91.時間切れ
腹を起点に、手足の先まで駆け抜ける慣れない種の激痛に目が眩む。
草壁の攻撃は止んだままだ。然しそもそもこの攻撃は、草壁と鉄村
腹へ視線を落とした。既に放たれていた蟹の鋏の先端が視界を吞み、あらゆる感覚が途切れる。目を覚ました時には私はもう、左腕が欠けただけの身で地に仰向けになっていた。蟹に殺されてリセットが入ったのか。
「いぎッ!?」
起き上がろうと力むと、腹で爆発した激痛に堪らず仰け反る。親子関係に嫌気が差して諦めるまで繰り返した自殺と、今朝から裁にボコボコにされた事ですっかり麻痺していた痛覚が、生まれ変わったように新鮮な痛みを撒き散らした。周囲の状況も掴めないまま腹を見ると、『一つ頭のケルベロス』が私を腹から貫き、地中に深々と突き刺さっている。
辺りを影が呑んだ。既に空は棺に覆われ薄暗いのに、更なる遮蔽物に阻まれた頭上は闇に包まれ、その範囲を瞬きも許さない速さで押し広げる。
先程私を殺した蟹だ。まだ微かにビビットオレンジの血に汚れた鋏で、私を叩き潰そうと跳躍して落ちて来ている。
逃げ切れない。また食らってリセットを入れるか?
ふと冷静な自分が現れて、妙にのんびりと無駄だと告げた。
もうどこへ行こうと夾竹桃の毒が、私には危険な濃度で蔓延している。どうせまたすぐに動けなくなる。そもそも誰なんだ、こんな所に『一つ頭のケルベロス』を寄越した奴は……。
「あんたってほんまにちぐはぐ!」
叩き付けるように放たれた怒声の主に、右腕を掴んで引き上げられた。強引に身を動かされ暴れ出す腹の痛みに絶叫しそうになるが、弾丸のような速さで引き摺られた事により蟹を往なす。それは紙一重のタイミングであったと知らしめるように、砕けた地面が砲弾のように背後から襲いかかった。
それらも何とか躱しながら左腕で私を引き摺り前を行くのは、嵐のように吹き荒ぶ空気に髪を遊ばれながら走る裁。
裁は蟹の影を抜けても前を向いて走りつつ、ゴーレムや建物の瓦礫を蹴散らし怒鳴った。
「魔術師のくせにあたしを助けるなんて言うわ、犠牲が出るんは嫌やからって狩人は庇うわ、あんたのそのオンボロ刀もあんたと相性悪いとかふざけてんのか! 魔法を壊す魔術が施された刀っちゅう事は、悪魔の特性を持つあんたにも効く! 今頃やなくて〝館〟で気い付いとったら……っ、どんだけ楽やったやろうな!」
頭上から顎を開いたラブカが突っ込んで来るのに気付いた裁は、衝突しに行くような勢いで前へ跳ぶ。自身と私の影をラブカの顔に走らせながら頭上に回ると、前転するように背を丸めながらラブカを視界に保ちつつ背後を取った。こんな自殺紛いの躱し方をしてまでラブカを視野に収め続けている目的は当然、
だがラブカの身体は石を投げ込まれた水面のように波打つも、それ以上は変化を見せない。
裁は即座に右手で私の腹から『一つ頭のケルベロス』を引き抜くと、ラブカへ斬撃を放つ。真一文字の薙ぎ払いは刀から噴き出した黒で宙を走る刃となり、ラブカを飲み込んで辺り一帯ごと染め上げた。
怯んだように地に叩き付けられるラブカだが、魔法を壊す魔術という『一つ頭のケルベロス』の性質上、傷を与えられない所か目くらましが精々だ。
裁も〝館〟での戦いでそれに気付いているのかラブカが怯んだ隙に着地すると、辺りの瓦礫に
私が『一つ頭のケルベロス』を引き抜かれた痛みに目を白黒させながら、畳何畳分かも数える気になれない広大な縁に投げ出された途端。コヨーテの耳が遥か下界から、鉄村清冬の声を拾う。
「『苦海の檻』」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます