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106.分かり合いたくなかったのはやっぱり私。


 胸が潰れそうになった。


 ふと両親の記憶が上って来た時や、決して零さないように口を結んで、寂しそうな顔をしている帯刀を見た時とも違う痛みに圧迫されて。


 嘘ばっかり。果たせないまま潰えそうな願いが遠ざかっていこうって真っ最中に、後悔が無いなんて言える訳無い。人間がそんなに淡白なら、私だってこんな人生になってない。


 ムカついてんだろ内心じゃ。悔しいって思ってるだろ絶対に。何でこれだけやっても届かないんだ、憎み合ってる訳でも無いのに、どうして上手くやれないんだ私達って。なのに何で、平気な顔してカッコ付けるんだよ。言いたい事なんて、本当は山程あるくせに。


 同時に知ってしまう。私とは酷く身勝手で、それは見ているだけで強烈に心配を誘うような危なっかしい人間で、誰かを傷付けまいと押し殺す余り見え透いているのに、それでも黙秘をやめない頑固者だと。


 だって同じじゃないか。私と今の鉄村は。私ずっと、こんな態度を周りに浴びせて来たんだ。何を投げかけられても最初から、何でも無いって拒絶する前提で接して。


 足元が崩れた。もう裁が作った壁は、その姿を失う。


 鉄村は壁の内側へトラテープを放った。適当な建物に巻き付けてアンカーにすると、手元に残る先端を自身に括り付けて跳ぶ。


 私は魔術陣が崩れないよう足元の一部を指で抉り取り、壁の外側へ跳んだ。背中越しに鉄村へ振り返る。落ちて行く瓦礫と噴き上がる粉塵が邪魔で、もう見えない。


 前へ向き直った。既に無き壁から、遥か遠ざかったアスファルトへ着地する。


 立ち上がりながら見上げるのは、眼前で山のように聳える巨大な瓶。ここまで接近すればカクタスグリーンの輝きも強烈で、目にするものの全ての色を、それ一色に塗り潰している。光と共に放たれている傷んだ肉のような臭いも強烈だ。どうやら瓶の表面を這っている、繊維塗れの蛇のようなものから発せられている。


 瓶の内部では、何の変化も見受けられない都心部が広がっていた。それを眺める私の姿が瓶に反射して浮き立つ。所々で綻んでいるおばけの薬による怪物の姿と、私そのものの姿が入り混じっていて、今まで目にしてきた見せかけの格好の中で、最も醜い。


 瓶の中で蓋から垂れ下がる、湯葉のような、人の皮膚のような巨大な幕が靡く度、オーボエのような音が内臓を揺らすように鳴り渡った。それが収まるのを待ちながら、魔術陣を描いた瓦礫の破片を足元に置く。


 腰を上げた頃には街は静寂を取り戻していて、隣に着地していた裁が口を開いた。


「悪魔のパーティーに招かれた経験は?」


「無い」


「ほな、マナーについて教えたるわ。まずあたしとあんたに突然届いたあの手紙は、あの眼鏡が寄越して来た悪魔の招待状。これを持ってる人にだけ出入りが許される会場が用意されてるから、そこにはとびきりおめかしして行かなあかんねん」


 裁はいつの間に回収していたのか、手にした二通の手紙を振ってみせる。それを中途半端なタイミングでやめると、顎を擡げて瓶を見上げた。


「……鉄村さんが〝館〟で追い込まれてるあんたを見ても動じんと、このタイミングまで『暴君の庭』を温存したんは正解やった。もしあの眼鏡が正体晒す前に使っとったら、多くの魔術師やあたしを無力化された状況を悪用して、何されとったか分かったもんやない」


 瓶へ視線を戻していた私は返す。


「素直なんだな。魔法使いが魔術師を称賛なんて」


 裁は酷く迷惑そうに、顎を上げたまま視線だけを私に寄越す。


「アホ。あんたのその辛気臭い顔がそうさせるだけ。プライド高くてなんぼの魔法使いが、本心からそないな事言う訳無いやろ」


「それでも優しいのは同じだよ。お前やっぱり、〝魔の八丁荒らし〟に相応しくないし、魔法使いにだって向いてるような性格してない」


「才能は最高に向いてる。付与の魔法エンチャントでここまで来たんやから。せやからあたしは魔法使いやし、〝魔の八丁荒らし〟にも相応しい」


「そうかな」


「そうよ。殺害宣言して来た相手に何言うてんのよ」


 裁が付き合ってられないと言うように煩わしげに話を切り上げると、背後の地面が花弁のように捲れ上がった。


 振り返ると花弁の中心部から、木製のワードロープが飛び出している。デザインはシンプルながらも小粋な大正ロマンで、上品で大人びた雰囲気を纏っていた。やや傾きながら、タケノコと言うのかモグラみたいに飛び出ているので、どこか滑稽である。ワードロープを出現させたのは当然裁の付与の魔法エンチャントで、こいつがデザインに用いりがちな人の腕を模した土塊の群れが、ワードロープの足元で蠢いていた。どこからか地中を掘り進んで、ここまでワードロープを運んで来たらしい。


 それを眺めたまま尋ねる。


「……おめかしって要は、服装規定ドレスコードって事か? クラシックコンサートみたいに」



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