88.カニとムシで不快合戦!


「そないホイホイ死なれたら後が嫌なんやけど」


 煙になって夾竹桃きょうちくとうなしていた裁は隣にやって来て人型に戻るなり、『一つ頭のケルベロス』を握る私の手を掴んだ。


 草壁は追って来る気配を見せない。裁に魔術を無効化されるのを受け策を練っているのだろう。直に終わる静寂だ。だってのに何を能天気なんだ裁はさっきから。


 早く自害しようと、右腕に力を込めながら睨み付ける。


「何がだよ」


 私に劣らず不満顔になっている裁は、それを阻もうと更に力んだ。


「おじいさんの呪いは永遠やないって言うてたやんか。傷を受け続けたら願いの許容量を超えて死んでもうたり、ただの〝患者〟に成り下がってもうたり。要はその不死身みたいな特性が消えるって事やろ? もしこの戦いの間にそうなったら、悪魔のはらわたの保存性が保障されへんくなる。あんた願いが働く回数、あと何回なんよ」


 保存性って人を食品みたいに。


「知らない。数えてない」


 ムカついて、視線を『一つ頭のケルベロス』に戻し力を込める。毒で上手く力めないのもあるが裁も拮抗して来て、吸血鬼の膂力も相当なものと思い知らされた。


「ほな猶更あかんわ。その顔色悪いまんまでおって」


「あのなあ誰の所為で食らっちまったと思ってんだよ!」


 思わず裁を見上げて怒鳴った。何だその鬱陶しそうな顔。


「……あんたが勝手に慌てて、吸血鬼は煙になれるて忘れたからやろ。あたしが毒食らわんように上手く躱されへんか悩んでるから」


「し……ッ、てねえよんなもん」


 頭の位置を戻して目を逸らした。


「ほなあんたが単にどん臭かっただけやな」


「はァ!?」


 再度見上げて怒鳴り返す。


 裁は何事も無かったように、涼しい顔で言った。


「朝街に出て来た四つの彫刻の意味、考えた事ある?」


 足場が砕け、再び私達は宙へ投げ出される。


 首を回し足場を壊したものを探した。すぐに石灰岩のような質感の、巨大な蟹の鋏を捉える。


 まだ動けるのか?


 鋏の根元へ目を走らせると、正面方向に先程壁を破って来た蟹がいた。いや、形が同一なだけで別物か? 壁の穴を一瞥すると、裁に貫かれた蟹は地に縫い付けられ動けなくなっている。ただ破られた壁からはぞろぞろと、全く同じ姿をした蟹が入って来ていた。


 裁も気付いたようで、宙へ身を投げ出したまま舌打ちする。


「甲殻類は嫌いなんよ」


 正面方向の蟹が逆側の鋏も突き出した。唸りを上げる鋏は最大まで開くと、私達を両断しようと空を駆る。


「コロコロと話題を変えるな!」


 私はかさず握り直した『一つ頭のケルベロス』を、頭上から振り下ろした。黒を纏った斬撃を受けた蟹はあっさり両断されるがそれを嘲笑うように、暴力的に切り開かれた身体から無数の影を一斉に放つ。


 影は『一つ頭のケルベロス』が撒く墨のような魔術に呑まれながらも一切減速せず突進して来て、統率を感じさせるが陽炎のように存在感を与えない。狩人だ。皆黒いコートが石灰水のような濁った水に滴って、蟹の体内に隠れていたのを証明している。


 天敵の襲来に裁は笑った。〝館〟で私に向けていたものと同じ、嗜虐と侮りに満ちた目で。


 直感的に、狩人を皆殺しにする反撃を用意していると気付いて叫ぶ。


「馬鹿! やめろ!」


 裁がセンター周辺を囲うように並べた壁全体に、蜂の巣のような穴が開いた。最初から壁の中で待ち構えていたようにそこから顔を覗かせたのは、私の頭ぐらいもあるくせに矢張り本物のような、ゲジゲジを模した土人形。そのおぞましい出来栄えに毒の不快感を押し退ける程の気持ち悪さが吐き気となって込み上げ、頭は真っ白になった。


 私が怯むその瞬間を狙うように、ゲジゲジの群れが弾丸の如く狩人へ飛び出す。



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