89.犬と鬼は不仲説


 ……絶対に私の妨害を避ける為のデザインだろ!


 何とか意識を引き戻すと粟立つ全身を奮い立たせ、尾で裁をぶん殴った。ぎょっとした裁は煙になり損ねて打ち落とされ、狩人も驚いたように裁を見下ろす。


 裁の動揺により統率が乱れたゲジゲジの群れは、死んだように動きを止めてバラバラと地に降り注いた。その光景に上がりそうになる悲鳴を獣の咆哮に変え、狩人へ放つ。砲撃のような音の塊は狩人の鼓膜を破り、狩人はその激痛にゲジゲジに紛れて落下した。


 急速に背へ迫る気配に振り返る。宙で湧き出していた夾竹桃きょうちくとうが濁流のように襲いかかって来た。視界を覆われる直前まで引き寄せて、身をよじって放つ『一つ頭のケルベロス』で薙ぎ払う。夾竹桃の花弁の淡紅色と枝葉の緑、毒液の赤が、狂ったように暴れる黒に噛み砕かれて吹き飛んだ。


 まだ地面は遠いのに、全身の浮遊感が消える。『一つ頭のケルベロス』に黒く塗り潰されたばかりの視界がぐにゃりと歪んで、脳が頭蓋の中で一回転するような不快感に襲われた。


 夾竹桃の毒が全身に回った。覚るも上手く動かなくなった身体から、『一つ頭のケルベロス』が滑り落ちる。


「あんたなあッ!」


 薄れ始めた私の意識を乱暴に束ねるように、地上から裁の怒声が響いた。ゲジゲジを吐いた壁が蟹を踏み潰せる程大きなゴーレムを自身を材料に産み落とし、数体の群れを成すとこちらへ走らせる。


 狩人を庇った事にか、それとも尾で殴った事への腹癒せか。ゴーレムが放たれた理由を考えようとするが、毒による頭痛も不快感も止まなくて纏まらない。そうだ、一旦死んでリセットすれば。


 ゴーレムの群れが、私に両断された蟹を蹴散らしながら現前する。先頭のゴーレムが私へ手を開いた。大木の枝のようなゴーレムの指が唸りを上げて空を裂く中、氷海のように静かな声が、裁とは別方向から告げる。


「最早問答は不要と見た」


 それに呼応するように現れた影が、ゴーレムの群れごと私の頭上を覆った。影はその輪郭を掴む暇も与えず、私諸共ゴーレムの群れを殴り飛ばす。ゴーレムの群れはバラバラになって飛び散り、私は腹から地に打ち落とされた。


 衝撃が骨と内臓を貫き、毒に歪められていた視界は白く弾ける。即座に辺りで夾竹桃が茂っていくのが音で辛うじて分かるが、耳と痛覚以外ろくに働かない。


 地に伏して動けなくなった私に、二つの足音が近付いて来る。一つは草壁。もう一つの重たく悠然としたものは、私とゴーレムを殴り飛ばした何かの落下音に掻き消された。


 漸く明瞭さを取り戻していく視界の端に、白い鰻のような、粉砕されたゴーレム達よりもまだ分厚い円柱形の身体が映った。既に死んでいて腐敗でも始まっているような灰色をして宙に漂い、私を囲ってとぐろを巻いている。先端へ目をやるとフリルのようなグロテスクな鰓が並び、その向こうで平たく丸い頭が付いていた。顔の両脇に付いた、間抜けなのか不気味なのか分からない目と視線が合う。……ラブカ、だったか。深海で生きる鮫。



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