第20話

 2日ぶりに戻った学生棟はしんと静まり返っていた。

 恐らくほとんどの生徒が帰省なり外出なりしているのだろう。といっても明日でゴールデンウィーク最終日だ。今日のうちにみんな戻ってくると思うが。

 私は事務局で帰宅手続きを済ませ、廊下を進んで共同スペースへ向かった。

 2日ぶりというだけなのに、何だか初めて来た場所のようだった。

 廊下には窓の形をした朝日がいくつも入り込んでいる。

 ふと私が通っていた高校の景色を思い出した。そういえば体育館で寝泊まりして校舎中の掃除をしていたときも、こんな景色だった。今頃先生たちはどうしているだろうか。

 私は軽い足取りでドアの前に立ち、ゆっくりとドアを横に引いた。もう9時近くになっているがまだ寝ているルームメイトがいる可能性がある。

 ブラインドカーテンが下ろされたままの薄暗い共同スペースを見渡すと、ベッド前に申し訳程度にしつらえられたカーテンがふたつ閉じられていた。確かこの場所はいずみあかりと大倉瑠璃おおくらるりのベッドだ。2人とも寝ているのだろうか。

 普段からこの2人とはあまり話したことがなかったため、これから2人が起きてくるとこの空間に3人だけになるかもしれない。多分そんな空間耐えられそうもないので、私はカバンをベッドの下に起きて素早く着替え、一切休まずに共同スペースから出た。

 お腹が空いてきた。何も食べずに出てきたことを思い出した。

 売店でおにぎりを3つ買った。何だか無性にお腹が空いていたし、その分活力が身体の底から湧き上がっていたのだった。

 飲食ルームで朝食をとり、その後少しだけ外を歩くことにした。

 次第に日は私の真上まで昇り始めていた。全身に日を浴びながら私はグラウンドの周りを歩く。

 その途中、ずっと母のことを考えていた。

 また知識教官のところに行けば、私の知らない松坂巡査部長のことをもっと聞けるだろうか。

 10分ほど歩いたが、まだ身体を動かしたかった。まだエネルギーが有り余っていた。

 食後の過度な運動は身体にいいとは言えない。しかし、身体がうずうずしていた。しばらく迷った末、私はタオルと買ったスポーツドリンクを持って、今度は施設内のトレーニングルームに向かった。

 トレーニングルームには用具が一式そろっていた。

 多くの生徒はここを好み、いつもほとんどの用具が使われていた。

 しかし今ならそんなことはないだろうと目星をつけて向かった。

 案の定、珍しくトレーニングルームはがらりとしていた。数人の男子が利用しているだけである。がちゃりがちゃりとトレーニング用具の音が申し訳程度に聞こえてくる。

 私は軽い気持ちで中に入った。とりあえず昼食の時間までここにいることにした。


 大浴場は夜しか開かない。しかしシャワールームならいつでも使える。本当はお風呂に浸かって思いっ切り全身の筋肉を伸ばしたかったが、仕方なく寂れたシャワールームを使った。

 久しぶりにこうやって1人で好きなことをして過ごすことができた気がする。

 慣れ親しんだ生き方だ。気楽でいい気分だった。

 それから自習室に向かった。明後日からは授業がまた始まる。ゴールデンウィークが始まる前に1ヶ月分の既習範囲の復習は終わっていたが、もう一度やることにした。そしてこれから始まる法律の予習もしておく必要があるだろう。

