第17話 Cの血統 その2

 それは生まれながらの名もなき暗殺者。親も子もなく、ただ個として存在しながら存在しない背景を持たない者達。各々は世界に点在し、大義のために暗躍する。剣国スペーディアの勅命によってのみ行動する彼らはチェシャーと総称された。


 ダイナの任務は心臓国ハーティアに潜入しMBRに出場すること。そして皇女の首を獲ることであった。皇女暗殺は決して容易いことではない。そもそも一般庶民が謁見すら許されぬ秘匿された存在に唯一接近する手段がMBR優勝だった。勝者は必ず皇女の面前にてその望みと引き換えに忠義を尽くすしきたり。即ちその瞬間のみが刃をその首に突き立てる隙という寸法であった。ダイナにはその任に口を出す権利も意思もなくただ一刃の剣としてそこに在る。彼は任務を速やかに遂行するべく幾らかの信用を得なくてはならなかった。さも心臓国の民であるかのように擬態し、尚且つ本戦においても純然たる参加者として在らねばならなかった。一般的なごく普通の所作、参加者ならば皆がそうするようにダイナもまた美雲ユトを召喚した。しかしながらこれは誰でもよかった。システムの都合上、異界への行き先は選択できない。たまたま目についた最初の一人、それが美雲ユトだっただけである。彼はなるべく平然に行動する。良くもなく悪くもない自然な他者。強すぎず、とはいえ勝ち進むべく力のみを発揮しその戦いに溶け込んでいった。一人だった暗殺者は二人の参加者となり、やがて四人の仲間といった形をとる。だが仲間という表現は彼の中で正しさではなかった。自分以外の存在は全て利用価値に基づく道具に過ぎず、それらを活用するためにはどのような手段を用いても欺き続けただけのことである。アリスやユトに見せていたダイナという人物はこの世界に存在しない架空の性格であり、全ては大義、皇女暗殺のための過程であった。


「お前一人で俺には勝てない」

「どいて。消えて。私はユトさんを助ける」

「そいつもじきに死ぬ。お前も。ここについてからどれだけ多勢でも一人でやれた。慎重になりすぎていた。ラヴだけは直感的に厄介だと感じたが奴も死んだ。このレベルなら俺一人で優勝できる。お前らは足枷だと判断した。だからここで切ることにした」

「だから? いいからとっとと消えろよ裏切り者!」

「なら俺を倒して通れよ」

「……そんなの出来ないよ もしも私があんたより強かったとしても だってダイナ 泣いてんじゃん」


 誤算があった。それは道具であるはずだった。他ならぬ自身がそうであったはずなのに、いつからか寝覚めが悪くなった。郷の教え、国への忠誠、自身の在り方を呪うように説き続ける毎日が続いた。それを塗り替えるように彼女達が目の前で笑むから。いつしかわからなくなった。正しさとは何か。仲間とは何か。大義とは。ダイナは一つの決心を秘めここに立っていた。

 アリスに核心を突かれたその刹那、未知の感情が答えとなって表に出ていた。それが彼の隙となり仇となった。ダイナの背後には何処からともなく歪みが生じ影のようなものから腕が伸びていた。腕はダイナの首元に絡みつきそれを締め上げたのである。アリスは叫んだ。影はダイナに囁く。ダイナは思った。ヤキがまわった。かすれる声を上げてアリスに告げた。


「逃げろ! ユトを 頼む」

「ダイナ!」

「いいから行け! コイツ ハーティアの刺客だ チェシャーを始末しに た 狙いは俺だ だから行け 急所は はず てある まだ 間に合う」

「ダイナやだよ もう誰も失いたくない!」

「アリス 勝て」


 アリスはユトを背負って走り去った。振り返らなかった。それでいい。ダイナは影に向かって囁いた。

「俺は ダイナ ダイナ・マイトデッカーだ」


 爆音が鳴り響いた。アリスは一度だけ立ち止まった。怯みからではない。俯いたまま、時間にすれば数秒のこと。アリスは顔を腕で拭うと再び走り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る