第13話 サワミヤケンゾーの世界 その2
そいつは斧でブチ破った壁の隙間に頭から首を突っ込んで、こちらを確認するとニチアと笑った。その顔つきはもはや骸骨の輪郭が露わになるほど皮膚が薄く、破れた壁のささくれに引っ掻かれて血塗れだ。恐怖と言わずしてなんだというの。私は咄嗟に手持ちの武器を構えようと背中や腰回りを
「う、うおりゃあああああ!!」
私は奴の方に向かって走り、足元あたりをかすめるように滑り抜けた。突き破られた壁の先へ!
「あ」
足首を掴まれた。
「ァアアアアアアアアァアアアアアアアアァアアアアアアアアァアアアアアアアア!!」
どこにそんな力があるのか枝ほどに細い片腕は斧を振り上げ私へと刃を目掛ける。助けて助けて助けて助けて助けて……ラヴ……
「シャアオラアアアアアア!!」
奴は高速で突っ込んできた何かに突き飛ばされ転倒した。
「間に合ったな。おニャンコゼログラビティラッシュ」
「ダイナあああ! 怖かったよぉ嗚呼」
「抱きつくな! ユトもあっちにいる。行くぞ!」
「アイツ何?」
「俺が知ってる奴ならアレはアレクセイ・シャンプウロ。第一回MBRの覇者だ」
アレクセイ・シャンプウロ。かつて、この島がまだ殺戮と狂気の舞台となる以前のこと。その知らせは彼の元にも届いていた。自由と栄光。その謳い文句に惹かれたのは彼もまた同じ。ただ道具のようにこき使われ死んでいった父や母の姿。彼はそんな人生はまっぴらだと考えていた。登録所は既に満員で我こそが自由を手にすると殺気立つ者で溢れかえっていた。斧一本を背負った彼は用紙にサインを記すよう促される。何を書いていいのか、書くとは何か。彼にはわからなかった。受付の女はため息を吐くと彼に右手を差し出すよう言った。彼は言われるまま掌を見せると女は彼の親指をナイフで切りつけた。咄嗟に手を引こうとするが力強く掴まれて、用紙には彼の血判が記された。
シャンプウロは自分が怯えていることに気づく。いざ命の取り合いなる舞台に立てば、人を手にかけたことなどない自分は三文役者。ただ彼には怒りがあった。奪われ続けてきた尊厳。文字の読み書きもままならず無知で愚かではあったが虐げられてきたことに対する怒りが。それは運とも呼べる一瞬のこと、斧が敵の頭をかち割った時、彼の中でも何かがはじけた。そこからは怒涛の勢い。彼は敵から奪った武器に持ち替えて銃を覚えた。元より戦闘のセンスを持っていたのかもしれない。また未知の試みであったMBR第一回という場も功を奏したか、シャンプウロは優勝を勝ち得たのである。
しかし彼の数奇な人生はそれで終わらない。暮らしぶりは一変した。彼の住まいは所謂上層居住区へと移される。その景色はかつての自分では見ることの出来なかった澄み渡る空気と華やかな建造物。すれ違う人々もどこか高貴な雰囲気を纏って余裕を感じた。シャンプウロは不自由を克服したのである。それは彼が夢見た日々そのものであったが彼を満たすことはなかった。
上層居住区で殺人が発生。これまでにもなかった話ではないが、連続して似たような出口でというのは類を見ない。被害者は斧で頭を砕かれていた。容疑者として浮上したシャンプウロは即刻逮捕される。幾度かの裁判の中で、シャンプウロは決して犯行を否認しなかった。MBRでの経験が齎すのは自由でも栄光でもなく殺人衝動だけだという主張を一貫して続けたが裁判官はこれを本件とは無関係な発言とし、極刑は免れなかった。
「イカれてる! なんてチカラだ。武器もなしにどうやって戦う!?」
「泣き落としとかどうでしょう!? 田舎のおっかさあああん!」
「もっとマシな冗談言え! 考えろ!」
「ダイナに言われた! もうマヂ無理ックザギャザリング」
Arghhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!
「「「んなァアアアアアアアア泣!!!」」」
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