 明日は朝から晩までみっちりと勉強にてる予定だった。その分を少しでも今日のうちに終わらせておこう。


 気がつけば学習室に入ってから1時間が経過していた。

 私の他には5人の生徒がいた。中には見たことのある顔もあったが、もちろん互いに声をかけることはなく、それぞれが黙々と机に向かっていた。

 変だった。

 こんなこと初めてだった。

 机に向かってまだたった1時間しか経っていないはずなのに、集中力がまったく続かなかった。同じところを読んでは忘れ、そしてまた読み直す。それをずっと繰り返していた。

 一度廊下に出て、窓から顔を出して外の空気を思いっきり吸ってみた。

 それでも何も変わらなかった。依然として教科書の文章は頭に入ってこない。

 今朝から気分はとてもいいし、疲れだって全然感じていなかった。眠気だってない。それなのになぜだろう。

 私は昨晩、女になった。いや、なりかけた。

 初めての経験であり、そのせいで気分が興奮しているのかもしれない。

 このままこうやって足掻いていても時間の無駄だ。

 私はしょうがなく持ってきた教材をまとめて自習室を出た。

 明日になれば集中力も戻っているだろう。そう思うことにした。

 ふと窓の外を見ると空には飛行機雲が浮かんでいた。


 けたたましいチャイムの音で無理矢理眠りから連れ戻された。

 しばらく目が開かなかった。何だか胸のあたりがむかむかした。

 重い頭をなんとか持ち上げ、条件反射的に枕もとのスペースに畳んで置かれている制服に着替える。

 他の生徒たちはさっさと着替えを済ませて出ていく様子がカーテン越しに伝わってきた。

 するとカーテンをさっと開けて真保が覗き込んできた。

「え、どうしたの、松坂ちゃん」

「何が?」

「何が?って、早くしないと朝礼遅れるよ」

「わかってるよ」

 私は重い腰を持ち上げてフラフラと立ち上がった。少し吐き気がした。

「ねえ、本当に大丈夫?医務室行った方がいいんじゃない?顔色悪いよ」

「いや、大丈夫だから」

 わざわざカーテンのそばで待っていてくれて、私の肩を支えようとしてくれた真保の手を払いのけて歩き出した。

「松坂ちゃん、ほんとどうしたの?ゴールデンウィークに何かあったの?」

「何もないよ、ほら、行こう」

 少し頭痛がしたが、しばらくすれば勝手に治るだろう。

 結局、昨日も全然勉強に力が入らなかった。それどころか昨日丸々1日何をしていたかよく思い出せない。一度外出届を出してホームセンターに行ったことは覚えているが、それ以外は思い出せない。まるで自分が自分でないみたいだ。脳だけ他の人と取り換えられたような感覚だった。

 ずかずかと大股で歩く私の後ろを真保はついてきた。

 こんなときだけ妙に優しくされてもかえって不愉快だった。いつも通りさばさばした真保でいてほしかったし、何より関わってほしくなかった。

 私のこと、何も知らないくせに。

 心の中でそう毒を吐いた。

 グラウンドへ生徒が集合し、点呼が始まる。

 1列になって機械のように動きを揃えて生徒たちが行進する。もしここで誰か1人でも列を乱したり動きがずれている生徒がいようものなら、ものすごい怒号が飛んできて、連帯責任を負わされて全員に罰則が及ぶ。だから私は必死に頭痛を堪えて腕と足を振り上げた。

 今の私にとって拷問のような時間を終え、生徒たちは依然として列を乱さぬまま校舎へ戻る。そしてそのまま食堂へ向かう。

 食堂のドアをくぐった瞬間にむわっと食べ物の匂いが鼻腔びくうに侵入し、やがて吐き気へと変わった。

 そのとき肩を強い力で掴まれた。完全に虚を突かれた私はそのままバランスを崩したが別の誰かに身体を支えられた。

「松坂、体調が悪そうだ。診療所へ行きなさい」

 凄みののある声の教官が私の顔を覗き込んでいた。

 わざわざ真保が報告したのだろうか。どうしてそんなことするんだろう。少し真保に失望した。

「いえ、大丈夫です」

「診療所に行きなさい!!」

 目の前で怒鳴られたせいで振動が頭痛となって響いた。

 一瞬周りの空気が凍りつき、私と教官を囲むようにして周りの生徒たちが一斉に私たちに視線を向けた。

 教官に何か言う気にもならず、私は「わかりました」とだけ言って教官に背を向けて来た道を戻り始めた。

 後ろの方で同じ教官が大声で「ほら、列を乱すな。さっさと並べ」と生徒たちに指示する。自分のせいで列が止まったのに何様のつもりなのだろう。

 ドアをくぐると食べ物の匂いと他の生徒たちの声が遮断され、少し肩の力が抜けた。

 するとまた一瞬音が大きくなって私の耳を刺激し、すぐに止んだ。

「診療所まで送るわ」

 後ろから小走りでやってきた真保が私に寄り添った。

 さすがに腹が立った。どうして1人にさせてくれないんだろう。

 しかし何も言う気にならず、好きにすればいいと真保に任せた。

 診療所は校舎の真横にある。一旦外に出ないといけないのだ。

 真保は私を支えるようにして一歩ずつゆっくり歩き、私の分の靴まで出してくれた。そして外を歩き、診療所に到着すると私を中の長椅子に座らせて受付をしてくれた。

「1年の美川です、あちらは同じく1年の松坂です。体調が悪いようで、付き添いで来ました」

 しっかりとした声で真保が用件を伝えるのが聞こえる。

 少しやりとりをした後で、真保が私のそばに戻ってきた。

「よかった。1人、空いてる先生がいるって。もう少ししたら来るから、とりあえずあっちの方、行こうか」

 そう言って真保は向こうの待合スペースを指差す。

 私は黙って真保に抱えられるようにして歩いた。すれ違った看護師から慌てた声で「大丈夫ですか」と聞かれたが、真保は気丈な声で「大丈夫です」と言う。

 置かれた1人用の椅子に腰を下ろす。すると真保は傍らにしゃがみ込んで私の手を両手で握ってくれた。

「私はずっと松坂ちゃんのそばにいるから、心配しなくていいから」

 たった1ヶ月の付き合いで一体何を言っているんだろう。私の何を知っているというのだろうか。

 改めて真保に失望した。こんな浅はかな考えをする人だとは思っていなかった。

 5分ほどすると名前を呼ばれた。真保は私の代わりに返事をしてくれた。

 真保に支えられて立ち上がる。そこで私はこれから医者に何て言えばいいのか考えていないことに気がついた。

 大体どうして診療所まで来たんだろう。ただ体調が優れないだけで、大人しく寝ていれば治るだろうに。

 診断室へ通される。初老の女性が座っていた。

 背もたれのない丸椅子に腰を下ろす。

「えっと、警察学校となりの生徒さんですね。松坂さん。体調が優れないと。具体的にはどんな風に優れないんですか」

 落ち着いたしゃべりで医師は私をまじまじと見ながら尋ねる。

「頭が、痛くて。朝起きたときから。それと少し吐き気が、します」

「そう、わかりました。それじゃあ警察学校の訓練なんて受けられないもんね。少し休みましょう。その前に少し熱を測りますね」

 そして額に体温計を当てられる。電子音が鳴る。

「熱はないわね。それじゃあ、後ろ向いて背中出して」

 言われた通り丸椅子を回して後ろを向く。すると心配そうな表情で私を見つめる真保と目が合った。私はすぐに目を逸らした。

「うーん、特に異状はなさそうね。昨日夜遅くまで起きてたとか、ない?」

 医師に向き合ってから私は首を振った。

「そう。もしかしたら突然の環境の変化で、身体がついていけてないのかも。ほら、五月病って聞いたことない?きっと、それかもしれないわ」

