端末に付いて来ているのは事実……まずはチグの解析を待つべき。それで新しい動きがあれば動く」

「無ければ?」

「──こっちから……」

「キリがないかもよ。あの程度の数が総てだと考えるほうが不自然だ」

 そして、声のトーンを落としたティマが続ける。

「ここの──中距離弾道を使うべきじゃない? 通常火薬でもかなりの威力がある」

「まだ……生き残っている人達がいるかも……避難所だけじゃない……」

 一瞬、シーラの頭に母の顔が浮かんだ。

「あいつらがどうしたいのか……分からない内はどうしようもないね」

 ティマのその言葉で、張り詰めていたものが僅かに緩む。

 そして続けた。

「今出来るのは、こっちが完全武装をして準備すること。幸い武器も弾薬も余ってるみたいだし」

 スコラが口を挟んだ。

「贅沢にね。戦時中だってあんなには使えないよ」

 シーラが顔を上げる。

「休める時に休んでおいて、明日の朝から本格的に動くから、全員そのつもりで」





 全員の休憩所はコントロール室。

 夜の警備は、珍しく一人ずつ──しかもコントロール室の入り口。

 外の警備をセキュリティシステムに任せ、ほとんどはモニターの変化を見る役割。

 外からの出入り口は施錠済み。

 何かあっても簡単に破壊の出来る設備ではない。おそらく、食料とディーゼルエンジン用の軽油がなくならない限りは、ここで暮らしていけるだろう。

 思わず気を緩めてしまいそうになるほどの状態。

 しかし、誰かが警備中でもチグは何度も起きて量子コンピュータに向かう。

 やがてティマが警備に起きていた時、やっと進展があった。

「やっと繋がった……これで解析が出来る……」

 ラップトップの横に転がっていた端末を包む光が、一段と強くなった。

 球体状の光が、しだいに大きくなっていく。

「なに……これ…………」

 以前は助けられたその光に、チグは恐怖した。チグだけではない。その光景を少し離れて見ていたティマにも、やはりそれは異常な景色だった。

 後退りをするチグ。

 ティマが叫んだ。

「シーラ‼︎」

 全員が飛び起きる。

 すぐに状況を把握したシーラが叫ぶ。

「チグ! 説明を!」

「分かりません! 解析を始めただけです!」

 悲鳴に近いチグの声が響いた直後、壁の巨大モニターが大きく点滅を始める。

 続く警告音────。

 空気が張り詰める。

 モニターに表示されたドローンが、しだいに距離を詰めるのが分かった。

「行くよ」

 ティマのその言葉をシーラが制する。

「待って! まずはセキュリティに! 無理だけはしないで!」

 ドローンのスピードは早かった。

 あっという間に三キロ圏内に入り込む。

 モニターに最終判断の表示が映し出された。

 相手を〝敵〟と判断するかどうか────。

 チグがシーラの顔を見る。

 首を縦に振るシーラ。

 そして、見えない戦闘が始まる────。

 最初に攻撃を開始したのは地対空ミサイル。

 続く地対地ロケットに次いで各機銃が動く。

 モニターに表示された弾数はみるみる減っていく。

 かなりの弾数だったが、消費スピードは早い。

 ドローンも少しずつではあったが、確実に数を減らしていた。

 全方位からの攻撃だった。

 コントロール室の光る球体も、更に大きさを増す──と、それは急に収縮する。

 まるで萎むように、それは元の大きさに戻った。

 モニターから再びの警告音が響く。

 全員がモニターを見るが、体は止まる。

 誰も口を開こうとはしない。

 モニターのレーダー画面が、ドローンを表す信号で溢れていた。

 今までの一〇〇機程度ではない。

 モニターも数の表示が間に合わない。

 次々と増えた。

 シーラが呟く。

「……決まった」

 そして叫んだ。

「迎撃準備! 配置に!」

 全員が、覚悟し──動いた。

 四人がコントロール室を出るのを確認すると、シーラはチグに指示を出す。

「非核タイプの中距離弾道の準備を──それと、核弾頭──」

 チグが目を見開いてシーラを見た。

「この基地にあるのは一〇発……全部準備しておいて」

 シーラはそれだけ言うと部屋を出る。

 チグは何も言い返せなかった。

 モニターを見ながら、絶望感の中で、涙が溢れる。

 涙で滲むモニターを見ながら、唇を噛み締めた。


 ──もう……いいんだよね…………


 外に出ている建物部分は一階のみ、広さはあるが地味な見た目だ。しかし広い天井の部分の中心には合計二〇機の機銃があった。現在動いているセキュリティシステムで稼働する兵器がメインのため決して主力にはならないが、マニュアルで操作できる迎撃用銃器は天井の巨大なトーチカの二門タイプの重機関銃のみ。一応二〇機用意されてはいるが、その数が予算の消費の一環であったことはシーラしか知らない。

