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148.皆頭をやられてる。


 ……親を喰った、鬼の鶴。


 きっと自身から取った名前だろう。性能だけでなく丈と言った外見も変わったのは、裁の付与の魔法エンチャントによる加工か。あいつの兄が『大悪だいあく屠りの番狂わせ』を売人から買い取ったのも、付与の魔法エンチャントを使う裁家が扱いやすいようにという配慮かもしれない。そして『餓牙がが獄送ごくそう』がベースになっている以上接触の度互いの破壊性能を潰し合うので、互いに骨の剣へ格下げを食らう。両者の身体へ直接叩き込むまで、決して決定打になり得ない。つまりこの戦いを決めるのは、如何に優れた魔術や魔法を持っているかで無く剣の腕。


 そんな事じゃなくて。


 裁だって言っていた。自分とは間違ってると。劇場支配人の悪魔にペラペラと自分の出自を喋られた時は、それは不快感に耐えて黙りこくって。私にだって何度でも、間違ってると言葉を突き付けて来た。


あがないじゃないか」


 いつの間にか、立ち尽くしていた私は零す。


「裁家から逃れようとした兄が、両親諸共芋虫の悪魔に殺された。お前は芋虫の悪魔を殺して仇を取った。それでも足りなくて魔法使いになって、本当に魔法使いから逃れる為にここに来た。どうして芋虫の悪魔を殺して自分だけ夭折の呪いを受けた時、それを満足としなかったんだ? その時点でもう妹さんは、裁家から切り離されたのに。違う。お前は、魔法使いを引退したいのは妹さんの為だけじゃない。お兄さんへの贖罪もあるんだ。あの時自分が、もっと早く芋虫の悪魔を殺せてたなら、お兄さんを死なせずに済んだのにって。養子の手配をしていたようにお兄さんとはお前ら姉妹を守る為に、芋虫の悪魔を殺そうとしたんだから」


「だからあたしはあんたが嫌い」


 裁は挑発的に笑った。


「置いて行かれる人の気持ち一生理解する気が無いし、それを正しいて本気で思てんやから。せやからあんたの救いなんか絶対に願い下げやし、自分の力で願いを叶える。その為に背負って捨てた、肩書と生涯や!」


「……何を偉そうに」


 私も笑えて来て、柄を握り直す。


「お前も死んだ家族に振り回される、哀れな一人ぼっちじゃねえかよ!」


 何の為の戦いなんだろう。


 互いに飛び出し、最後の剣戟が始まる。


 ビビットオレンジの血の豪雨と、辺りで漂う粉塵と霧の中、火花も散らさない骨の刃が、ひたすら打撃音を撒いて風を切る。誰もいない地に、私達の足音ばかり鳴り渡る。


 意味なんて無い。


 裁。そんなに自分を責め立てても、誰もお前が望んだような許しは与えてくれない。お兄さんはもういないんだ。恨みをぶつける事すらしてくれない。お前がそう必死にならなければならない通りに、お兄さんがお前を恨んでいるのか確かめる術すら無い。どれ程身を削ろうとお前が望むような結末は、どこにも転がってないんだよ。


 なんて言った所で、分からないんだろうな。こいつの自暴自棄の起源は愛情だ。助けられるだけで何も返せなかったと罪悪感に憑り付かれたこいつとはどうしても、お兄さんに報いないと気が済まない。


 馬鹿な事だ。渡した愛情がその通りに受け取られるなんて本気で信じてる。家族を憎んだ事が無いお前は知らないんだろうさ。どれ程愛していようとどう取られるかは、相手次第でしか無い事を。


 私の話を聞いてなかったのか。殺してやっても気が済まない程、私は家族を憎んでるって。両親は私を愛してた。でも私はそれを受け入れられなかった。感情っていう、罪でもなければ罰する事も出来ないものを振り翳して、魔術師という身分を、悪魔喰らいの孫となる私を産んだ事を正当化しようとしたあいつらが、堪らなく卑怯で不潔に見えたから。


 愛情の正体なんてこんなもんだ。勝手に各々で姿形を変えるくせに、誰しも正しいと信じてる。人間が抱える荷物の中で、最も不要なものだ。頭のいいお前まで、こんな下らないものに正気を失ってるなんてがっかりだ。


 そう告げた所で、言い返されるんだろうな。あんたは親にほったらかしにされてグレただけ。歪んでんのはあんたの方。人とはそないに清潔やない。赤の他人やなくて、自分が好きなものの為に生きるんが、普通なんやから。聖女のあんたには分からんわ。


 だからって好き放題やってるから、お前みたいな奴が生まれるんだろ。何も悪くなかったのに悪人扱いされちまう、そうならざるを得ない道を無理矢理歩かされる理不尽が。


 何でそうなっちまうんだよ。お前は確かに魔法使い。でもこの街を二度も救った英雄で、今だって誰かの皺寄せに振り回されて苦しんでる、ただの可哀相な女の子じゃないか。何でこの街の魔術師も世間の連中も、こんな事になるまで分かってやれなかったんだよ。誰だって、寂しい思いなんてしたくないじゃないか!



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