97.正確伝承不能異形。
私が最初に受けた印象は、その口で、街の中心部をすっぽりとしまってしまえそうな程巨大な、つるつるとした縦長の瓶だった。表面は、棺に閉ざされた暗い空に馴染むカクタスグリーンに薄ぼんやりと輝いていて、その輝きを阻むように瓶の表面を蛇のようなものが幾本も這っている。いや、蛇で正しいのだろうか。イグアナのような艶の無い肌には鱗のようなものが見えるが、グラスファイバーを思わせる繊維に
空の棺側に付いた海綿質のような黒い蓋から、幾つかのボロボロの幕が、底を刳り貫かれた瓶の内側へ垂れ下がっていた。湯葉のようで、人の皮のようにも見える。幕は生き物なのか何らかの装置なのか、靡く度にオーボエのような音を唸らせていた。
何だあれは。生物らしきものと非生物を、理解し難い基準で寄せ集めて成されたような姿をしているぐらいしか分からない。誰かの芸術作品だと言って貰った方が、そういうものなのだと諦めが付くと言うか、それ以上の混乱に陥らずに済む。
理解し難いそれが街へ叩き落ち、都心部がすっぽりと覆われた。落下による衝撃は裁が作り上げた壁ごと地を揺らし、爆弾でも落とされたような土煙を噴き上げて、掻き混ぜられた空気を嵐に変えて吹き散らす。
まだ逆様になって浮いている
「……うん。やっぱり人を驚かせるのは最高だ」
その目は私を見ている。
何なんだ。何で青砥部長が、あんな格好であんな場所にいるんだ。複数人いると思っていた美術館の魔法使いの正体は、青砥部長一人だったのか? そもそもあの人は〝館〟で裁の
裁も他の魔術師も呆然としているのか、魔法も魔術も動き出さない。
不気味な静寂が街を包む中、青砥部長が大きく吹き出した。至極楽しげに肩を揺らし、滲んだ涙を指で拭うと改めて私を見る。
「いや失礼。いつも憂い顔のお前が間抜け面とは新鮮でな。ああいやいや、また顔が緩んじまいそうだ……。なあ
悪寒に耳と尾の毛が立ち上がる。
〝患者〟であるのはインナーカラーで分かりやすいし、魔術師であるのも、おばけの薬で写真に写らない等の事情で学内には知られている。だが悪魔喰らいで悪魔の
「……何で私の出自を」
独り言のような呟きを、青砥部長の耳は拾い上げる。
「ずっと見てたからさ。この街にいる人間の事なら、この街の中で起きた事なら、俺はぜーんぶ知ってる。お前が
話した覚えも無い事を当然のように語られ、気色の悪さにいよいよ全身が粟立った。
裁が息を呑んだのを拾ったコヨーテの耳がピンと立つので目を向けると、あの裁が真っ青になって、青砥部長を凝視している。私も同じような顔になっているだろうが、裁についての内容も事実なのか? でも、身を隠す為に七ヶ月間も〝館〟に潜んでいたこいつが、自分の情報を周囲に喋る訳が無い。
「疑問と混乱で頭がいっぱいなんだろう?」
青砥部長は〝館〟で見せたように、不穏かつ軽薄に笑った。
「死んだ筈なのに一体どうして? どうして話した覚えも無い、聞かれたくない事ばかりを知ってるの? ハッハッハ! あーァ分かるぜ、俺を見る目とはいつもそうだ……。俺がそう望んだからな!」
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