 建物に対して一二時方向に一〇機。六時方向に一〇機。それぞれが左右の可動域を有するが、その幅は決して大きくない。

 一二時方向にシーラとティマ。

 六時方向にスコラとヒーナ。

 弾薬の補給として、台座のすぐ下には軍服の左袖を短く結んだナツメが控える。

 一階部分でシートに乗り込むと、ナツメを残して四つの台座が上昇を始めた。

 シーラが口を開く。

「これは装甲車の重機関銃よりも強力なタイプ──もちろん反動は抑えられるように設計されているけど、それでも小さくはない──」

 しだいに四人の視界に外の月明かりが差し込んでくる。

「反動で肩を外されないように──」

 ティマが付け加える。

「両腕は伸ばしたまま──引き金は引き続けると手が痺れてくる。定期的に射撃間隔の遊びを」

 機銃が外に出た。

 台座の全体はそれぞれ装甲で覆われているので、直接兵士が露出するわけではないが、四人は外の光景に恐怖を覚える。

 地対空ミサイルの爆発の炎が、数キロ先の周囲を取り囲んでいた。

 空から地面まで、まるで照明で照らされているかのような明るさ。

 それでもなお、基地の広い範囲でミサイルが発射され続ける。

 全員のヘルメットに聞こえてきたのはスコラの声。

「なんとか持ちこたえてる感じ? でもこのペースじゃすぐに弾切れだよ」

 続けてヒーナ。

「一体、どれだけいるのよ……」

「あなたの予測通りだったわねティマ……」

 そう呟くように言ったシーラが続ける。

「……チグに、最後の指示は出してきた…………」

 ティマは台座の装甲部分のガラス越しに、隣のシーラを見た。

 覚悟を決めたシーラと目が合う。

 ティマは黙って頷いた。

 そして、全員のヘルメットにチグの声────。

『地対空ミサイルがもうすぐ切れます──地対地ミサイルとランチャーはまだありますが、進行スピードは上がると思われます』

 緊迫度は確実に上がっていた。

 全員が大きく息を吐く。

 シーラが口を開いた。

「チグ──指示を出したら中距離弾道を放射状に、距離をずらして三つの円で落として」

『でもシーラ! 中距離弾道が強力なのは分かるけど距離が近すぎます!』

「中距離弾道の使い方としては、ほぼゼロ距離でしょ……細かな指定が必要だから面倒だと思うけど……だからあなたに任せるの──頼むわ」

『…………』

 ティマが口を開く。

「そろそろ地対空ミサイルが切れそうだ──一気にバラけて来るよ」

 四人が機銃のグリップを握る手に力を込めた。

 ティマが続ける。

「弾丸はたっぷりある──」

 足元からはナツメの声。

「任せて!」

 ミサイルの発射音が消えた────。

 ティマが叫ぶ。

「撃ちまくれ‼︎」

 地対地ミサイルも応戦するが、その数と威力は小さい。

 ドローンは一気に掻い潜る。

 機銃の爆音が全員の耳を塞ぐ。

 相手は例え一機でも強力だ。それは直接会敵したことのあるティマにはよく分かっていた。しかし強力な機銃であれば対抗できることも知っている。それはスコラも同じだった。

 確実に当てる────。

 基地の至る所の機銃掃射は弾幕程度の期待しか出来ない。

 それもしだいに破壊されて数を減らす。

 距離がある内は重機関銃の効果の程は分からなかった。

 しかしすぐ目の前────。

 ティマの台座の目の前で、ドローンは形を歪ませ──爆発。

 全員が高揚する。

 ヒーナが叫んでいた。

「神様なんてそんなもんか‼︎」

 しかし数は多い。

 ドローンは自らを体当たり、もしくは自らの一部を排出するように攻撃してくる。

 銃火器による攻撃とは違うが、そのスピードは早い。

 何度もトーチカの上を飛び回りながら建物を破壊していく。

 数が多すぎた。

 とても迎撃が追いついているとは言えない。

 シーラが叫ぶ。

「チグ──計算出来たら発射‼︎ 同時にトーチカの収納‼︎」

『──発射します‼︎』

 四人の台座が急降下する。

 止まった時には、全員が振動を感じていた────。

 しだいに大きくなる。

 中距離弾道ミサイルの発射音────。

 ナツメを含んだ五人の耳にチグの声。

『八八発‼︎ 落ちろ‼︎』

 そして、もはや爆音と振動は同義。

 明らかに一階部分が崩れようとしていた。

「全員地下に‼︎」

 シーラの叫びで、全員が地下への階段を滑り落ちていく。

 やがて階段は瓦礫で埋まり、大量の塵の中から、全員がコントロール室に到着した時、やっと振動が止まった。

 途端に静かになったコントロール室で、全員の姿を見たチグの表情が和らいでいった。

 全員がモニターへ釘付けになっていた。

 息を切らしながらシーラが呟く。

「だいぶ……減らしたね…………」

 するとスコラも口を開く。

「でも、外側はまだ……」

 ヒーナも何かから解放されたように言葉を発する。

「でもだいぶバラけたよ……最初は信号でモニターが埋まってたんだもん」

 すると、ナツメが、小さく挟まる。

「でも……あれ? ……あそこは?」

 ナツメが指さした先に、全員が目を見開いた。

「…………避難所?」

 チグのその小さな声に、全員が言葉を詰まらせる。

 レーダーの避難所の位置に向けて、ドローンの信号が動き始めている。

「チグ──」

 その場に似つかわしくないようなティマの声。

「中距離弾道は何発残ってる?」

「えっと……六三発」

「ここはもう中距離弾道でしか防御出来ない……小出しに使えばしばらく持たせられる……この地下施設だって頑丈だ」

 シーラが食い付く。

「でもティマ、避難所に中距離弾道は──状況の把握が出来ないと被害が──」

「ミサイルは総てここの防衛に」

「──ティマ?」

「装甲車で出る──」

「死ぬ気なの⁉︎」

「あそこの装備じゃ間違いなく全滅する」

「分かるけど──」

「危険だ──」

 間が空いた。

 そしてティマが続ける。

「強制は出来ない──今回は命令は無し」

 すぐにヒーナが手を挙げていた。

「いいよ──のった。装甲車を一番早く走らせられるのは私」

 ナツメがゆっくり手を挙げる。

「私も──」

 ティマが遮る。

「ダメだ」

「弾倉の交換くらいなら出来る」

 しばらく、二人は目を離さない。

 最初に口を開いたのはナツメだった。

「……うまく使ってよ」

 そして、ティマはスコラに顔を向けると口を開いた。

「あんたは行かせないよ──シーラとチグを全力で守って」

 スコラは、ただ頷いた。

 その強い目線を見ながら、ティマは口元を緩める。

 そして続けた。

「チグ、地下から直接の出入り口は?」

「多分……でもさっきの爆発の影響がどうか……」

「装甲車の駐車場もシェルターレベルだ……やられてなければ……あそこまで行ければいい」

「モニターを見る限りでは……だけどドローンは外にまだ──」

「分かってる……任せて。ヒーナもいるしね」

 ヒーナがチグに歩み寄る。

 チグの両肩に手を乗せ、口を開いた。

「死ぬ気はないよ……だから行くの……いいよね」

 ティマから、何度も頷きながら涙を流すチグが見えた。

「先に言われた」

 そう言ったティマがシーラを見て続ける。

「必ず帰る──私も死ぬ気はない」





 三人全員が自動小銃を手にしていた。

 そのままドアの前──外がどうなっているかは分からない。

 開ければ、駐車場までは真っ直ぐおよそ三〇メートル。

 ティマが呟く。

「さすがシェルターレベル…………ドアは生きてる」

 何かがドアにぶつかる振動と音が聞こえる。

 おそらくドローンだろう。

 確実に近くにいる。

 早くしなければ、次の中距離弾道が撃てない。

 ティマが口を開く。

「私が先頭──ナツメを中心にヒーナ──途中で前後入れ替わってヒーナは運転席に──」

 返すヒーナ。

「あの装甲車でいいのね──アレなら弾薬も積んだままだし、何よりクセを知ってる」

「スピードのことを考えたら通常の車両だけど……でも攻撃力はない……あいつが無事なことを祈るよ……」

 ヒーナがレバーに手をかけた。

 下に下ろし、耳を済ましてから、一気に開ける。

 外を確認する余裕などない。

 先頭に躍り出たティマの視界を霧のような黒煙が包む。

 背後から二人分の足音。

 正面──装甲車が見えた。

 自動小銃の引き金を引く余裕はない。

 周りに警戒しながらも真っ直ぐに走る。

 右上からドローンが向かってくるのが視界の隅に──

 右に一歩踏み込むと同時に、背後のナツメを軸にしてティマとヒーナの二人が回る。

 ティマの銃声が聞こえる。

 ヒーナは運転席に飛び込んだ。

 エンジンをかけるのと同時にスライドドアの音──

「出して‼︎」

 ティマの声で、装甲車が飛び出した。

 数台のドローンが距離を詰める。

 ティマとナツメが自動小銃を撃ち続ける中、アクセルを踏み続けながらヒーナが叫んだ。

「チグ‼︎ レーダーのデータをリアルタイムで送って‼︎ こっちのトレースは頼むよ‼︎」

 しだいに数を増していくドローンを掻い潜りながら、装甲車は爆走する。

 おそらくキャタピラの車両でこれほどのスピードを誇る装甲車はないだろう。

 ティマが叫ぶ。

「ナツメ! 上に行く!」

「わかった!」

 ティマは出しっぱなしになっていた重機関銃へ──屋根の隙間から上に出ると素早くシートに体を固定した。

 後方に台座を回すと迷わず引き金を引く──。

 振動というより揺れが大きい。

 簡単には当たらない。

 やはりドローンの動きは早い。

 ティマもこの装甲車のスピードでこのレベルは初めてだった。

 ──いいドライバーだ──

 しかし同時にそれは、この装甲車の耐久度の限界も意識しなければならない。

