145.稀代でも天才でも、届かなかったもの。
私はそのまま体感的に、五秒は固まっていた。
現実には魔術師として叩き込まれた知識が、心を置き去りに瞬時に状況を理解する。
私が使った旧式魔術。
劇場支配人の悪魔と単身戦うつもりだった際、裁の情報を街の外に漏らさないよう仕掛けたあの流れ旗。
あれは劇場支配人の悪魔も言っていたように、アンティークな隠匿の魔術だ。今時わざわざ、魔術陣を描かなければ働かない魔術なんて使わない。そう言えばそんな骨董品の正体を、劇場支配人の悪魔よりも先に裁は見抜いていた。私が『一つ頭のケルベロス』の切っ先で遊んでいるように見せかけて、実は魔術陣を描いていたと。
驚いたものだった。一体こいつの頭とは、どれ程出来がいいのだろうと。でも考えてみれば、奇妙である。魔術陣を要する魔術など、どうして現代の魔法使いである裁が知っているのだ。
幾ら何でも陣を描けば動き出す魔術より、
確かに裁は魔法使い。稀代かつ最強の
奴の願いは、魔法使いを引退する事。この傑出した肩書の群れも全ては、願いを叶える為に手に入れた力によって生まれた副産物。そうこいつは何も、魔法使いの頂に立つ為にここにいる訳じゃない。魔法使いから逃れる為だ。ならば最初に考えた筈だ。自分の家に憑り付いた、芋虫の悪魔の殺し方を。こいつさえ殺してしまえば裁家は解放される。未だ囚われているものの、裁はその過程までは達成させた。つまり裁は、遥か以前に体得しているのである。悪魔を殺す術を。
そして悪魔とは、人間の苦しみを娯楽に生きる者。故に人間を魔法使いにしては、悪魔と取引してまで叶えようとした願いの為に苦しむ様を眺めて楽しむ。だから悪魔らも取引の際のルールを設け、魔法使いが自分達に歯向かえないよう、上等な魔法は貸し出さない。つまり魔法使いが、悪魔殺しに適する魔法を所持している事は無い。それでも悪魔を殺すには。それでも、悪魔を殺すに適した方法とは。
それは偽物。魔法使い退治の為に人間が磨き上げて来た、正義を
悪魔と魔法使いを否定する、魔術師だったんだ。
意を決するように、目を開けた裁は告げる。
「『
裁の握る『
私は思わず大きく跳び退き、着地した先で瓦礫を吹き飛ばしながらその後退を四度重ねる。すっかり小さくなった裁を視界の中心に捉えつつ、私の手にある『
あの魔術は知っている。
知っている技を見せられているのに、動揺が止まらない。
「……どうして私を毛嫌いするのか漸く分かった、悪魔
落ち着け。怒鳴ってどうなる。
分かってるだろう。あれは、『
いやだから、一体誰にそれを習った。裁家は魔法使いの名家。全ての魔術師から目の敵にされていた脅威だぞ。
違法魔術の売人。
魔法使いを殺し過ぎて仕事を失った一部の魔術師が、薬物紛いの魔術の偽物を売り捌き食い繋ぐ為に生まれたふざけた商い。
そんな連中から魔法使いへ魔術が漏れていても、不思議ではないんじゃないか?
もし売人が、引退したいから悪魔を殺す魔術を教えてくれと魔法使いに頼まれたら。授業料は吊り上げ放題のやりたい放題、何せ相手は藁にも縋る思いでやって来た魔法使い。かつての宿敵である商売相手への怨嗟も積もって、それは大金をせしめるぼろ儲けとなっただろう。断る奴なんていやしない。その為に奴らとは在るのだから。
それでも裁家の没落とは十年前で、当時の裁は六歳かそこら。流石の奴もその年齢から、あのような聡明さを持ち合わせてはいないだろう。かつて私がそれぐらいの歳だった頃だけは、
じゃあ一体、誰が裁に魔術を教えた。流出経路は売人で間違い無いが、それを利用したのは誰なんだ。
「兄か」
口を
嫌な事にばかり冴える頭が導き出した答えに苦しむように、制御を失った心が叫ぶ。
「裁家の没落を図ったお前の兄が、お前に悪魔殺しの魔術を教えて芋虫の悪魔を殺させたんだな!」
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