114.皆花嫁に首ったけ!


「ああそう」


 青砥あおと部長とは全くの別方向から、つれない声が突き放す。


 私を捕らえている腐肉の束の内側の眼球が、出所を探そうと一斉に蠢いた。途端遠方から放たれた巨岩のような拳が、私を捉える束の腹を殴り地へ打ち落とす。


 更に空高く放り投げられる格好で宙に置き去りにされた私は、拳を見下ろした。岩と思っていた拳はよく見ると、瓦礫や捨て置かれた車と言った、人工物を寄せ集めたような塊で出来ている。


 轟音につられ、束を叩き付けられビルが倒れて行く地上へ目を見た。青砥部長の周辺が目の端に映ると、彼を取り囲むように立つビルがゴーレムへ姿を変えて拳を放つ。ビルは撃砕されて粉塵を吐き、ゴーレム達を飲み込んだ。


 目を奪われていると腰に腕を回される。ぎょっとして胴へ回そうとした視線を赤が遮って目に焼き付き、一切の思考を奪われた。


 血染めの花嫁がいたのだ。鮮血で染めたような、真っ赤なマーメイドラインのドレスとロング丈グローブを纏って、左腕で私の腰を抱く裁が。


 裁は青砥部長がいた辺りから上がる粉塵へ首を回したまま、焦燥の滲んだ一瞥を寄越すと白い歯を見せる。


「ちょっと展開が早いんちゃうか?」


 珍しくその横顔を冷や汗が伝った。手近なビルの屋上に着地すると弾丸のように鋭く跳び、青砥部長から遠ざかる。


 青砥部長がいる方向で、引き裂かれた空気が唸りを上げた。目を向けると、地中から空へ湧いた腐肉の束がうねり、立ち込める粉塵を吹き飛ばしている。頭を千切られた蛸が暴れているようなその姿と勢いのまま、恐ろしい程の速さで私達へ向かって来た。


 ビル群をジェンガのように砕き猛進して来る蛸の足を、裁の付与の魔法エンチャントが周辺の瓦礫を寄せて作った巨壁で阻む。だが足先が触れた途端障子紙のように突破され、裁も負けじと二枚目三枚目と瞬間的に拵え続けるも止められない。あっと言う間に何十枚目かも分からなくなった壁の残骸が、ポップコーンのように撒き散らされて降って来た。


 やっと頭が状況に追い付いた私は、左手で制帽を押さえて裁を見上げる。


 そうだ、さっき地上で私を蹴り飛ばした裁は、青砥部長が用意したんだろう偽物だ。服装規定ドレスコードに沿って着替えていた裁が、制服のままな訳が無いじゃないか。


「下りた方がいい! 建物で視線を切れる!」


 ビルを足場に跳躍を重ねていた裁は私を見やると、前傾姿勢を取って地上へ跳ぶ。真下に広がっていた大通りへ、下げた重心を叩き付けるように着地した。


 途端待っていましたと言わんばかりに地中から噴き出し私達を囲もうとする腐肉の束へ、大きく息を吸い込んでいた私は咆哮する。音の砲弾を浴びた正面方向の束が、地面に引き寄せられるように倒れ込んだ。


 裁はそいつを足蹴にし路地に飛び込む。遅れて腐肉の束が我先にと雪崩れ込んで来るが、路地に逸れた事で一度視界を切られている奴らは見えていない。電柱ぐらいもある杭に姿を変えながら宙を舞っていた裁の壁の残骸が、束を貫き地へ縫い付けた。


 裁はその隙に私を抱えたまま、遥か正面方向で川沿いに建つ、三百メートルはありそうな一際高いビルへ跳ぶ。


 ビルを挟んで路地の両脇に伸びる道から噴き出した腐肉の束が、私達を捕えようと縦横無茶苦茶に伸びて向かって来た。こちらの跳躍とほぼ同時に放たれたそれを、裁は体操選手のような身のこなしで躱し、飛び越え、落とした影を掴む事すら許さない。悪魔より優れた知覚を持つ怪物の特性を、吸血鬼として手にした故か。


 周囲のビルからキノコのようにゴーレムの腕が湧き出した。先回りして道を阻もうとする束を掴んで押し広げる。裁は僅かに出来たその隙間へ身を滑り込ませると腐肉の包囲網を抜き去って、目当てのビルへ飛び込んだ。右肩で窓を割り、最上階へ転がり込む。


 すぐに何かにぶつかって身体が持ち上がった。裁はその勢いを利用し、何かの裏に回る格好で膝を着いて着地する。


 夜景が売りなんだろう、高そうなレストランだ。フロアの中心で鉄板焼きの設備が付いたキッチンを、カウンター席が円形に囲っている。さっきぶつかったのはこのカウンター席だ。客や店員が慌てて逃げた様を、食べかけのままほったらかされた料理が生々しく示している。私達の脇にはうに冷たくなったキッチンが、墓標みたいに突っ立っていた。


 一張羅を汚されて不機嫌なのか、私を離し身に浴びた瓦礫の破片やコンフェッティを払っていた裁は、しかめっ面で怒鳴った。


「……あんたの『一つ頭のケルベロス』、火力高ぎやろ! レベリングし過ぎでボス戦行って不適切な火力で殴るから、いきなり最終形態引きり出してもうたみたいな状況なっとるやんけ!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る