146.二本の異形


 崩れ落ちていく二本目の『餓牙がが獄送ごくそう』が躍った。


 身動みじろぐ程鮮やかで誰かに似ているその剣筋は、私を両断しようと眉間へ走る。


 息を呑みながら刃で受けた。衝撃を流し損ね、後ろへ二、三歩空足を踏んでやっと踏ん張る。交わる刃の先で私を押し潰そうと冷徹に迫る裁が、本当に裁なのか信じられない。


 剣の扱いが異様に上手いのだ。ゴーレムの騎士から奪った剣で打ち合った時と比にならなければ、〝不吉なる芸術街〟一の剣士と名を馳せた阿部さんから習った私を今、圧倒した程に。


「なんっ……」


「及第点やな」


 言語化出来ないまま零した動揺を、裁の冷えた声と、私を押し飛ばした剣に遮られる。


 堪らず上体を倒して柄から放した右手で、足と共に着地した。吹き飛ばしの威力を削ごうと地を掴みながら滑走するも、距離を詰めて来た裁が再び剣を振り上げる。


 尾で直上へ跳び上がった。裁の頭上を取りながら剣の間合いを逃れつつ、両手で握り直した剣を裁の背へ振り下ろす。


 腰から項へ駆け上がるように迫る一刀を裁は振り向きもせず、宙を掻いて終わるだけとなった己の刃を踏み込みながらまま打ち下ろした。訝しむ暇も与えないまま剣を地に突き立て、それを支えに逆立ちするように地を蹴り上げる。ドレスの裾を引き連れ飛び上がると、踏み込みで作った空間できっちり私の剣を往なしつつ見据えて来た。


 裁と目が合いながら戦慄する。


 明らかに対人用の剣技じゃない。


 この曲芸のような動きは、怪物を相手取る狩人特有の立ち回りだ。そして、私を押し飛ばしたあの鮮やかかつ凄絶な剣筋と重ねた誰かは阿部さんだ。裁は今し方、確かに阿部さんと似た動きをやってのけた。


 逆立ちと同時に柄から離されていた裁の左手が、押し込むように柄頭を殴り付ける。その勢いで裁は更に高く跳んで剣を置き去りに翻り、私と向かい合うように距離を取って着地した。


 私は左肩から着地すると独楽のように身を回し、裁と対面になるよう飛び上がる。両足が地に着いた頃には、裁に置き去りにされた剣が消えていた。


 ……いや、どろどろに溶け切ってる? あった筈の位置にはただ泥のような塊が、汚らしく瓦礫に貼り付いていた。


 前触れも無く駆け寄って来たおぞましさに息を呑む。


 泥じゃなくて、溶けた肉に見えたんだ。


 何でそんな想像をしたのか分からない。けれどあれは、まるで羽化しようとする蛹から漏れた、ドロドロに溶けた幼虫の頃の身体に見えて。


 かと思えば、泥とも肉ともつかないそいつが消えた。錯覚かと思う程唐突で、気を取られた隙に左足で踏み込んで懐に潜り込んで来た裁が、右脇に溜めるように両手で構える、今消えた筈の刃を放つ。


 寸分違わず眉間を狙われた一閃に、最早倒れるように左へ身を倒した。間一髪で間に合った回避は切り落とされた数本の前髪とびんを引き換えに身を守り、私は柄から離した左手で身を支えると、まま左方向へ尾で大きく跳び退く。裁の右半身を捉えるように立ち上がると、裁は僅かに持ち上げていた右足を下ろし、私へゆったりと横顔を向けた。


 違う。


 必死さの余り息を止めていたと気付いて、激しく呼吸する喉と胸の痛みを感じながら思い知る。


 あいつは私がこう動くと分かって、敢えて追うのをやめた。奴の踏み込みは左足で済んでいる。それでも右足が浮いていたのは、既に十分に私を収めている間合いを詰める為で無く、逃げようとする私を蹴り飛ばそうとしたからだ。確信がある。それ以外に、今の裁の動きに狙いは無い。


 阿部さんに似ていると思っていたが違った。奴が真に再現しているのは、コヨーテの尾と阿部さんから習った剣、曲芸染みた動きを織り交ぜて立ち回る私の技だ。でなければ今と言い背から斬りかかられた際の回避と言い、知覚が並ばれた私の動きを、ああも鮮やかに捌けない。


 意味が分からない。そもそも『大悪屠りの番狂わせ』は、敵を模倣する魔術じゃない。流れ旗よりまだ新しい時代に生まれたので名を呼んで開示する姿を取ってはいるが、その内容は全く現代の魔術に当てはまらなければ、流れ旗よりも廃れて使われない。ただ憎む眼前の敵を、殺してしまえればそれでいいのだ。魔法使いへの復讐という、魔術師の起源を体現したような魔術だから。


「確かに兄さんが売人から魔術とその情報を買い取った。兄妹で一人だけ歳離れとった人やから、当時で丁度あんたと同い年」


 全く腹の読めない静けさを纏って、裁は切り出す。



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