第2話 森の訓練所屋さん

 結果から話すと生きていた。気を失っていたもののラヴが顔面に池の水をぶっかけて蘇生してくれた。もう少し方法はあったんじゃなかろうか。とはいえなんとか生き延びた私だけれど意識を取り戻してみても愕然としてしまう。見慣れぬ景色、焼け焦げたような匂いと空気。どこかでずっと鳴ってる銃声のような音。ここはどこ? ぽこあぽこ?

「お嬢さん、大丈夫ですか?」

「っざけんな!」

 フルスイングビンタ。ラヴの頬が一瞬トランスフォーム。しかしながらノーダメージのように冷静な言葉を続けた。

「ここは先ほどまであなたがいた世界とは異なる場所です。そしてここに住む者たちはこのとおり」

 パァン……また銃声だ。

「食うか食われるかの日々を送っています。昼夜問わず。特に寝に入る夜は危険と言えましょう。昼に休息を取って寝込みを襲う者もいます。ただこれも戦略、咎めることはできません」

「待て待て。何を勝手に話進めてるの? 冗談じゃないわ。帰してよ! ウチに帰りたい!」

「それにはお嬢さんに最後の一人になってもらわなくてはなりません」

「どゆことよ」

「この血生臭きマジカルバトルロイヤルの覇者になるということです」

「なるほど。でどゆことよ」

「丸腰では吊られて終わりですからね。初心者のお嬢さんにもフェアゲームとなるよう武器屋に案内いたしましょう」

「やらないわよ! 私は戦いなんてしたくない! そもそも銃なんて撃ったこともないし撃たれて死にたくもない! お断りよふざけんな!」

「じゃあ」

 ラヴは私にキスするくらいの距離まで顔を寄せデメキンみたいなギョロ目で瞳の奥を覗き込んで言った。

「さっさと退場することです。そこ。出口ですから」

「何よ。あるんじゃん出口。性格ワルう」

 私は立ち上がって砂をはらい落とし、ラヴの言う出口の方へと歩き始めた。チュン。おやおや? スズメかな? 穿たれた地面から硝煙が立ち登る。パスンッパスパスパス!

「テメェ! このクソタレが! 嵌めやがったな!」

「残念。退場できるチャンスだったのに」

「死にたくない! どぅゆのあんだすたん?」

「残念ながら生きて出るには勝ち残るしかないのです。あなたには今行き先が二つ。私と共に武器屋に行くか。それとも蜂の巣か」

 ラヴは楽しそうに笑った。とことんな性格してる。いいわオーケー。こんなバカバカしいゲーム、私が終わらせたげる。そう言いながらも膝が震えて止まらなかった。なんならちょっとチビってた。あたまがおかしくなりそうで怖くて怖くて逃げたい。でも悲しいかなこれって夢じゃなさそう。擦りむいたあちこちが痛いし、尻もヒリヒリする。私はラヴの後についていくしかなかった。


 汚い小屋。看板には「白痴銃刀店」と書かれてる。ラヴが戸を開けると埃臭い匂いが鼻の奥に突き刺さった。牢屋みたいな格子の向こうに太りすぎたネズミが座っている。シルエットが人をダメにするソファみたいだ。

「よう! ラヴ公! まだ死んでなかったか? ヘッヘ」

「黙れドブ野郎。マシンガンとピストル、予備のマガジン、それから軽めのナイフ。……そいつをそうだな。そのバッグに詰めてくれ」

「あいあい。じゃあシメて六〇〇万コインだね」

「ミハイロヴィチ。長いこと会ってない間にずいぶんと洒落た冗談を覚えたじゃないか」

「こちとら冗談なんて言ってねえさヘッヘ」

 ヘラヘラと下卑た笑いを浮かべるネズミに対してラヴは格子の隙間から丸太みたいなふっとい脚を突き刺した。ネズミは壁面まで吹き飛んで壁に掛かった武器がガシャッと崩れ落ちる。ネズミは吹っ飛ばされながらも咄嗟に両手で何かをキャッチしていた。手榴弾パイナップルみたいなやつ

「ぼ、ボケがあ! テメェだって吹き飛ぶぞイカレクソウサギが!」

「は? おいラヴ! どーゆーことだってばよ!」

「お嬢さんはお静かに。私、今ネゴシエイトの時間です。ミハイロヴィチ、いくらだ。コッチが出せるのはそうだな。この女子大生が使用済みのストローってとこか」

「ちょと待てクソウサギ! もしかしてそれ私の使」

「し、仕方ねえなヘッヘ」

「ウサギがクソならネズミはヘンタイだなぁ!」

 

 ともあれ私はミハイロヴィチから武器を手に入れた。尊厳と引き換えに。

「お嬢さん? 機嫌が悪そうですね」

「タリメロ! あんなドブネズミが! いや容姿のことはあんま言っちゃいけないけどでも私が使ってたストローを……クッ、目の前でペロペロ……チクショウ、チクショウ」

「ご安心なさい。アレはフェイクです。生きとし生けるものは妄想を餌に明日を感じれるのですよ。プラシーボ、とか言いましたかな」

「それはなんかちょっと違うくないか。ホントに偽物なんでしょうね!」

「さてね。猫のみぞ知る鼠の味噌汁シューレディンゲルというやつです」

「わけわかんねえこと言ってはぐらかすなッ!」

「さてと、装備も用意出来たところで少し練習と行きますか」

「銃の練習ってコト?」

「そうです。装備があっても持っているだけではマネキンと変わりませんからね。この先に"森の訓練所屋さん"という施設があります。そこで的を撃つ練習をしましょう」

 私はラヴに言われるがまま森林地帯まで向かった。もちろん、いつ何時弾が飛んでくるかわからないわけでラヴの指示する物陰の多い場所を通る。それでも身を晒さねば渡れないところもあって、その瞬間はどうにもラヴに騙されて撃たれかけたのを思い出してしまい心臓はバクついたし、尻の穴はヒュンヒュンした。同時にあそこで撃たれかけていなければこの状況に危機感を持てず早急にくたばっていたかと思うとこの気色悪いバケモンの背中が何故だか大きく見えた。まあマジでそれなりにデカいんだけど。

「なんで私なわけ」

「この世界に連れてこられたのが、ということでしょうか? まあ、偶然ですね」

「はあ?」

「暇そうだったので。世界で一番」

「っざけんなよッ」

 と口では言いつつ言い当てられた感の虚しさよ。顔のいい男と一緒にデートしてる自分を好くためだけの虚無。ガワをどれだけ見繕ってもこちらに向いた視線はこの筋肉脚ウサギだけだったわけである。悲しすぎるくらいに私はきっと退屈していた。そこから逃げることもかなわずただの呼吸袋スーハースーハーだったわけですわ。こんなとこ、早く抜け出して帰りたい。帰りたいはずなんだけど次に浮かんでくるのは一体どこへって疑問なんだよな。

「もうすぐです。いいですか? 死なんとってくださいよ」

「いや意味がちょっとよく」

 ラヴは森の入り口でしゃがみ込み脚先で何かを弾いた。途端カラカラカラカラと音が響き渡り、まるで森の木々が嫌らしく笑っとんのかと思うともっと嫌な音が耳の横をかすめた。

パスンッ! パスンパスパスッ!

「ラヴ! ここってなんか可愛らしい名前の訓練所屋さんなんだよね!?」

「ええ! 代金は魂です!」

「チクショーーーーッ!」

 コウメ太夫、行きます!

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