第15話 ターニング・オブ・バ美ロン

「おはユトー こんユトー 毒ガス侍スパチャセンキュ ぱいたんスパチャてーんきゅーいつもありユトー……」

 彼女にとってVtuberとはビジネスの一環でしかなく、またそれが自らの意思に基づいた演出というわけではなかった。美雲ユト。本名、友海塔子ともうみとうこは片田舎の縫製工場の家に生まれる。両親は塔子を厳しく育てるもそれが仇となったか十五を前にして非行に走り、地元の不良少年少女を束ねる頭目の如き存在として君臨。その王座は彼女が高校を三年目にして留年確定に至るまで続く。契機は地元警察生活安全課の老警官田所雄一との出会い出会った。田所は塔子が警察の世話になるたび向き合ってきた。両親とは違い、塔子自身の生き方を根本から否定するのでなく心理を問うような目線を合わせた向き合い方であった。塔子は田所を初めこそ煙たがっていたもののひたむきな田所の誠意に絆されて「じいさん」と親しみを込め呼ぶようになる。田所との親交の中で塔子は自身の生き方を見つめ直すにいたり、地域一帯で最強とうたわれた《友海會》は彼女の一声によって解散が宣言された。しかしながら元よりはみ出し者の集まりが馴れ合いの場を一夜にして剥奪された結果悲劇が起こる。友海會の残党となった少年グループが田所に逆恨みを抱き襲撃したのである。田所はその結果負傷し下半身麻痺の重体。責任を感じた塔子は少年グループを粛清すべく再び暴力の火を灯す。復讐鬼と化した塔子を前に少年たちは情け無く言い訳を繰り返し情けを乞うた。それでも暴走する感情に歯止めがきかない塔子は彼らを手にかける勢いだった。それは顔中が腫れあがったリーダー格であった少年の最早声にもならないほどか細い一言であったが、怒りに狂った塔子の耳にも痛切なまでに響いた。

「あんたが撒いたタネじゃないか」

 塔子の中で轟々と燃え盛っていた暴威が息を吹きかけられた蝋燭の灯火の如くふっとかき消える。掴んでいた少年の胸ぐらを解き、何を告げるでもなくその場を後にした彼女はその足で出頭した。

 凡そ二年間の少年院での生活を終えた塔子は二十歳になっていた。社会に戻った彼女は真っ先に田所を訪ねる。田所は年齢と怪我の為に警察官の職を退いていた。田所はなんの恨み言も口にせず彼女を迎え入れた。会話した数時間の中で塔子は何度も謝罪の言葉を口にしたが田所は「大丈夫だよ。塔子ちゃんは大丈夫」と告げた。彼の言葉には過去を以て今はただ前を向くことが大事であるとの励ましがあった。


 友海塔子は新たな生きる道を模索し、故郷を後にして上京を果たす。右も左も分からぬままアルバイトで生活を凌ぐ日々。東京に行けば何かを変えられるといった期待は安直だったと、思い返せば具体的な夢もなかった塔子である。そんな折、いつもの居酒屋のアルバイトを帰宅する途上で妙な男に声をかけられる。ナンパかと無視したが後をしつこく付き纏い、話だけでもと言って聞かないので昔の自分が出た。塔子の凄みに男は一瞬たじろいだものの「僕、こういう者です」と名刺を差し出す。男は耶麻素やまもとといった。この男こそ後に友海塔子が美雲ユトに転身するキッカケを作ったその人となる。耶麻素は芸能プロダクションでのマネージメント業を経て独立したばかりであった。塔子は耶麻素の説明を受ける中でVtuberなるものを知った。

「あのさ、それてアタシみたいなもんでもなれんの? 前科あんだけど」

 耶麻素も流石に「えッ」と声を漏らしたがある意味そういう場合のためのバーチャル体だとテキトーなことを言った。ともあれ塔子もまた上京してから初めて自らの可能性について向き合うこととなる。俄かに胡散臭い話ではあったが乗ってみることにした。

 契約を交わしてしばらくは事務所スタッフの指導のもとVtuberの所作を学ぶことになる。そのどれもが自分にはないものだった。この期間は塔子にとって地獄そのものと言えたが、それも持ち前の根性と負けず嫌いな性格が弱音を許さなかったことでついに日の目を迎える。

 耶麻素から「これからキミは美雲ユトだ」と告げられ、渡された資料に写っていたモデル案を見て正直に出た言葉は「可愛い」だった。翌月、美雲ユトは初配信に至る。受けたレッスンの効果を半分も発揮出来ず言葉を何度も詰まらせるボロボロの出来であったもののその初々しさがかえってウケたことで美雲ユトの人気は瞬く間に上昇し、デビュー早々にして収益化に成功する。時折、過激なリスナーのいじりによって反発し炎上しかけたりもしたけれど何はともあれ美雲ユトは人気Vtuberとしての地位を確立していく。

 そんな配信者生活も起動に乗り始めた矢先、塔子は田所の訃報を知ることになる。恩人だった。彼女は悔いた。結局何も返せなかった。すぐさま帰京を果たし、葬儀に顔を出すも田所の顔を見るとやるせなさが込み上げ途中で抜け出てしまう。塔子は耶麻素に事情を説明し、しばらく配信を休止することにして実家に留まった。父親は久しぶりに会う娘に対して、かつての厳しさはなく、落ち込む様子の我が子に向けて声をかけた。

「元気でやっとんのか」

「そこそこ」

「田所さんとはワシも何度か話した。あん人、ワシらよりお前のことを分かってて、正直反省したわ。ただワシらもお前に立派になってほしかっただけなんじゃけどな」

「わかってる」

「あん人、ずっと言っとった。塔子ちゃんは大丈夫ですからて」

「わかってる……わかって……」

「頑張れ」


 復帰してからは何ごともなかったかのように友海塔子は美雲ユトであった。過ぎゆく日々の中で正しさや善悪は曖昧なものとなり意味があるのかないのか分からない瞬間は巡ってくる。信念はあってもどうにもならない気怠さに参ったりもする。仮面の下は徐々に疲れを知る。そういった時間を過ごしながら美雲ユトは彼女の中で日常になっていった。


 雨の中、コンビニ帰り。ユトは路肩に蹲る黒猫を発見する。傘を翳してレジ袋に手を入れてみるが猫に何を食べさせていいかが分からなかった。ごめんな、と告げ傘を置いてその場を後にしようとすると背後で声がした。

「チカラが欲しいか」

 ハッと振り返って「イヤ、要らんけども!」と。

「俺と来い。美雲ユト」

「誰!? 猫!? 意味が」

「イッッ」

「何ッ! 猫ッ!?」

「ッツァ SHOWTIME!!!」





「ユトしゃああん。服ボロボロですー」

「知らん」

「ユト。腹減」

「知らん!」

 気づけば知らない土地でバカを引き連れてサバイバル。この興奮が配信出来ないのは残念だったが、美雲ユトは久々に実感していた。正しさでもなく間違いでもないひとりの少女が期待した"自分"というものを。

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