144.理想はいつも程遠い。
「『
最後の由縁を切り出す。
裁は焦燥を滲ませつつも私を見る。少しでも距離を取るべきと考えたのか、目が合うなり微かに後退った。
こいつに対しこうも明らかに優位に立つのは初めてで、つい嗜虐的な笑みが止まらない。
「『
裁は動揺の余り声を荒げた。
「いや待て。ただそれだけやったら、あんたの知覚が怪物に追い付けるようになった理由が無い」
「お前が今日殺した魔術師の中にいた」
あれだけ頭の回転が速い裁が追い付けず、あっさりと黙り込む。
「親殺しの〝魔の八丁荒らし〟と悪魔の間でも有名人だったお前とは、今日まで自分を魔法使いとして扱って来たんだろうよ。だから吸血鬼になろうとも、狩人についての知識は浅い。悪魔を超える知覚を持つ怪物を、どうして人間である狩人が狩れるのかについても」
私が何を言おうとしているのか、裁はまだ気付けない。ただ言葉を待って見据えて来る。
柄から離した右手で、軍服の胸元のボタンを開けた。首元がよく見えるように緩めた軍服を掴んで引っ張ると、頭を左へ傾ける。肩甲骨から鎖骨辺りまで伸びる水墨画調の入れ墨が分かったのか、裁は目を見張った。
「
裁は息を呑んだ。私が何を言っているのか、漸く分かったらしい。
「こいつが形見になるなんて思わなかったさ」
軍服を掴んだままの右手で、
「妻はいたけど子供はいない人だったから、私の面倒に困ってたよ。魔術師としても元狩人だから、ちゃんと指南出来てるか自信が無いって零してた。だから狩人時代に狩った怪物のコレクションの中で、最も上等なものを
右手を柄に戻し、正中線に剣を構えた。
「私がずっとなりたかったのは、
刃の向こう、ビビットオレンジの血の豪雨に掻き消えそうな、生涯分かり合えないだろう相手を見据える。
そう分かっているに、口走ってしまう。後悔なんて一つも無いのに、確かに寂しい事でもあると知ってしまっているから。
「鉄村も置いて、
地を蹴った。
渾身の力を乗せた剣を、眼前に捉えた裁へ振り上げる。
劇場支配人の悪魔が私に服従の魔法をかけたきっかけは、〝患者〟となった
故にこの一刀で終わる。
一切の誇張無く、この
決着が脳天へ振り下ろされる中、動けない裁は目を見開いた。磨き上げた
骨同士がぶつかる、聞き慣れない打撃音が上がった。柄から腕、肩へと抜けていく衝撃を他人事のように感じつつ、眼前へ釘付けになる。
二本目の『
それを両手で握った裁が、切っ先を地に向けるように構えたそいつで、私の『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます