107.悪魔のパーティーは瓶の中


 裁は両手を腰に当てると、ワードロープへ振り返った。


「まあ、見た目だけやったらね。招待を受けられるんは主催者と懇意の悪魔か、〝魔の八丁荒らし〟クラスの魔法使いだけ。で、魔法使いが初めて悪魔のパーティーに招かれた時は、招待状と一緒に主催者からパーティー用の衣装が贈られるから、今後はそれ着て出て行ったらええんやけど……。あんた今から家帰って、何かええ感じの服持ってられへんの?」


 緊張感があるんだか無いんだか。悪魔の感性って本当に分からない。どういう顔をすればいいのか困って、つい眉を曲げて答える。


「……豪奢なドレスは無いけれど」


 甲高い、コヨーテの遠吠えが鳴り渡った。


 傾いたワードロープが作った影から、センターでおつかいを頼んで別れたきりだった『韜晦とうかい狗盗くとう』のコヨーテが飛び出す。その狼よりも狐に近い小さな身体で、噴き出したばかりのような真っ赤な血に塗れた棺桶を引きって。


 手紙を持っていない手でリボンタイを解いていた裁は、ワードロープの後ろから現れた格好のコヨーテに目を見張った。


 私は、棺桶を運び終えて見上げて来るコヨーテの頭を撫でながら言葉を継ぐ。


「死装束なら持って来た。この街の御三家みたいに、喪服を着た魔術師を見た事はあるか? あれは、自分の葬儀は済ませたつもりでそこにいて、誰が死んでも見送る覚悟を固めてるっていう、最期まで魔術師として在る事を選んだ矜持の証だ。かつ鎧としての機能を持ってる。魔術師として長い歴史を持つ家でも、何代にも渡って魔術を施し続けて来てやっと一着が完成する上物だから、価値としては相応しいんじゃないのかな。うちの家のものは、少し特殊だけれど」


 裁は手紙をブレザーのポケットに押し込んでしまうと、ワードロープへ歩き出した。


「ええんちゃう? 魔法使いがプレゼントされる衣装かって見た目はただのドレスやったりスーツやけれど、中身は護身用の魔法が積まれまくった鎧やし」


 私は呆れて背を向けると、右手と、『暴君の庭』で封じられた事により戻って来ていた左手も使ってブレザーを脱ぐ。


「一体何の為のパーティーだよ」


「そんなん、楽しかったら何でもありの馬鹿騒ぎよ。壊すも殺すも自由やし、何したって構わへん。お開きになるタイミングも全員死んだらとか飽きたらやし、他におもろそうな事あるんやったら、途中で帰っても怒られへんし」


「お前楽しかったのか? そんなのに招かれて」


「端っこでご飯食べたらすぐ帰ったから分からへん」


「悪魔に招かれてタダ飯食っただけで帰れる神経って何だよ」


「そんぐらい自由って事。あの兎が指揮しとった街の防衛に割かれた魔術師の規模ってどんぐらいなん」


「センター付近にいた狩人ぐらいかな。都心部には特に市民の避難の為に、集中して配置されてたと思う」


「あんた悪魔らいやしその刀の性質的にも、連携取るより単独で戦う方がうてるから前衛は任せたで」


「お前もあくまで付与の魔法いエンチャンターなんだから、前線から一歩引いて戦う方が適切だろ。私の魔術は小回りが利かないから、巻き込まれそうになったら自衛するんだぞ」


「まずはあんたの攻撃で眼鏡からデータ取って、それを元に作戦立てたら殺す」


「作戦も頼んだ。お前の方が頭もいいし、悪魔殺しの実績もある」


「あんたこそ、さっきは悪魔相手に一人で戦うなんて言うたぐらいなんやから、しっかり弱点暴けるぐらいの火力持ってんやろな? 勝負っちゅうんは持ってる武器の良し悪しやなくて、こっちにとって有利な状況をどんだけ作れるかで決まるもんやで」


「それはお前で思い知ったよ。先に行くからその間に、見つかりにくそうな場所に陣取ってくれ」


 投げられた手紙を肩越しに受け取った。


 制服をしまった棺桶に噛み付いたコヨーテが、私の影に沈んで消える。片付けに行ったんだろう。あれは元々、父が天喰あまじき家に増設した地下室にしまわれてある。


 手紙をくわえて瓶へ歩き出した。瓶の表面からエレベーターのドアみたいな扉が現れるとのろのろと開き、すっかり瞼の裏まで焼き付いたカクタスグリーンの光が鋭さを増して降り注ぐ。


 ドアをくぐると、瓶の内側の中心点を目指して跳んだ。瓶に収められた都心部はカクタスグリーン一色で、蓋からは例の湯葉なんだか人の皮膚なんだか分からない巨大な幕が幾つも垂れ下がり空を仕切って邪魔臭い。地上では人々が乗り捨てたタクシーや車があちこちで放置され、落としてそのまま置いて行かれたハンカチやゴミが、タンブルウィードみたいに転がっている。


 いつもあれだけ騒々しいのに、死んだように静かだ。丁度今朝ぶよぶよマンを捕まえた、駅の三番出口の高架線の前で着地した私の靴音が嫌に耳に刺さる。じっと黙りこくって聳えるビル達が、不気味な墓標の群れのように見えた。空気も淀んでいて何もかもがカクタスグリーンに塗り潰されていて、悪夢に迷い込んだような気分になる。


 巨木の根のようにあちこちへ伸びる高架線の影の中に、蠢くものを見つけた。その辺のテラスから持ち出して来たようなテーブルセットに、こちらに左半身を向ける格好で着く青砥あおと部長が、三番出口の高架線の真下で紅茶を飲んでいる。


 私の気配に気付いた青砥あおと部長はティーカップを置いた。


「己の行いとは不思議なものだよな。どれ程固い信念に基づいていようと、いざ突き付けられると盲目さを思い知らされる。同時にお前にとっての羨望とは、酷く気詰まりなものなんだろうよ」


 ブリムの下からその様を眺める。


 青砥部長は影の奥で、ゆったりと足を組みながら私を見た。


「さっき俺に向けたばかりの嫌悪と軽蔑が嘘のような静けさだぜ」


 高架線の闇の中、青砥部長は嘲笑している。


「宣言通り何の感慨も無く、取るべき責任として俺を殺す為に、余計な感情は切り捨てたってか? それこそが嘘だな」


 青砥部長は、その笑みを湛えたまま口を切った。



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