 近付いてきたドローンを跳ね返すくらいは出来るが、なかなか撃ち落とせない。

 珍しくティマの中に苛立ちが募っていく。

 そして、自分が冷静でないことにも気が付いていた。

 ──まずいか…………

 その時、真後ろから距離を縮めてきたドローンが弾け飛んだ。

 炎と共に砕け散る。

 ──まさか⁉︎

 ティマは足元の屋根の隙間から下を除く────。

 そこには大型ライフルを右腕で抱えるようにしたナツメがいた。

 結んでいたはずの左袖をライフルに巻きつけている。

 上を見上げたナツメは、ティマと目が合うと笑顔を見せて言った。

「ごめん──大型なら、銃身の足、床に固定出来るから──」

 ティマが叫ぶ。

「あとで軍法会議だ‼︎」

「そりゃあ楽しみだ」

 そしてナツメはスコープを覗き、引き金を引いた。

 しかしナツメがカバーできるのは銃身を床に固定している関係で真後ろだけ──他のエリアはティマが抑えなくてはならない。

 このスピードで行ったとしても避難所までは五〜六時間。

 ドローンに対して先回りして到着しなくてはならない。

「ヒーナ! ルートは⁉︎」

 ティマが叫ぶと、運転席のヒーナからの返答は早かった。

『もうチグから来てるよ──最短ルートで』

「さすが」

『私も負けてられない──絶対に帰るよ!』

 しばらくスピードを落とさないまま走り続け、だいぶ経った頃、ティマはドローンの数が減っていることに気付く。

 確かに何機か落としてはきたが、だいぶ散開してきているような気もしていた。

『ティマ! もう少しでドローンのいるエリアから抜けるよ!』

 レーダを見ていたヒーナの声がヘルメットに響く。

 ティマが返す。

「いいルートだ!」

 ドローンが周囲に見えなくなっても、装甲車はスピードを落とさない。

 落とせばたちまち追いつかれる。

 ティマが隙間からナツメを見下ろして声をかけた。

「ナツメ‼︎ 大丈夫⁉︎」

 すると、だいぶ苦しそうな声がヘルメットに届く。

『……うん……大丈夫……』

 見ると、左肩が真っ赤に染まっているのが上からでも分かった。

 ティマが言葉を続ける。

「次に会敵しても撃たなくていい──もう充分だ」

 常に警戒を解けない。

 降りられないもどかしさ。

 しかし、ナツメの声が続いた。

『まだ──避難所までは気を抜かないよ!』

「──バカ!」

 二人のヘルメットにヒーナの声。

『着いたよ!』

 商業施設の物らしい大きな階段を降りる。

 それまで以上の振動が三人の体を揺らす。

 地下への入り口は広くはなかった。

 ──チグから聞いてた通りだ。

 そんなことを思いながらヒーナはアクセルを踏み込む。

 元々外部からの侵入を防ぐために、周りの瓦礫をかき集めて小さく作り直された入り口。

 そこに勢いよく突っ込む装甲車──狭すぎて左右の瓦礫を弾き飛ばす。

 ティマが重機関銃の引き金を引いた。

 天井部分に向け、崩す──。

 装甲車が停まった直後、入り口は完全に瓦礫で塞がれる。

 瓦礫の塵が僅かに舞い、やっと静かになった。

 すかさずティマが叫ぶ。

「ヒーナ! ドローンは⁉︎」

『まだ距離はあるけど、すぐに来るよ!』

「動体センサーでここの人達の居場所を特定して!」

『了解!』

 ティマが下に降りる──。

 肩から、血が滴っていた……。

 ナツメはぐったりとライフルに体を預けている。

 ティマはライフルに絡まる袖をナイフで引きちぎる。

 それすらも血に染まる……。

 ナツメの体を引き起こした──ほとんど力はない。

「……バカなことして…………」

 思わずティマの口から出た言葉に、ナツメが返す。

「……ごめんね……少しは……役に立った…………?」

「うん……最高だったよ…………」

 そう返したティマの耳に、ヒーナの声。

『ティマ……動体反応が、無いの……』

「分かった──ヒーナ、後ろでナツメの治療をお願い」

 ヒーナが慌ててドアを開けて叫ぶ。

「ナツメ!」

 ティマはナツメを床に寝かせながら、ヒーナに場を開けて続けた。

「多分、痛み止めも切れてる……無理をさせすぎた……」

 ヒーナが救急ボックスを開け、その中身を引っ掻き回す。

 ティマはスライドドアを開けると、外に出て続ける。

「私が探してくる……ナツメを頼むね」

 こんな時に、そばにいてあげられない寂しさと恐怖。しかしそれは、決して初めてのものではない。戦場で何度も経験してきた。その度に感情を揺さぶられてきた記憶もない。

 しかし、なぜか今は違った。

 ナツメだからか……もちろんそれもあるだろう。

 ナツメに代わりはいない。

 しかし、それは誰でも同じ……今はそう感じる…………。

 ティマは地下を歩き続けた。

 暗い──自動小銃に固定したライトだけが頼りだ。

 そして、人気がない────。

 ──遅かった……?

 ライトの先に、人が折り重なっていた──生きているようには見えない。

 ライトを動かすと、それは一カ所だけではなかった。

 数えきれないような人数──全員が倒れていた。

 ──どうして……こんな…………

 ──…………!

 足音がした。

 ──一人…………

 自動小銃を向ける──そのライトの先に、一人の民間部隊の兵士が立っていた。あの時の、初老の兵士だ。

「説明を」

 ティマのその言葉に、兵士が応える。

「……全員……死んだよ…………」

「──全員⁉︎ ……何が──」

「戦争だよ……対立が起きたのさ……アーカムの支持者と、反対する連中で……せっかく……生き残ったのに……みんな…………」

 その目に生気は感じられない。

 兵士が続ける。

「……こんな、バカなことが……あるんだな…………」

 ティマが口を開く。

「生き残ったのは、あなただけ?」

「ああ……」

「基地に来て──あそこなら──」

「いや──もう、いいんだ──すまなかった……わざわざ来てくれたのに……」

 ──そうだ──命をかけてここに来た……ナツメが命をかけてここに来た……ヒーナだってチグと一緒にいたかったはず……でも命をかけた……ここの人達のために…………

 しかし、どこにもその感情を向けるところはない…………。

 ──どうすれば…………

 感情が浮き立っていたのかもしれない。

 兵士が拳銃を手にするのを、ティマは気が付けなかった。

 気が付いた時には、兵士は自分の頭を撃ち抜いていた。

 崩れ落ちる兵士────。

 動けなかった。

 何も出来ない自分がいた。

 〝堕天使〟と呼ばれた冷徹な兵士の自分が、なぜか感情を揺さぶられている。

 人を殺すことなど、なんとも思ったことはない。

 人の死など、どうでもいいことだった。

 自分以外の人間は、自分にとっては他人。

 生きていても、死んでいても、他人。

 その自分が、崩れ落ちる初老の兵士を見て、動揺している。

 ──どうして…………

 ──絶望……?

 ──絶望したから、死んだの……?


