98.このディーラーはイカれてる。


 都心部を覆った瓶の縁で、瓶の落下時に破壊されたビルの瓦礫が捻じれる。


 それらがゆらりと立ち上がった頃には、一体の奇妙な灰色の人型となっていた。痩せこけていて手足は病的に長く、そのくせ胴は馬鹿みたいに肩幅が広く不釣り合いで、頭は自身の胴と全く同じものを一つ被っており全く見えない。被られている胴には頭は無く、首がある筈の位置は空っぽだった。肩口からは無数の細腕が虫の脚のようにびっしり伸び、だらだら宙を漂っている。


 人型の足元から濃霧が上った。瓶を中心にゆったりと街を飲んで行く。街のあちこちで茂っていた草壁の夾竹桃が、濃霧に触れると枯れた。寺のような毒液の匂いも薄らいでいき、瓶から放たれるあの傷んだ肉のような悪臭が、入れ替わるように濃度を増す。


 首に痛みが走り、目の前が真っ暗になった。すぐに視界は元に戻るが身体が倒れていて跳ね起きる。


 目の前を『一つ頭のケルベロス』の刀身が横切った。直立するように足元へ突き刺さる。『一つ頭のケルベロス』が飛んで来た方向を見ると、鉄村のトラテープに捕らえられた裁がいた。


 裁は鬱陶しそうに鉄村を見る。


「細かい男やな。斬り殺した訳でもあるまいし」


 鉄村は激高していて、今にも裁を殺しそうな剣幕で怒鳴った。


「魔法でだろうが殺したのは事実だろうが! そいつにそれ以上近付くんじゃねえ!」


「魅入られとったからリセット入れた方がええ思たんや。あんたかって他の魔術師と同しで、ボーッとしとったくせに」


 ……付与の魔法エンチャントで殺されたのか。私の辺りに、鉄村がトラテープで壊したのだろう瓦礫がある。


 裁は視線に気付いて私を見た。


「おはようさん。あんた、あの眼鏡に見惚れとったで」


「……は?」


「ハッハッハ! 何だよ冷たいじゃないか裁! もう部長と呼んでくれないのか!?」


 瓶の縁に佇む灰色の人型が撒く濃霧の上で、まだ逆様の青砥部長が笑った。


「呼ぶ訳無いやろ性悪が」


 裁はトラテープに縛られたまま、それは不快そうに即答する。


「この街に魔法使いが集まるんは、悪魔のはらわたを手に入れる為。自分が貸し出されてる魔法に合わせて、コソコソ隠れながら戦うんもまあ普通。もしライバルとなる魔法使いと鉢合わせても、権謀術数で騙し合うんが礼儀みたいなもん。……あんたはその両方を七ヶ月も前からこなしとったくせに、今日まで悪魔のはらわたを手に入れようとは一切せんかった。ただダラダラとあたしの邪魔して新しい〝患者〟を生み出す事もせんと、完全に普通の人間の振りしてただ日々を送っとっただけ。魔術師に見つかるリスクを抱えてまで魔法使いはそんなんせん。そないなけったいな真似してまで人間の生活に触れたいんは、魔法を餌に取引さして、魔法使いになった人間の苦痛を眺めるっちゅう王道のやり方やなくて、わざわざ手間かけて世の中探し回って、自分好みの悲劇に襲われてる人間を見つけてちょっかいかけながら眺めるっちゅう、悪魔ん中でもド変態の奴だけや。殺しはしても敬意ら払うか」


 裁曰く青砥部長改め悪魔は、無邪気さの絶えた笑みを浮かべた。


「……二度目の親殺しを狙うか。悪い子だ」


 その顔は、私よりも悪魔的で、裁よりも嗜虐的で。暴かれたばかりの正体を、確然と示していた。



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