第5話 ありがとうオタク

 誰かを撃ったという事実。それは結構重かった。私はラヴと必死で逃げながらも頭の隅にこびりついた悲鳴とトリガーを引いた指先の震えは気を散らせる。ラヴが私の目の前で倒した人の血が顔にかかった時よりもずっと重い。他人がやったことと自分がやったこととでこうも重みが違うんだって、間抜けな言い方をすれば不思議だった。相手は女の子だった。声でしか判断できないけど若い、というよりはまだ幼い感じの。こんな状況で冷静になるほうが無理筋だから、そこは若さからくる柔軟さか彼女はこの戦いに乗っかることにしたのだ。だから自分が撃たれても文句は言えない。だから私がやったことは……思考がいいように解釈しようとするけど上手く接続しなかった。

「大丈夫ですかアリス」

「うん」

「あなたの援護がなければ逃げ遅れていた。この島では先程の判断が正しい」

「違う。私は……私は感情でやった。自分たちを殺そうとしてくるのにムカついて、当てる気もなくて、でもワザと外すつもりもなくて、ただがむしゃらに、怒りで。私は……私は」

 ポロポロと涙が溢れた。泥だらけの顔。崩れた化粧なんて最早どうだっていい。こんな時誰かにそばにいてほしい。そう思うと背中に温もりが宿った。白湯川くん? 私はゆっくりと振り返る。ぐしょぐしょの視界でもわかる。ギョロ目のウサギが脚で私を抱きしめてた。腕がないからね。

「アリス、あなたがここで為すことはあなたのいた世界では考えられない無法なことでしょう。もしこれ以上戦えないというなら、私はそれでも構いません。あなたを比較的安全な場所までお連れします。そこからは私ひとりでなんとかやります」

「ありがとう。でも大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから。さっきも言ったけど、撃ち方教えて。あと蟹挟みやめて。重いから」

「これは失礼。かしこまりました。私は脚を使って撃ってるので参考にならないかもしれませんが、立ち回りくらいなら」


 ラヴは私に敵と対面した際のノウハウを幾つか教えてくれた。銃の構え方。弾道の読み方。敵位置の補足。残弾の意識。遮蔽物の利用法。退き際の判断。聞いただけでどれだけ身体が動いてくれるかは分からない。試すには実戦しかないわけで、つまりは身を危険に晒さなきゃいけない。でも逃げてばっかじゃただ死ぬのを先延ばしにするだけだ。いつかはやり合わなきゃいけないわけだから。

「のどかわいた」

「この先に滝があります。水を確保しましょう。ただ気をつけて。人の集まる場所です」

「ラヴってこのクソゲーに初参加なんだよね? 情報量凄くない?」

「いつかの優勝者に知り合いがいましてね。MBRについてはよく話を聞かせてもらったので」

「ふーん」


 滝のそばでは別のチームが先取りしていた。私たちはまだ気付かれてないけど水を汲むためには詰めるしかない。確認出来るのは一チーム。けど不自然だ。ラヴはさっき人の集まる場所だと言った。その割には無防備に身を出しすぎてる。おかげですぐ気付いたわけだけど、ラヴは釣りの可能性が高いと言った。要するに見えてる敵は餌で、近づいたが最後、どこかで狙ってる別のチームに狙撃される危険度が高いってわけ。そんなのありなの! 私はイラついたけど最終一人になるまでは共闘が禁止されてるわけじゃないらしい。チーミングって言うんだって。


ドクンッ


 心音が急に大きくなった。え、何? 私の? 後頭部に突きつけられてる。ゆっくり横を向くとラヴにも。ラヴは油断しましたと冷静に言った。黙れ。背後の誰かが言う。私も同意だよ。

「あんたらが釣り師ってわけ?」

「威勢がいいな小娘。おい、ユト。撃っていいな?」

 ユト? どっかで聞いた名前。誰だっけ。

「待ちな。ここで撃ったら、アイツらにも気づかれる。別部隊ベッチも当然いるだろうさ。もう少し警戒しよう。どうせコイツら身動き取れないんだから」

「はあん? ユト! 俺アもう我慢ならねえぜ! せっかくキャリーしてもヤルな待て待て! ああ、俺ア我慢ならねえ!」

「黙れダイナ。気付かれる」

「撃つぜ。俺アやる! KILL!」

 ユトと呼ばれた女性がダイナと呼ばれた猫? 人? をぶん殴った。その隙をついてラヴがダイナに追撃。ダイナ気絶。私はダイナに銃を構える。ラヴはユトに、ユトは私とラヴの二人に構えていた。三すくみ。

「一見おたくらのが有利に見えるじゃん? でもアタシはその黒猫の命なんかどうだっていい。ウサギ、あんたが撃つより速くアタシが二人とも撃つ。それで終わり」

 確かにそうならそう。私たちが不利だ。可哀想なダイナ。こうなりゃイチバチだ。

「ユトさんですよね?」

「は?」

美雲みくもユト。Vtuberの。はーいはわゆーおはこんばんちゅ❤︎ みんなお元気? ユトトだよ〜♪」

 渾身の完全再現モノマネ

「てめ! リスナーか!?」

「ラヴ! 今よ! 取り押さえて!」

 ありがとう白湯川ユトオタ


 

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