第15話 ターニング・オブ・バ美ロン
「おはユトー こんユトー 毒ガス侍スパチャセンキュ ぱいたんスパチャてーんきゅーいつもありユトー……」
彼女にとってVtuberとはビジネスの一環でしかなく、またそれが自らの意思に基づいた演出というわけではなかった。美雲ユト。本名、
「あんたが撒いたタネじゃないか」
塔子の中で轟々と燃え盛っていた暴威が息を吹きかけられた蝋燭の灯火の如くふっとかき消える。掴んでいた少年の胸ぐらを解き、何を告げるでもなくその場を後にした彼女はその足で出頭した。
凡そ二年間の少年院での生活を終えた塔子は二十歳になっていた。社会に戻った彼女は真っ先に田所を訪ねる。田所は年齢と怪我の為に警察官の職を退いていた。田所はなんの恨み言も口にせず彼女を迎え入れた。会話した数時間の中で塔子は何度も謝罪の言葉を口にしたが田所は「大丈夫だよ。塔子ちゃんは大丈夫」と告げた。彼の言葉には過去を以て今はただ前を向くことが大事であるとの励ましがあった。
友海塔子は新たな生きる道を模索し、故郷を後にして上京を果たす。右も左も分からぬままアルバイトで生活を凌ぐ日々。東京に行けば何かを変えられるといった期待は安直だったと、思い返せば具体的な夢もなかった塔子である。そんな折、いつもの居酒屋のアルバイトを帰宅する途上で妙な男に声をかけられる。ナンパかと無視したが後をしつこく付き纏い、話だけでもと言って聞かないので昔の自分が出た。塔子の凄みに男は一瞬たじろいだものの「僕、こういう者です」と名刺を差し出す。男は
「あのさ、それてアタシみたいなもんでもなれんの? 前科あんだけど」
耶麻素も流石に「えッ」と声を漏らしたがある意味そういう場合のためのバーチャル体だとテキトーなことを言った。ともあれ塔子もまた上京してから初めて自らの可能性について向き合うこととなる。俄かに胡散臭い話ではあったが乗ってみることにした。
契約を交わしてしばらくは事務所スタッフの指導のもとVtuberの所作を学ぶことになる。そのどれもが自分にはないものだった。この期間は塔子にとって地獄そのものと言えたが、それも持ち前の根性と負けず嫌いな性格が弱音を許さなかったことでついに日の目を迎える。
耶麻素から「これからキミは美雲ユトだ」と告げられ、渡された資料に写っていたモデル案を見て正直に出た言葉は「可愛い」だった。翌月、美雲ユトは初配信に至る。受けたレッスンの効果を半分も発揮出来ず言葉を何度も詰まらせるボロボロの出来であったもののその初々しさがかえってウケたことで美雲ユトの人気は瞬く間に上昇し、デビュー早々にして収益化に成功する。時折、過激なリスナーのいじりによって反発し炎上しかけたりもしたけれど何はともあれ美雲ユトは人気Vtuberとしての地位を確立していく。
そんな配信者生活も起動に乗り始めた矢先、塔子は田所の訃報を知ることになる。恩人だった。彼女は悔いた。結局何も返せなかった。すぐさま帰京を果たし、葬儀に顔を出すも田所の顔を見るとやるせなさが込み上げ途中で抜け出てしまう。塔子は耶麻素に事情を説明し、しばらく配信を休止することにして実家に留まった。父親は久しぶりに会う娘に対して、かつての厳しさはなく、落ち込む様子の我が子に向けて声をかけた。
「元気でやっとんのか」
「そこそこ」
「田所さんとはワシも何度か話した。あん人、ワシらよりお前のことを分かってて、正直反省したわ。ただワシらもお前に立派になってほしかっただけなんじゃけどな」
「わかってる」
「あん人、ずっと言っとった。塔子ちゃんは大丈夫ですからて」
「わかってる……わかって……」
「頑張れ」
復帰してからは何ごともなかったかのように友海塔子は美雲ユトであった。過ぎゆく日々の中で正しさや善悪は曖昧なものとなり意味があるのかないのか分からない瞬間は巡ってくる。信念はあってもどうにもならない気怠さに参ったりもする。仮面の下は徐々に疲れを知る。そういった時間を過ごしながら美雲ユトは彼女の中で日常になっていった。
雨の中、コンビニ帰り。ユトは路肩に蹲る黒猫を発見する。傘を翳してレジ袋に手を入れてみるが猫に何を食べさせていいかが分からなかった。ごめんな、と告げ傘を置いてその場を後にしようとすると背後で声がした。
「チカラが欲しいか」
ハッと振り返って「イヤ、要らんけども!」と。
「俺と来い。美雲ユト」
「誰!? 猫!? 意味が」
「イッッ」
「何ッ! 猫ッ!?」
「ッツァ SHOWTIME!!!」
「ユトしゃああん。服ボロボロですー」
「知らん」
「ユト。腹減」
「知らん!」
気づけば知らない土地でバカを引き連れてサバイバル。この興奮が配信出来ないのは残念だったが、美雲ユトは久々に実感していた。正しさでもなく間違いでもないひとりの少女が期待した"自分"というものを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます