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84.実力はまだ秘密。


 足元から棘のように夾竹桃きょうちくとうの枝が突き出した。枝から滴る赤い毒液が飛び散り、遅れて葉が茂る。それを目の端で捉えながら、裁の腕を掴み窓際まで跳び退った。着地した頃には夾竹桃は花を咲かせ、破った床の穴を広げるように成長し出す。


 これは直に見つかる。


 別方向へ跳んで逃げていたコヨーテを口笛で呼び寄せた。コヨーテは耳を立てて駆け寄ると、くわえっ放しの裁の左腕を離す。私はぼとりと転がる裁の左腕を拾い上げ、コヨーテに耳打ちした。


「床下の荷物を持って来てくれ」


 コヨーテは私を見上げると、影に潜り込んで消える。そうしている間に辺りの床からも夾竹桃きょうちくとうの枝が突き出し、部屋を飲み込もうと成長しながら毒液を撒き出した。毒によるものだろう一階にいた時点で微かに感じていた頭痛が、生々しく脈打つ痛みへ変わっていく。


 移動しなければならないがどこがいい。避難が終えた街はもう、どこへ行っても魔術師だらけだ。


「腕返せ」


 裁がぶっきらぼうに言ったその瞬間、辺り全ての夾竹桃が独りでに捻じ折れる。飛び散る赤い毒液が血のように部屋を染め上げた。裁は何が起きたのか分からず絶句する私から自身の左腕を奪い取ると、余裕綽々しゃくしゃくに告げる。


「有り得へん速度で成長したり空飛んだり、形は生物でも魔術である以上、それは本物やない作り物やろ」


 ……付与の魔法エンチャントをかけて壊したのか。付与の魔法いエンチャンターという自ら作ったゴーレムを従える性質から見落としていたが、そもそも付与の魔法エンチャントとは物体へ命令を下す魔法だ。土をこねてゴーレムを作るという事は成形もこなすという事で、当然破壊も担える。


 裁が〝館〟ではオーク製のキャビネットを無視し、モルタルや脚立しか武器として用いなかったように生物には使えない付与の魔法エンチャントだが、非生物が相手である限りその全ては支配下となる。目にしたばかりの魔術を一瞬で全壊させるまでの凄まじさは、裁の逸脱した腕があってこそだが。裁の能力が高い余り、まるで万能の魔法に見える。


「えらい広範囲の魔術っちゅうんは分かったわ。千歳ちとせもおる以上、野放しにはしてられん」


 千歳……。って、妹のチトセか。


 夾竹桃きょうちくとうに開けられた無数の穴の一つから、拳ぐらいの何かが飛び出す。ドア付近の穴から現れたそれは折り畳んでいた脚を宙で開き、こちらへ駆けて来た。床を埋め尽くす夾竹桃の残骸を器用に跳び越え、穴をかわしながら近付いて来るが……。


「蜘蛛ォ!」


 その正体を、やっと掴んだ私は飛び上がった。



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