123.知り得る限りお前が最強!


「カッハッハッハ!」


 劇場支配人の悪魔は額に手をやって笑い出した。


「いや、俺は初めて見たぜ!? 吸血鬼の〝魔の八丁荒らし〟と、悪魔らいの魔術師が手を組むなんざ! ああ、ああ、素晴らしい! こいつは仲間の悪魔連中にも生涯の自慢になる! あーァこの街に来て本ッ当に正解だった……! 心底から感謝するぜお前ら! 生まれて来てくれてありがとう! 今日ばっかりは神にキスしたっていい!」


 悪魔が怪物の知覚を超えたんだ。何度瞬きしても消えない光景に、無理矢理受け入れさせられる。怪物達が悪魔に淘汰されず今日まで生きている理由を、こいつは覆した。


 思考が止まりそうになる。だがそれは許されない。劇場支配人の悪魔は生きているんだ。裁が全力で作った囮も、私が自傷を厭わず放った渾身の『一つ頭のケルベロス』も、難無く躱して。一体どうやって。さっぱり見当が付かない。……いや、理屈の上では、簡単な話なのか?


 悪魔にも出来のいい奴と悪い奴がいる。裁に夭折の呪いをかけた芋虫の悪魔だ。奴は人間にも相手にされかねないような、悪魔の間でも笑われ者の出来損ないだった。故に裁家に寄生するような真似をして、裁千鶴という、稀代の〝魔の八丁荒らし〟を産み落とした。


 私の父が死んだきっかけとなった最後の戦いも、相手は上等な魔法を貸し出されていた〝魔の八丁荒らし〟だったじゃないか。要は劇場支配人の悪魔とは上等な悪魔という事だ。今朝からツイてないツイてないと内心繰り返して来たが、ここでとうとう最悪を引き当てた訳である。それは単純明快な、私自身が原因で。


「もう一回囮作るんはもう無理よ。精度が出えへん」


 裁が素早く零した。目元に疲弊が濃く滲んでいて、余裕が無いと一目で分かる。


 すぐに言葉を返せないまま、裁から右腕を離した。くわえていた『一つ頭のケルベロス』を掴むと正中線に構え、劇場支配人の悪魔を見据える。


「……笑えないな」


「気勢が落ちたんじゃないかお前達?」


 劇場支配人の悪魔は口の端を吊り上げ、毒々しく笑った。


「どうした。俺を殺してハッピーエンドじゃなかったのか? 次の手を見せてみろ。お前らならまだまだ俺の想像を超えられる筈だ。何せ俺が見込んだんだからな! ほら次こそ当てられるだろうさ! さっさと突っ立ってないでかかって来い!」


 死んだように静まり返る瓶の中、劇場支配人の悪魔の声だけが音となって消えて行く。


 私の沈黙に引きられるように、裁も喋らない。お互い必死に勝ち目を探している最中で、皮肉を吐いている余裕が無い。


 劇場支配人の悪魔はそんな私達に、爛々と輝かせていた目を曇らせた。


「……何も無いのか?」


 拗ねた子供のようだった。眉をハの字にすると、ふらりと一歩踏み出して来る。


「嘘だろ? これで終わりなんて言わないでくれ。七ヶ月も我慢して、やっとこの日を迎えたのに……。もっと楽しもうぜ! なあ!? 黙ってないで何とか言えよ! 冗談だろ、こんな素晴らしい日に、再び会えるなんてとても思えない……!」


 そう劇場支配人の悪魔は声を震わせると、顔を覆った。


 ……泣いているのか? 肩が震えている。劇場支配人の悪魔はそのまま上体を折り、指の間からブツブツと喋り出す。


「俺はもう何百年も退屈してたんだ……。人間達が起こす数多の革命と、星の数にも劣らない諍いをずっと見て来た。その瞬間こそ満たされても、腹に穴が開いてるみたいで続きしゃしない。もう飽きちまってたんだよ、ありふれた奴らの営みに! それに気付く為だけに、一体どれだけの時を浪費したか……。何か新しい発見は無いかと、この世を何千何万周もして、やっとこの生き方を見つけたんだ。待ってるだけじゃあ畢生とは鮮やかにならない、俺は見失いかけていた生きる理由を、再び掴み取ったんだ。お前達という、空前絶後の悲劇によって! それがたった半日程度で終わっちまうなんて冗談だろ!? ああ、俺はまた、またあの虚しさを! 味わわなきゃいけないのか!? 退屈は嫌だ! 死んじまう! 意味も面白味も無く生きるなんて……。生きてる意味が無いじゃないか!」



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