第19話 菊田シンノスケ
菊田シンノスケ。社会人五年目。決して順風満帆と呼べるような人生ではなかったと自分でも言ってしまえるが、そんな俺にも平凡な幸せを手にするチャンスが訪れた。相手の子は職場の後輩で初めは特に意識もしなかったのだが、一緒に仕事する中でなんとなく二人は結婚するのだろうと思えた。昔からこのなんとなく感じたことが現実になってきた。いろんななんとなくがあったがだいたいは悪いことに的中した。自分自身ではその予感を振り払いたくて思わないようにするのだがふと脳裏に浮かぶ嫌な予感ってのは防ぎようもない。一度描いてしまえばあれよあれよでそのとおりになる。けれど今回は違った。二人の結婚、それを強く願うようになった。俺はその日、指輪をポケットに忍ばせて彼女を食事に誘った。緊張した。タイミングを見計らいながら何度もポケットに手を突っ込んでは出したりした。彼女が美味しかったと言ってニコリと笑んだその瞬間、ここだと決めて「あのさ」と切り出した俺は気づけば式場にいた。ようやくこんな日が俺にも訪れたのだ。信仰心は持ち合わせちゃいないが神を信じたくなった。誓いのキスを交わす直前、そんな俺たちの前にソイツは現れた。
プリケット・ランドロイド。ソイツはそう名乗った。俺にしてみればなんのこっちゃわからない状況の中、邪魔者に対して出た言葉が「俺たちは結婚するんだ!」だった。「いいわよ」プリケットはそう返事した。
ち が う。
「だからあん時のは誤解で俺には現実で結婚したい相手がいるんだよ!」
「でも私はシンが私に言ってるように聞こえてしまった。無垢な乙女の魂。弄んだ罪は重いわ」
「勘違いさせたならそれは何度だって謝ってやるよ! だから俺を現実の世界に帰してくれ!」
「誠意がないのよね、シン。私だって何度も言ってるけれど勝てばいいのよ。このMBRにね」
MBRそれは馬鹿げた戦争ゴッコだった。最後の一人になるまで殺しあう。生き残った一人は功績としてなんでも一つ願いを叶えてもらえるという。そんなアホみたいな話があるわけないといまだに思っている。だいたい勝者が一人ってんならこの目の前にいるプリケットもいずれは敵になるわけだ。そんなのに俺は巻き込まれていた。ようやく掴みかけた他愛のない幸せを明後日の方向からかすめ取られた俺は絶望した。何度も諦めた。その度にプリケットに助けられてきた。なんだよお前。最初から俺なんていらなかったろ。めちゃくちゃ強いじゃねえか。
「シン、私はあなたを勝手に死なせない」
本気なのか。ワリィ、俺には好きな人がいるんだ。
「あなたは私のフィアンセだから」
プリケット、俺は、俺はさ
「俺は結婚するんだって」
「そうね」
違うんだ。プリケット。でも今は。
「敵チーム発見。距離があるわよ。向こうの遮蔽まで走り抜ける。いける? シン?」
「できらああああ!」
「シン、準備完了よ」
「ああ」
「大丈夫?」
「問題ない」
「そう。はい、コレ」
「プリケット」
「何?」
「おれ、これが終わったら結婚するだ」
「フラグってやつ?」
「違う! 何回も言ったろ! 結婚式の最中だったんだぞ!」
「そうね」
「そうねじゃねえ! 絶対に死ねない」
「だからあなたを選んだのよ。生への執着。あなたなら勝てる。そう思いました」
「ふざけんじゃねえ! 泣けてきた!」
「ほんと泣き虫。でも勝ち残ってきたじゃない。見込んだとおりでした」
「あと何チーム残ってんだよ」
「運営の報告どおりなら残り20チーム。まもなくこのゲームも終わり。もう少しよ、シン」
「なあ、なんでお前は俺を助けた」
「決まってるじゃない、はじめてプロポーズされたのよ私」
「違うんだ。違うんだよ」
「いいの、言わないで。私の中ではそうなんだから」
「なんとかならないのか」
「そうね。でもよかった。あなたと戦えて。必ず勝ち残ってね」
「死なせない」
「無理よ。この傷だもの。普通こんな時ってもう喋るなとか言ってくれるんじゃないの?」
「やだよ……死ぬな」
「ほんと泣き虫で子供なんだから。シン、大好きよ……じゃあね」
いつまで泣いていたかわからない。いい迷惑だよプリケット。俺はどんな顔して結婚式の続きをやればいいってんだ。もう負けないよ。絶対に勝つ。
「動かないで」
「誰?」
「関係ある?」
「ないか」
「あなたどっち? この世界の人? それとも」
「あっち。あんたは?」
「私も」
「そう、悪いけど俺もう負けらんないから」
「私も」
「じゃあやるしかないか」
「待って」
「何? なんなの? 俺たちは誰かが一人生き残るまで殺しあうしかないんじゃねえのか! くだらねえ! そんなアホなルールの中で戦うしかねえ俺たちはバカでクソでどうしようもねえクズだ! 明日どうすりゃいいかもわからねえどうしようもねえカスだ! だけど負けらんないんだ。プリケットが繋いでくれた命だから」
「みんなで帰れるかもしれない」
「は?」
「可能性がある。なら私はそれに賭けたい。あなたがどうしたいか知らないけどもしあなたが本当にこのMBRをアホでバカでクズのカスだと思ってるなら協力してほしい」
「なんだよそれ。じゃあプリケットはなんで死んだ。もっと早くに言ってくれりゃ」
「ごめんなさい。その人のことは知らないけど残念に思う。私たちも大きな犠牲を払ってきたから」
「……菊田シンノスケ。あんたは?」
「菊田さん、協力してくれる?」
「シンでいい。教えてくれ。俺は……もう負けたくない」
「ありがとう、よろしくね。私は青咲アリス」
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