94.やっぱり分かり合えない私達
「とんだ綺麗事だと思った。そんな事、もっと小さい子供ぐらいしか言わねえだろって。誰も傷付けずに何かを守ろうなんて、そんな事出来っこない。だから魔術師が現れたし、この街の魔術師も、ずっと魔法使いを殺して来た。それがこの街で、実現可能な正しさの最大限だって」
込み上げる怒りに痛覚が鈍った私は、鉄村を睨み付けた。
鉄村は、腹の読めない冷静さを纏い続ける。
「お前の願いはただの理想だ。そんなもの叶えられる奴、それこそお前ぐらいしかいねえよ。魔術師で、悪魔
「許せるもんか」
一切の装飾が無い言葉で答えた。
「死ぬまで憎む。絶対に最期まで許さない。それでも私は、耐えるだろうさ」
「何を根拠にだよ」
「復讐ってのは、何よりも虚しいからだ。あんなもの、人間が持ち得る愚かさの最たるものだ。何も生まない。憎む相手も失って、許せない気持ちだけが宙ぶらりんになって、ずっと頭の中にこびり付く。きっと拭えない。寝ても覚めても、ずっとその事ばかり考えちまう。こんな虚しさを抱える為に私は一体、何を必死になってたんだって」
自分で言いながら、胸が潰れそうになる。
己の愚かさからの苦しみに、腹の痛みも忘れ去る。
「馬鹿みたいな理想を掲げた方が、私にはよっぽど楽なんだよ。お前だって殺して来た魔法使いを考えたら、何やってんだって悩むだろ。自分と同じ姿で、自分と同じ色の血を流す奴を、考え方が違うってだけで異物扱いして排除して来た自分とそいつ、本当に間違ってるのは一体どっちなんだって。そんな行いを積み上げて来た自分達を恩人だって褒め千切って来る街の人間達に、悍ましさや恐ろしさを感じた事は無いって心から言えるのか。魔法使いよりずっと怪物染みてる私をお前は、どれだけ拒絶されても友達だって呼べるのに」
「俺は博愛主義者じゃねえよ」
「私だって聖女じゃない」
「俺は俺の大事なものを、手の届く範囲で守りたいだけだ」
「私はそうやって切り捨てられていく誰かを、見殺しにしたくないだけだ。私がずっと、誰かに見捨てられる側だったから」
「俺の守りたい範囲に、お前も入ってるよ」
「私はお前の人形じゃない」
「親御さんと上手くいかなくて寂しかったからお前はそうなっちまったし、お前だって、誰かに大事にして欲しかったんだろ」
「もう要らない」
「どうしてだよ。それがお前の、最初の願いだったのに」
「自分の幸せを誰かに任せるのは、間違いだって気付いたから。人の心なんて、分からないんだ。家族や友達であろうとも。なのに勝手に描いた夢を誰かに押し付けて、期待通りにならなかったからって憎むのは間違ってる。だからもう、要らない。私の道は私で選ぶし、その為に必要な代価も私が払う。これならもう、誰にも傷付けられないし、誰も憎まなくていい。……もう家族との記憶みたいな思いをするのは、嫌なんだよ。耐えられない。死んじまう……。あれを思い出すような光景を、もう見たくないんだ。それを避けられるのならもう、何も要らない」
「そうやって、恩を仇で返すような態度を取られて、殺される事になってもか」
「構わないさ」
確かに悲しみでいっぱいなのに、それでも即答出来てしまう。
「全く幸せからは程遠いけれど、確かに後悔が無いんだから」
鉄村は目を伏せて、疲れたように呟いた。
「……
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