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93.静けさの意味


「賭けに勝っただけだ」


 トラテープの魔術で檻を作った鉄村は、裁へ言った。


「『韜晦とうかい狗盗くとう』を使われた以上、どんな優秀な探知機能も働かない。それでも見つけ出すにはもう、その術者の人となりからどこへ行ったか予測するしかえ。そいつは、犠牲が出るような正義は正義じゃないって、魔法使いに手を差し出したようなお人よしだ。戦うとしてもどこかへ逃げるとしても、被害が市民に回るような街の中心部に近付く事はしないと思ったんだよ。そして丁度、お前が付与の魔法エンチャントの壁で区切ったこの辺は、昔から過疎化が進んでて、今は空き家だらけで誰も住んでない。そいつがお前を連れて移動するならここしかないって、一か八かで他の魔術師に伝えたんだ。……空き家だらけの中でもセンターにいると思ったのは、そいつが狭くて暗いからって、地下鉄が怖くて乗れないのを知ってたからかな。センターなら建物も広いし、窓も沢山付いてる」


 今朝美術館へ、コガネムシの彫刻を持ち込んだ際も話していた。確かに私は地下鉄が苦手だ。小さい頃の、父は仕事で出突っ張りで、母と二人っきりの居心地の悪い暮らしを思い出して、気が塞ぐ。あの暗くて息が詰まりそうな地下鉄の雰囲気は、家族との記憶が蘇って辛くなるから。幾らでもある空き家に忍び込もうと思わなかったのは、打ち捨てられた他人の家庭の様子に、自分の家族を重ねてしまうと分かっていて悲しくなるから。


 家族を見たくない。家庭を見たくない。その度にこの苦痛とは取り除けないと、思い知りたくない。そんな事いちいち言いたくなくて、どうせ距離も知れてるんだから地下鉄に乗るぐらいなら歩こうと、鉄村や帯刀おびなたと遊びに行く時何度も言った。


「ああそう」


 裁は興味無さそうに返す。


「あの蟹のおっさんもええ趣味やな。あたしはまだしも裏切り者を殺す役目を、そいつと親しいあんたに任したって訳?」


 鉄村はじっと、裁を睨んだ。何を考えているのか掴めなかったその表情を、憎しみに歪ませて。


「……ああ、魔法使いなんか今すぐ殺してやりてえよ」


 裁と鉄村の間から、夾竹桃きょうちくとうの枝が壁の縁を突き破って現れる。血のような毒液を滲ませながら葉を茂らせ始めるその身を、裁が付与の魔法エンチャントを働かせるより速く、檻を成していた鉄村のトラテープの一本が鞭のように伸びて叩き折った。


 驚いて動けなくなった裁と私の周りを、粉々になった夾竹桃が彩る。夾竹桃が作った穴の周りにもトラテープは現れ、かさぶたのように穴を塞いだ。そこを起点にして檻の範囲に入っている壁の縁を、絨毯じゅうたんのように覆い出す。


 鈍い音を伴った衝撃が檻を襲った。衝撃は私達を捕らえたトラテープの檻全体を襲う規模だが、檻の内部はびくともしない。だが四方へ遠く鳴り渡る衝撃の残響が、それは私と裁はおろか、鉄村さえも木っ端微塵にしてやろうという攻撃であると知らしめていて、残響が失せるのを待たず第二第三の衝撃が鳴り渡る。それでも檻は、どっしりと立ち続けた。


 第四の衝撃が終わった頃に鉄村は、煩そうに片耳を小指で塞ぎながら背後を見る。一枚も破られていないトラテープで編まれた檻の壁面があるだけで外は見えないのを、うんざりと確かめてから私を見た。


「後悔してないのか」


 怒っても、責めてもいない声だった。


 私の父とは全く違うけれど、映画で見るような、世間が共通して持つ父親のイメージそのものみたいな、変に静かで、ただ確かめているだけの声だった。


 何の意図があっての言葉なのか分からなくてすぐに言葉を返せない私に、鉄村は鼻で息を吐く。それも別に、私に対して怒っている訳では無いと分かるけれど、やっぱり何を考えているのか掴み辛い、フィクションの中の父親みたいな態度だった。


 裁は動く気配を見せない。『一つ頭のケルベロス』で刺したので私のリセットが上手く利いていない上に、草壁の夾竹桃を壊した鉄村の目的が見えない事から警戒している。


 鉄村はそれを分かって切り出す。


「お前が家で俺に話した事を、ずっと考えてたよ」



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