149.ラストダンスは一瞬で。


 もう何度目かも分からない鍔迫つばぜり合いから、片手が柄から弾かれる程押し飛ばされた。


「クソ!」


 弾かれた手で地を掴み、勢いを削ぎながら前を見る。既に跳んで間合いを詰めていた裁が、諸手で頭上へ構えた剣を振り下ろした。私は咄嗟に両手で柄を握り直し、脳天へ迫る刃を受けながら膝を着く。


「しつこいねん!」


 裁は怒鳴ると、上げた左足で私の腹を蹴り飛ばした。ハイヒールで容赦無く放たれた蹴りに内臓を潰されるかと思いながら地を転がされ、尾で宙へ跳び上がる。喉を駆け上がる血を吐きながら身を翻し裁の頭上を取り、意趣斬りと言わんばかりに剣を振り下ろした。


 裁は驚いたのか僅かに目を見開きながらも、透かさず剣で受け止める。そのまま体勢を崩せるかと思いきや、びくとも出来ないまま着地させられた。また押し返されるものかと即踏み込んで、鍔迫り合いに持ち込む。裁は後ろへ空足を踏むも、忌々しげに私を睨んで拮抗して来た。


「全くおんなし立ち回りするもん同士、分かれ目は得物と先にどれだけ傷を与えたか! あんたはもう死にかけや! ジリ貧なってやられる分かってんのに、何で諦めへんねん! 何でそんな無謀なっ……。あたしの為にそこまでするんよ! あんた見てると兄さんチラついて気に障るんや!」


 踏み込んで来る裁に潰されまいと、足を引いて重心の位置を変えながら怒鳴り返す。


「だったら! 生かしてくれたお兄さんの為にももう止まれ! 死んで変えられるものなんて虚しいだけで、そもそも疾うに手遅れなんだよ! もっと他にあるいいやり方を見つけられなかった怠慢を、土壇場で死んで補おうなんて甘えんじゃねえ! 私と違ってお前は一度死んだらそれきりの命だし、こんな所で躓くような馬鹿じゃないだろ!」


「知ったような口利くな! 自殺繰り返しとったあんたに言われたないねん! あたしはもう正義の味方なんて信じへん! 一人で成して、一人で救う!」


「だから何でそう思い込むんだよ! あれだけ冴えてた頭はどこに行っ」


「だって兄さんが殺された時、誰も助けてくれへんかったんやから!」


 胸を抉られるかと思った。


 裁はもう私が見えていないような、自分を呪う為の言葉を吐く。


「せやからあたしが何とかせなあかんかったのに、それが出来でけへんかった! どないしたらよかったんやろって今でも思う! もうそないな事考えたなくてここまで来た! それを今更ぽっと出のあんたなんかにひっくり返されて……! また無力を思い知るなんて、冗談やない!」


 砲弾をぶち当てられたような衝撃が襲った。余りの凄まじさに視界が白く飛び、急激に景色を取り戻すと、ビビットオレンジの血の豪雨の中立ち尽くす裁を浮き上がらせる。


 私は空中にいた。血を吐きながら、後ろへぶっ飛ばされて行く真っ最中。


 私を押し飛ばした刃の行方は、裁の首元。


「あたしはもう弱くない」


 己の首を刎ねるように諸手の『親喰おやばみ鬼鶴おにづる』を構えながら、裁は言う。


「この願いを、この贖罪を果たす」


 裁が死ねば、夭折の魔法をかける形で裁の体内に居座っている芋虫の悪魔を殺し切れる。


 だが駄目だ。そんなのもう魔法使いの引退じゃなくて、絶対的な凶器を手に入れての自殺じゃないか。


「ばかやろっ……!」


 まだ宙を掻いて使えない足の代わりに、尾で地を掴むと裁へ跳んだ。肩が外れそうな程、裁の両手へ柄から離した左腕を伸ばす。


 右肩から左側腹部へ息も忘れる痛みが走り、視界をビビットオレンジが埋め尽くした。ぶちまけられたペンキのように景色を塗り潰したそれはあっさりと飛び散って、遮られていたものを露わにする。


 私に袈裟斬りを放っていた裁と、目が合った。


 私と己に向けた底無しの憎悪と、頑迷に過ぎないと分かっている覚悟の宿る目で、裁は頭上へ『親喰おやばみ鬼鶴おにづる』を振り上げる。


「失せろ。兄さんの亡霊」


 芝居。私を無防備に引き付ける為の。


 膝を着いて崩れながら覚る。


 この土壇場で一芝居とは。千両役者だよお前は。そんな振る舞いされちゃあ、頭より先に身体が動く。ああお前は、そうまでして報いたいのか。自分の無力と、お兄さんに。


 私にだって復讐したい奴がいるんだ。もう果たした所で、この虚しさは拭えないかもしれないけれど。


 垂れ下がった右手の剣を、刃を空に向けながら左側腹部へ、左手は鍔辺りに添えるように運んだ。体勢は崩され既に剣を振り出されている以上、下手に鍔迫つばぜり合いへ運ぼうとしてもまた押し飛ばされてしまうだけ。もう踏ん張る体力も無いのは崩れたこの身で、嫌ってぐらい分かってる。


 だから一瞬。


 地に着いた両膝で、もう一度踏ん張る。これで最後だと全身全霊を奮い立たせ、途切れそうな意識を引き留める。芋虫の悪魔の二つ目の魔法で模倣されたのは、今裁に見せているあらゆる技。つまり今から見せる技なら、裁も知らない。


 ずっとこの時を待っていた。それは私が知る限り、既に放たれた剣を返せる唯一の技。怪物狩りが仕事の狩人には無用に等しい、然し阿部さんが最も得意とした最速の剣。


 脳天に刃が迫る中、左手に収まる格好で現れた骨が刀身を包む。続けて出現するベルトのように腰に纏わり付く皮の帯に支えられ、剣を収めるような形となった骨に裁は目を見開いた。分かったのだろう。この、鞘が無ければ使えない技の名を。


 中腰程度に立ち上がった私に打ち払われた『親喰おやばみ鬼鶴おにづる』が、遥か頭上へ跳ね上がる。裁が己の両手が空になったと気付いたのは、ビビットオレンジの血の豪雨に躍る『親喰鬼鶴』が、沈む間際の夕陽に閃いて漸く。


 既に骨の鞘に『餓牙がが獄送ごくそう』を収めている私は、同じ構えから走らせた。鞘から放つと同時に相手を斬り付け決着させる対人剣技、抜刀術を。


 真一文字に駆ける一閃が、裁の胸元を捉える。悪魔らいに叩き込まれたと思えない異様に浅い斬撃は、血を噴き出させるも致命傷には程遠い。


 狙いはそれじゃないからだ。『餓牙がが獄送ごくそう』とは、悪魔を起源とするあらゆるものを斬れば、食らい尽くして破壊する。故に裁を斬った時、真に致命傷を与える対象とは。


 夭折の魔法をかけながら未だ裁の中に居座っている、芋虫の悪魔だ。



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