 ──……私は、違う…………

 ──……私は、絶望なんかしない…………

 ──……必ず、帰る…………

 ──……そう、約束した…………


 装甲車に帰ると、血だらけのヒーナと横たわるナツメが待っていた。

 最初に口を開いたのは、疲れた表情のヒーナだった。

「さっき銃声が聞こえたけど……」

「うん……」

 ティマが続ける。

「誰も……いなくなったよ……みんな死んでた……何も言わないでヒーナ……」

 ヒーナには理由は分からなかった。

 しかし、現状は理解出来た。

 ティマが更に続ける。

「──帰ろう…………みんな待ってるよ…………行けるよね、ヒーナ……」

「うん……帰ろう……」

 ヒーナはナツメを天井から吊るした担架に載せると、無言で運転席に入る。

 ティマも無言で屋根に登った。

 シートに座ると言った。

「ヒーナ、基地に連絡を──出して」

 そして重機関銃の引き金を引く──瓦礫で塞いだ出入り口が吹き飛ぶ。

 いつの間にか朝になっていたようだ。

 弱い朝日が入り込む隙間を、装甲車が突き抜ける。





 地下施設への扉に、ヒーナは装甲車を高速で横付けさせる。

 運転席をおり、扉を開ける──ドローンが装甲車に体当たりをして車体を歪ませた。

 ティマがナツメを抱えて中へ──ヒーナが素早く入って扉を閉めた。

 何度もドローンがぶつかる音が響く中、コントロール室を目指す。

 コントロール室の扉を勢いよく開けたシーラが叫ぶ。

「スコラ‼︎ ナツメを医務室へ‼︎」

 その後のスコラの動きは相変わらず早かった。

 ヒーナの姿を見て、チグは泣き崩れる。

 そして、シーラの隣には、ティマがいた。

 最初にシーラが口を開いた。

「また……あなたに──」

「そう?」

 すぐに遮ったティマが続ける。

「私は、帰ってこれて良かった……それだけ…………」

「状況は何も変わってないけどね」

「全員揃ったよ」

「戻ったね」

「また六人だよ……最高でしょ……」

 ティマは口元を緩めていた。

 シーラがゆっくりと応える。

「さて……どうやって立て直そうか……」

「諦める気はないんだね……」

「…………そうね……」

「世界はここの六人だけかも……」

「それも、いいんじゃない?」

「……いいか……」

「……いいわ……」

「じゃあ……生き延びなきゃね……」

「そんなこと……」

 シーラはそれだけ言うと、壁のモニターの前へ歩く。

 そして続けた。

「……残りの中距離弾道は一〇発…………ドローンの数はレーダーの表示上でも二万機──どんどん増えてる……」

 そのシーラが軽く息を吐いた時、背後からチグの声がした。

「シーラ……」

 シーラが振り返ると、泣き疲れたような表情のチグが、隣の部屋に顔を向けていた。

 シーラも、それを見ていたティマも、チグの目線を追う。

 量子コンピュータの部屋──そこが光っていた────。

 巨大な箱──巨大な量子コンピュータが光っていた────。

 あの光──緑の光だった。

 シーラが呟く。

「……何なの…………」

 続けるようにヒーナの声。

「……アーカム…………?」

 ブーツの音──ティマが光に近付いていた。

 手にしていた自動小銃を構える。

 コントール室に銃声が響く。

 自動小銃とは言っても室内での反響は大きい──火薬の光さえも照明のようにコントロール室を照らし出す──。

 そして、それに圧倒されるかのように、誰もティマを止めようとはしない。

 誰もその顔すら見れない。

 何十発が撃ち出されたのか──無数の薬莢を撒き散らして、やがて音が止まる。

 引き金は引かれたまま。

 微かなギミックの駆動音さえも、その場の全員の耳に届いていた。

 ティマは自動小銃を足元に落とすと、光る箱へと歩み寄る。

 歪んだ箱の外壁──頑丈に見えた外壁は歪むだけでなく、割れ、中の空間を露出させている。

 見た目の大きさの割に、中は空間だらけ。冷たい空気と共に、温められた冷気が白い霧となって溢れ出していた。

 ティマは割れた外装に手をかけ、力を込めた。

 音を立てて崩れていく────。

 奥──箱の中心の量子コンピュータ──それは光続ける──。

 ティマの背後に、三人の足音が微かに聞こえ、やがてシーラが最初に口を開いた。

「…………どういう……こと…………?」

 更にヒーナの声。

「…………おかしいよ……これ…………」

 箱の中心──全員の目の前にある物体は──アーカムの端末そのもの────。

 目を見開いたチグが箱の下を見ると、繋がれたラップトップの横に、同じように光る端末がある。

 しかし、量子コンピュータそのものがあるべき場所に、同じ物がある。

 しかも、それは宙に浮いている────。

 誰もがその答えを探した。

 しかし、目の前にしか現実はなく、理由を考察するにはあまりにも情報が少なすぎる。

 再びシーラが口を開いた。

「……チグ…………量子コンピュータって…………なに?」

 そして、チグが叫んだ。

「わかんないよ‼︎」

 直後、大きな振動が辺りを包んだ。

 全員が上を見上げる。

 振動が続く。

 次に口を開いたのはティマだった。

「ここも時間の問題だね」

 シーラが続く。

「チグ…………アレの準備は出来てる?」

 チグは背中を向けたまま応えない。

 ヒーナがシーラに尋ねる。

「……アレって……なに? シーラ……」

 そして、ティマがシーラに振り返る。

 シーラの目に、迷いがあるようには見えなかった。

 ティマは視線を前に戻すと、左手を伸ばす。

 それは空中に浮かんだまま。

 左手で掴むと、ティマの手の中で、それはあっさりと浮力を失う。

 その光景を、呆然と背後の三人が見つめていた。

「チグ──」

 ティマのその声に、チグは一瞬だけ驚く。

 ティマが続けた。

「こいつは……何で出来てるんだっけ……」

 チグはゆっくりと応える。

「……正確には、違うけど……外装のほとんどは、アルミニウム…………」

 次の瞬間──ティマは左手の中の機械を床に落とした。

 そして、右手で軍用ナイフを逆手で振り上げる────。

 三人が何かを思うより早く、それは振り下ろされていた。

 ティマが腰を落とし──甲高い音を立てながら、ナイフは機械に突き刺さる。

 何度も──金属が金属を擦り付ける嫌な音が響く────。

 そして、ティマの動きが止まる。

 いつの間にか、辺りを包んでいた光が消えていた。

 ナイフに潰された端末も、すでに発光してはいない。

 ティマはすぐに、チグの足元の機械を掴む──それは、まだ小さく発光したままだ。

「こんな奴が〝神〟か…………」

 そのティマの呟きが全員の耳に届き、そして立ち上がり、振り返った。

 シーラと目を合わせ、口を開く。

「中距離弾道一〇発……それ以外はダメだ…………まだ行きたい所がある…………」

 チグに顔を向けると、続けた。

「私の位置をトレースして──それをポイントに」

「ポイント……?」

 チグが小さく呟いていた。

 ティマは機械を手にしたまま歩き始める。

 コントロール室のドアを開け、再び口を開いた。

「ごめん、シーラ……今回だけは、私の命令を優先させて……あとで軍法会議でも開いてよ」

 そして、誰もティマに言葉を返せないまま、ティマは一人で地上を目指していた。

 掴んだ光の球が、そのまましだいに大きくなっていく。

 そのまま、外の扉へ──

 コントロール室でヒーナが呟く。

「……何をするつもり?」

 すると、シーラが応える。

「……神にでも……なるつもりなの…………?」

 ティマが外に出ると、いつの間にかその体は大きな光の球体で包まれていた。

 周りには無数のドローン。

 ティマは構えることもせず、ただ悠々と歩き始めた。

 しだいにドローンの数は増えるが、一向に攻撃は仕掛けてこない。

 まるで光の球に反発するように。

 しかし、全てのドローンは、ティマに正面を向けている。

 ティマは黙々と歩き続ける。

 地下への扉からだいぶ離れた。

 およそ五〇〇メートル。

 そして、立ち止まる。

 光の球体に包まれたティマが、真っ直ぐ立っていた。

 その周囲を囲むドローンは、ティマの視界総てを埋め尽くす。

 空さえも見えない。

 やがてティマが口を開く。

「チグ──私の位置は分かる?」

『……うん……大丈夫……』

「私をポイントにして、周囲最短距離で二〇メートル。放射状に組み合わせて──上手く組み合わせれば半径でどのくらいまで吹き飛ばせる? 残り一〇発で」

『………………むりだよ……』

 チグの声が小さくなっていく。

 ティマが続けた。

「今、ドローンはここに集中してる──理由は分からない。でも予想は出来た。レーダーでも見えてるでしょ? 今しかない」

『ティマ──』

 聞こえたのはシーラの声だった。

『私の権限で──いいわね』

「……仕方のないリーダーだね…………カバー出来る範囲に集中したら……派手にやってよ」

 それから数分後──チグの声が聞こえた。

『いきます!』

 ティマはその声に応えるように、ゆっくりと目を閉じ、ヘルメットを外した。

 振動が、地面から伝わる。

 不意に、静かになった。

 何も聞こえない。

 無線のデジタル音すら消えた。

 瞼の向こう側で、激しく光が瞬いているのだけが分かった。

 目を開いてはいけない。

 そこに広がるのは地獄だ。

 今ここには、〝天国と地獄〟が混在している。

 無意識に口が開いていた。


「……神なんか……いらない…………」


 どれだけの時間が経ったのだろう。

 いつの間にか、瞼にぶつかる激しい点滅もなくなり、ティマはゆっくりと目を開いた。

 光の球体は、黒い煙に包まれている。

 何の振動も感じない。

 静かだった。

 やがて、数カ所に、小さな光の点が現れ、それは次第に大きくなる。

 太陽の光だった。

 それはみるみると増え、大きくなっていく。

 陽の光をこれほど眩しいと感じたのも久しぶりだった。

 暖かい──そう感じた時、不意に風を感じる。焦げ臭い匂いが鼻をついた。たちまち周囲の煙が体の周りを囲む。

 辺りには、様々な物が散らばっていた。

 もはや、元が何だったのかもわからない。

 あちらこちらに、未だ燻っている炎も見えた。

 しかし、動いているドローンは見当たらない。

 右手に持ったヘルメットの奥から、声が聞こえる。

『──…………ティマ! …………ティマ⁉︎…………』

 ナツメの声だ。

「……バカ…………」

 ティマは地下への扉まで歩きながら呟く。

「寝てればいいのに…………」

 口元に笑みが浮かんで仕方がない。

 そんな自分を感じていた。





 それから一週間──。

 生き残ったドローンを探したが、レーダーには一向に現れない。足で調べても、見つかるのは微動だにしないドローンばかり。

 しだいに食料も心細くなってきた頃、コントロール室にヒーナが興奮気味に飛び込んでくる。

「見つけたよ! 装甲車!」

 すると、シーラが声を上げる。

「装甲車⁉︎ どこに⁉︎」

「地下の三階! しかも結構新型──前と違ってセミオートだから運転も楽だし。一〇台くらいあったから、交換用の部品も取れるよ」

「緊急用に残してたのね。これで移動が出来る……」

 その近くで軍用ナイフを磨いていたティマが口を挟む。

「移動するの? 確かに食料は心許ないけど……ここは建物も頑丈だし──」

 シーラが応える。

「ナツメも動けるようになったしね。それに──世界がどうなってるのか、知りたい。周囲の同盟国はあまり期待出来ないみたいだけど、私たちの最前線だった敵国のその先は?」

「コレギマ…………」

「あそこはラカニエよりも大きな国…………もしかしたら…………」

「分かった……じゃあ、噂の新型装甲車に物資を積んで次の拠点を探すか」

「あなたも……行きたい所があったんじゃないの?」

 ティマは視線を落として応えた。

「……うん……そうだった……最初にそこに寄ってもらおうかな」

「じゃあ出発は明日の朝──ヒーナ、外のスコラとナツメに伝えてきて」

 すると、ヒーナが明るく応える。

「オッケー」

 ヒーナが外へ向かうと、ラップトップに向かったままのチグに声をかけた。

「何か進展は?」

 ラップトップの隣には、あの機械が置かれている。

 チグが応えた。

「……結局……何も分からない……アーカムの攻撃理由も、この端末の存在理由も……」

「まあ、神様の考えることなんて……ティマは嫌いなようだけど」

 即答するティマ。

「うん……大嫌い……」

「でも、あの時は…………」

 そう言いかけて、シーラは言葉を止める。

 口元には笑みが溢れていた。


 ──私達には、あなたが神に見えた…………





 翌日──。

 新しい装甲車で六人が到着した場所。

 首都からはだいぶ距離がある。

 ブロック塀で囲まれた敷地はだいぶ広い。

 その中に、余裕のある形で三階建ての建物が三棟並ぶ。だいぶ崩れかけているようだが、まだその形は保たれていた。

 入り口で停めた装甲車から降りたティマは、手に何も持たないまま敷地内に進んでいく。

 その後ろをナツメが追いかけた。

 歩きながら、ナツメが声をかける。

「懐かしいね……一緒にここにいたはずなのに、私はここでのティマを知らなかった……」

「まだ子供だったし……人数も多かったから…………」

「まあね…………あの頃は随分と賑やかな印象だったけど……こんなに静かになって……」

 人気は無かった。

 しかも、しばらく誰かがいた痕跡もない。

 ティマは中庭の噴水の縁に腰を降ろした。もちろん水分の痕跡もないくらいに乾燥している。しばらくこの辺りでは雨も降っていないらしい。

 強い真上からの陽射しが、ティマの足元と噴水の下に小さく濃い影を作る。

 隣にナツメも座り、口を開いた。

「こんなふうにして並んで座るのも久しぶり……昔…………ここで、こんなことがあったのかもね」

 ティマがゆっくりと返した。

「うん……多分ね……あったかも…………」

 ナツメがティマの横顔を一瞬だけ見る。

 そして言葉を繋げた。

「これから、どうする……?」

「どうしようか……」

「もう……世界には誰もいないかもしれないんだよ…………」

「うん……結局、何も分からないことばかり…………この先のことも分からない…………」

「誰かに会えればラッキーだけど……どうせなら男六人組とか見つからないかな。いい男限定で」

 ティマが優しく表情を緩め、立ち上がった。

「もう、一人じゃないからね」

 すると二人の背後から、足音と共にシーラの声が聞こえてきた。

「ここは大丈夫そうね……あなたが気を緩めるくらいに」

 振り返ったナツメが応える。

「田舎だし……誰も触れたがらない場所だったし……こんな社会の隅っこで……私達は暮らしてたんだ……」

「あれ? でも出会ったのは訓練施設って……」

「お互いにここにいたって、知らなくてさ……」

 そう言ってナツメは視線を落とす。

 そして、立ったままのティマが返した。

「ここでは……お互いずっと一人だったよ…………みんな同じ…………あの頃はね」

 ナツメが笑顔で応える。

「うん……私も…………あの頃はね」

 装甲車に戻ると、貨物スペースで自動小銃を磨くチグが全員の視界に入る。

 ナツメが不思議そうな顔で口を開く。

「珍しいねチグ。どうしたの? あなたがパソコン以外を磨くなんて」

 装甲車に乗り込んだ三人に、チグは真剣な目で応えた。

「私だって──これからは役に立ちたい……」

 恥ずかしそうに視線を落とすチグに、運転席のヒーナから声が飛ぶ。

「あんたの左腕になりたいんだってさ──ナツメ」

「へー」

 ニヤニヤとチグの顔を覗き込んだナツメが続ける。

「コンピュータの専門家が左腕なら心強いね」

 ヒーナの笑い声が響き、全員に笑顔が浮かぶ中、スコラがシーラに声をかけた。

「どこに向かうの?」

 するとシーラがスライドドアを閉めながら応える。

「そうね……まだ行ったことのない所……国内を調べて──世界中…………」

 全員の表情が曇る。

 期待と不安。

 この先、何が起こるか分からない。

 生き残った人間がいるのか。

 アーカムのドローンが残っているのか。

 そのアーカムのことも分からない。

 残るのは、床に転がる小さな端末だけ。

 世界は、開けているようで、自分達が知っているものはまだ狭い。

 少しずつ、食料も弾薬も減っていく。

 決して、明るい未来は見えない。

 そして、

 誰も〝神〟の存在は感じていなかった。





   〜 第一部・完 〜

   〜 第二部・第1話へつづく 〜

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