アリスのマジカル・バトルロイヤル

川谷パルテノン

第1話 ウサギに穴に落とされて

 二人で入ったはずの喫茶店。私はストローを咥えて息を吐き、飲みかけのオレンジジュースを泡立てた。そうすれば「はしたないよ」「行儀が良くない」なんて注意くらいはしてくれるだろうと期待したから。それでも彼、白湯川さゆかわくんはコッチをみない。ハマってるYouTuberだかVtuberだかの動画をずっとスマホで流して眺めてる。彼女とのデート中にワイヤレスイヤホンつけっぱなしの男なんておるんか。いやここにおるやろがい。白湯川くんは終わってる。それでも私は席を立たずに頬杖ついて彼の顔を眺めてる。顔はいい。悔しいけど顔はいいのだ。それ以外でどんなにクズでも顔の良さというのはステータスの高さだ。やんなっちまう。とりあえずいろいろ考えるのはやめてこの完成美を眺める。逃避。

「お嬢さん」

 渋い声がした。歳は少なくとも五〇代、ロマンスグレーと口髭の似合いそうな。私は声のした右隣の席に振り向いた。大きな兎の頭から、人間の割りかし鍛え上げられた筋肉質な脚が生えている。私はストローに肺の中の空気を全部発射した。雫垂れ落ちる冷えたガラスコップの内側、残った橙の液体は跳ね返り、私の顔へと飛び散った。

「なあああああんじゃいわレィィィィッッッ!」

 私は刹那、ハッとした。白湯川くんの前では淑やかな女構築済みエディション。素の雌叫びが出てしまった。けれど白湯川くんはまだ動画を見ながらニヤけていた。ありがとう高気密性遮音高級イヤホン。ちょっと寂しすぎるでしょ。いやいやいや違う違うそれどころじゃないぜ間抜けメンズ。バケモンがおるやろがい。そこに今そこに。

「お嬢さん」

「ヒッ」

「私、お嬢さんを迎えに伺いましたラヴと申します」

「ラ……ヴ」

「イッッッ」

「ナニナニナニナニナニィッッ!」

「ッツアSHOWTIMEッッ!」

 あ、と思ったのも束の間。底が抜けた。同時に腰も抜けた。私はそのままウォータースライダーの要領で長いトンネルのような管を滑り落ちる。座っていた椅子は途中で摩擦抵抗に耐え切れず砕けて候えども次は私のケツがマッチ棒。

「焼げるぅうううううううううッッッ」

 長い長いめちゃくちゃに長い。火だるまになる待って待って。

「お嬢さん! ヘイ尻! 尻を浮かすのです!」

「ラヴ! わかったわ! どうやんの!」

「こう! ここを! こうこう!」

「わかんないわかんない! わかんないよ! 焦げるぅううう!」

 筋肉脚兎もといラヴはしゃーなしと言わんばかりに私に膝蹴りを一発くれてくれた。ウッと息の詰まる声が出ると体が浮いて管の上の部分に頭をぶつける。気持ち悪すぎて全部吐いた。気を失いそうだ。ラヴはそのまま私を良き方向に蹴り飛ばした。私はピンボールの玉、誇り高きピンボールの玉! やがて光が差し込んだかと思うとスカイダイブが始まった嘘でしょ。

「さあお嬢さん! どこに降り立ちますか! 指示を!」

「バイバイお父さんお母さん、バイバイ白湯川くん、バイバイみちえあゆひろみかえでさやかゆきちひろ真田やま」

「指示を!」

「ここ! ここここここここコケーッコッコ!」

「オーケー」

 ラヴは太い脚で私を蟹挟みすると指示通りの方向へと直滑降を開始。目ん玉と内臓がパージしそう。

「死ぬーーーーーーーッ!!」

「イキマスヨーーーーッ!!」

 私が指示したのは切り立った岩山。何がオーケーだ。登場人物全員バカ。バカバカバカバカ私ィッッ! オフコースの『さよなら』が止まらない。もう……おわりだね。やかましわ。

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