 そんな調子で診断が終わった。結局何も状況は変わらない。

 私は個室をひとつ使わせてもらうことにした。ひとまず体調が治るまでここで休養をとることになった。医師の方から学校の方に連絡してくれるらしい。

 真保はそれからも私に付き添ってくれた。

「松坂ちゃん、急に変わっちゃったね。2、3日会ってないだけなのに、急に別人みたい」

 真保は悲しそうに俯いて呟いた。

「もし、ゴールデンウィークの間に、何かあったなら、私に話してほしいな。誰かに聞いてもらえるだけで、楽になると思うし。どんな話されても、絶対最後まで聞くから」

 真保はゆっくりとベッドに横になった私の手に自分の手を重ねた。温かくて優しい体温が私の冷たい手に伝わる。

「悪人を捕まえることも私たちの使命だけど、誰かに寄り添うのも、私たちの使命でしょ。それが私の目指す正義だから」

 その瞬間、私は添えられた真保の手を力いっぱい振り払っていた。

 驚いた顔をして真保が私を見つめる。

 何も知らないくせに。本当の悪も、本当の正義も知らないくせに。私の前で軽々しく正義なんて言葉を使うな。

「ごめん、松坂ちゃん」

 真保は眉間に皺を寄せ、一瞬泣きそうな顔になったが、すぐに微笑みを作って顔を上げた。

「それじゃあ、私戻るね。お昼になったら松坂ちゃんのスマホとか、あと、暇つぶしのための本とか持ってくるね。あ、あとゼリーかお菓子とかも買ってくるから」

 私は黙って真保の言葉を聞いていた。視線は真保ではなく虚空を見つめていた。

 自分でもわかっていた。今の自分は明らかにおかしい。

 真保はもう一度「それじゃあね」と呟いてから個室を出ていった。

 頭痛はまだ続いていた。しかし吐き気は治まっていた。

 ようやく1人になることができたことに安堵し、私は天井をじっと見つめた。

 今はとにかく誰にも会いたくなかった。何も考えたくなかった。


 目を覚ましたときは外が橙色になっていた。

 状況を理解すると同時に罪悪感が込み上がってくる。もう何時間も眠ってしまっていた。貴重な時間を無駄にしてしまった。

 ふと視線を横に向けると、近くに置かれたパイプ椅子には私のカバン、そしてその上に菓子パンと文庫本が3冊載せられていた。

 カバンを手繰り寄せ、中からスマートフォンを取り出す。真保から通知が入っていた。

『課外活動の時間になったら行くから、何かほしいものがあったら書いておいて』

 文字だけを見るといつも通りの真保のようだ。しかし、これからもう一度ここに来たとき、いつもとは違う弱々しい表情の真保になっているのだろう。

 私は返信しなかった。来るなと書こうとも思ったが、なぜかそうする気にはならなかった。

 やがて外から運動部のかけ声が聞こえてくると同時に真保がドアをゆっくりと開けて入ってきた。

「松坂ちゃん、体調はどう?よく寝れた?」

 と、慎重な声色で尋ねる。

 まだ頭は重かったが、頭痛も吐き気もなくなっていた。

「うん」

 私は頷いた。

 ようやく口をきいてくれたことに安心したのか、真保は笑顔を取り戻した。

「よかった。昨日から何かちょっと様子が変だったから実は心配してたの」

 昨日から?そういえば昨日は真保と会話していない気がする。いつの間にか真保が戻っていたが、だからといって私の方から話しかけることはなかった。

「その、ちょっと考えたんだけど」

 真保は声を低くした。

「私、何か、松坂ちゃんに悪いことしちゃったかな」

 真保は力なく笑った。

「ほら、私、こんな感じだから。結構、松坂ちゃんに色々とずばずば言っちゃってるし、その、もしかしたら酷いこと言っちゃってたのかなって」

「真保は何も悪くないよ」

 私は真保が話し終える前に答えた。

 その言葉で真保の表情に少しだけ光が差した。

「よかった。私、このまま松坂ちゃんに嫌われたらどうしようかと思って、ずっと不安で仕方なかった」

 真保は大きく息を吐きだして胸をなでおろした。

 何だか真保に対する罪悪感が込み上げてきた。

 それから少し沈黙が訪れた。

「ねえ」

 沈黙を破ったのは私の方だった。

 真保は嬉しそうに「うん?」と穏やかな表情で私の方を見る。

