103.コレヨリ先、道理ハ通ジマセン?


 『一つ頭のケルベロス』を背後へ払う。乱暴にトラテープを斬り落とされ解放された裁は、驚いてバランスを崩しそうになるも持ち直した。


 それを肩越しに眺めていた私は告げる。


「手伝えよ付与の魔法使いエンチャンター。最後まで悪魔にいいようにされて、日没までに願いを果たせないまま死ぬなんて御免だろ?」


 裁は絶句した。


 私の提案にでは無いだろう。視線が私の足元の、刀傷に向いている。それは落書きのような仕上がりでありながら、明確な意味を持つ記号。その恐ろしく出来のいい頭にどれ程の知識を蓄えているのか、裁はその正体をあっさりと零す。


「……魔術陣」


 空の棺の縁から、無数の白い流れ旗が垂れ下がった。流れ旗は街とそれ以外を隔てるように空を裂いて天地を結び、街を覆う濃霧の海の表面を波立たせる。


 全ての流れ旗の腹に、御三家の家紋が黒く浮き上がった。墨のような激流が晴れた都心部では傷一つ付いていないあの不気味な瓶が、再び薄ぼんやりとしたカクタスグリーンで街を照らし出す。


 遥か上空でそれらを眺めていた青砥あおと部長は、それは愉快そうに笑い声を漏らした。


「……アンティークな技じゃないか。今時魔法も魔術も、いちいち呪文を唱えたり、陣を描くなんて手間を要しない姿となっているのに。そしてこの霧で外部からの侵入を拒絶した俺と気が合う。この旗は、目隠しを兼ねた免罪符だな? その土地を担う魔術師の代表の家紋を表示させたもので、対象の空間を覆い隠す。中にいる魔法使いは必ず俺達で仕留めるから、たとえその土地の民がどれ程死のうと、どれだけ危険な魔術を扱おうと、それらは一切教えない隠匿を許せというな。余りに非人道的だとうに捨てられた筈の魔術だが……。まさかお目にかかるとは。今時の魔術師とは正義漢面が好きだから危険な魔術は渋るものだし、もし用いても全力で短期決戦を狙うのが規律だろう? つまり天喰あまじき、お前ももう犠牲を厭わず、俺への復讐を遂げると決めたのか!? まあお前が怒る事を誰も咎めないさ! お前のその感情は正しい! お前が嫌悪して来た全ての人間達の願いと同じようにその怒りも、愚かで身勝手な願望に過ぎないがな! まあ丁度いいじゃないか、俺の瓶の光でお前達三人以外、何をされても反応すら出来ないんだから!」


 要はあの瓶は魅了の魔法だろうという裁の読みと、私の濃霧への推測は当たりだったという訳だ。


 青砥部長に向けていた視線を裁へ戻し、言葉を継ぐ。


「あいつの言う通り、今からこの街で起こるあらゆる出来事は漏洩しない。だから裁。あいつは私が倒すから、お前は付与の魔法エンチャントで街を守ってくれないか。お前が被害を抑えてくれるなら、私も本気で戦える。〝館〟でやり合ったんだ、私が遠慮しててもどれだけ暴れるか分かるだろ?」


 裁は我に返ると呆れ顔になった。


「……相手は魔法使いやなくて、悪魔やで。ましてあたしの魔法は、魔法使い連中にも笑われるぐらい安物やすもん付与の魔法エンチャントやけど?」


「その安物で悪魔らいを追い込んだんだろ。防衛魔術は得意じゃない私よりよっぽど適任だし、あの瓶に入れられた都心部の様子が一切変化していないのは、あそこで戦って欲しいっていう青砥部長の誘いだろうさ。乗った方が被害が広がらないし、お前も付与の魔法いエンチャンターの性質上、利用出来るものが多い瓶の外にいた方が有利だろ。あと最後に鉄村。繰り返しになるけれど、他の魔術師は頼ん」


 街の地表全体から無数のトラテープが飛び出す。濃霧の海を掻き分けると、瓶を覆うように縛り上げた。


 最初に反応出来たのは、いつも鉄村といる関係上、トラテープが空を裂く音を聞き慣れている私。次いで裁が息を呑み、最後に気付いた青砥部長は、瓶へ奪われた目を丸くする。


「おっと?」


 その隙に瓶を覆ったトラテープの一部が束となり、青砥部長を絡め取った。束は青砥部長を瓶へ叩き付けようと、弾丸のような速度で引き返す。


 衝突点となる瓶の表面が、トラテープごと剥がれ落ち穴を開けた。突っ込んで来る青砥部長を潜らせ、瓶の中へ放り込む。青砥部長を縛っていたトラテープは、瓶の内部へ侵入した瞬間ボロボロになって崩れ落ち、穴は独りでに塞がり消えた。


「勝手に決めんな」


 鉄村の不機嫌な声が、えらく側から飛んで来る。居所を掴もうと振り向くと、額にパチリと乾いた音と痛みが走った。


「あたっ」


 つい目を瞑って声を漏らし、『一つ頭のケルベロス』を握ったままの右手を額に当てる。突然振り回される格好になった刃に、辺りで裁が「あッぶ!?」とびっくりして跳び退るのが聞こえたし(「危ない」って言いたかったんだろうけれど驚いた余り言い損ねたんだと思う)、案の定近くから鉄村が、「ギャア!?」と喚くのも聞こえた。


 目を開けると矢張り、背後に鉄村が立っていた。刃を躱そうとしたのか、チンアナゴみたいにくねくねした変なポーズで固まって。……やっぱりお前じゃないか。つーか今の、デコピンだろ。何なんだよいきなり。


 文句を言ってやろうとするより先に、またぶすっとした顔に戻って鉄村は言った。


「……お前はもう俺の事、友達と思ってねえのかよ」



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