「もし、真保の大切な人が誰かに殺されたとしたら、真保はどうする」

 その瞬間に真保の表情が曇った。

 黙ったままの真保を見ると同時に自分が何を言ったのか気づいた。

 しかしもう遅かった。真保は思い詰めた表情で考え込んでいた。

「ごめん、今の冗談。聞かなかったことにして」

「私なら」

「いや、冗談だって。答えなくていいから」

「私なら、死ぬほど泣く。多分、死のうとすると思う」

 真保の力強い声で、私は言葉を失った。

 そして気がつけば、じっと次の言葉を待っていた。

「それでも、死なずに、なんとか乗り越えられたら」

 私は真保を見つめた。真剣なまなざしで真保も私を見つめていた。

「その犯人が、いつか警察に捕まることを願って生きていく。それか自分で捕まえる!」

 それから真保は黙った。

「殺したいって、思わないの?同じ目に遭わせてやりたいって」

 真保の表情がまた曇った。

「思わないよ。思っちゃだめだよ。それじゃあ、殺した人と同じになっちゃうよ。もちろん、犯人のことは絶対許せないと思う。でも、だからといって、殺したいなんて思わない。私は警察を目指してるんだから、なおさら、そんなこと、思っちゃだめだよ」

 真保の声は次第に弱くなっていった。

「そう」

 私はからりとした声で答えた。

「ねえ、松坂ちゃん」

 突然真保は立ち上がって私に迫った。

「私は、松坂ちゃんに何があったか知らない。でも、わかってあげたい。松坂ちゃんの辛いこととか嫌なこととか、全部わかってあげたい。辛いときはずっとそばにいるから。訓練だって全部抜け出してくるから」

 真保の目には涙が浮かんでいることに気がついた。

「だから、お願いだから変なこと考えないで。松坂ちゃんがいなくなったら、私、どうすればいいのか」

 それから真保はシーツの端を握り締めて肩を震わせ始めた。

 私はその手の上に自分の手を重ねた。

「大丈夫だよ、真保。私がそんなことするわけないでしょ」

 真保は顔を上げて赤くなった目をこちらに向けた。

「私たちは警察でしょ。正義の味方でしょ。人の命を救うんでしょ」

 その言葉で真保の目に光が戻り始めた。

「うん、そうだよね。私、変なこと言ったよね」

 私はそっと真保の頭を撫でた。ショートカットでさらさらの髪だった。

 ごめんね、真保。

 私は心の中で呟いた。

 それから私は真保と一緒に部屋へ戻った。そして着替えてから一緒に食堂で夕食を食べた。

「明日は出れそう?」

「うん」

 真保は嬉しそうだった。

 夕食が終わると私はいつものように自習室に行くからと真保に告げると、真保は「わかった」と言って、自分のベッドに寝そべった。

 私はそれを見たあと、他に誰も見ていないことを確認してからベッドと布団の間に手を入れた。

 昨日、ホームセンターで購入したナイフとライターを取り出し、素早く上着の内ポケットに入れる。

 そして小走りに部屋から出た。

 心臓は大きく脈打っていた。

 廊下では数人の生徒とすれ違った。そのたびに心臓が大きく跳ねた。

 1階まで降り、診療所へ行くように装って、玄関を出た。誰もいなかった。

 私は診療所まで近づき、そこから暗闇に紛れて近くの草むらに忍び込んだ。

 最後に周りに誰もいないことを確認してから、塀を上った。

 外の世界に降りたとき、すべてから解放された気分になった。途端に身体が軽くなる。

 私はフードを被り、走り出していた。


 つぼみはもう花に変わっていた。

 一度は成長を止めたはずの蕾はやがて、自身の成長を止められないほどにまで成長していた。

 母が殺されたときに芽生えてしまった悪の蕾。憎悪に満ちた復讐心の塊。

 ずっと土に埋められ、息をひそめていた殺意の蕾は、もう取り返しがつかないほどにまで膨れ上がっていた。

 そして、ついに花は咲いてしまった。土の中からその憎悪を覗かせた。

 私の中には殺意に満ちた悪の花が咲いていた。

 おびただしい量の悪の根が寄生虫のように全身を侵していた。

 私が根絶やしにしようとしていた悪は、私自身だった。











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