75.ひみつのあんごう憎悪入り


「特定の〝患者〟となら、ある程度重症化してもコミュニケーション手段が残されているのは知ってるか?」


 ゴーレムは、私の言葉の意味を測りかねているように眉を曲げた。


 私は嘲りを込めた苦笑を浮かべる。


「獣の言葉には疎くて助かったよ」


 ゴーレムはもう何かに気付いたように目を見開くと、独り言のように零した。


「……まさか、あの喧しい無駄吠え」


 ゴーレムが辿り着いただろう答えを、鉄村が引き継ぐように言葉にする。


「声を出せるタイプの症状なら、それを聞き取る魔術があるんだよ。主に〝館〟の職員が習得するものだから、現場の魔術師には縁遠いけれど」


 私のお目付け役を任される際、円滑にその役目を果たす為に幾つかの魔術を習得している鉄村は、ゴーレムによく見せるように自分の右耳を摘まんでみせた。


「あいつの吠え声は、このハッタリを思い付いたから付き合えって喋ってたんだ。俺が向けてたスマホに映ってたのも虫の画像じゃなくて、その返事を打ち込んだメモ帳だよ」


 この通り魔法使いへの攻撃手段にはなり得ないので、わざわざ名を開示する必要も無い小技だが、こいつの器用さには舌を巻く。


 ゴーレムは絶句した。辿り着いたばかりの正解が最悪の形でやって来たようで、苛立ちも殺意も消し飛びただ驚いている。これにはきっと、裁も同じ顔をしただろう。


「お前を呼び出した本当の理由、だったか」


 動けなくなり、本当に人形のようになって固まるゴーレムへ言った。


 呆然とするゴーレムは、引き寄せられるように私を見る。まだ思考力が飛んでしまっているようで、何とも間抜けな顔だった。


 ……流石に裁はそう簡単に、こんな顔は見せないだろうな。


 そう、分かったように思いながら告げる。


「私は裁を助けようと思ってるんだが、乗らないか」


「は!?」


 声を荒げたのは鉄村だった。


 背を取られているゴーレムにも構わず、こちらへ大きく一歩踏み出す。


「ちょ、ちょっと待てよ! これは裁が隠し持ってるかもしれないゴーレムをおびき出す為の作戦だったろ!?」


「確かにそれは事実だけれど、狙いはそれだけとも言ってない」


 鉄村はまた黙り込みそうになりながら、何とか私を睨み付ける事で言葉を繋ぐ。


「……自分が何言ってるか分かってんのか……。そんな事したら、俺や親父でも庇い切れなくなるぞ……!」


「何も考えないで言ってると思ってんのか」


 鬱陶しく熱を帯びる鉄村に、頬杖を突いたまま返した。


「魔術師も大嫌いだって言ったよな。復讐の手なんて幾らでもある。裁を逃がしてお前らが殺されるのと、私が直接お前らを皆殺しにするのは、経過こそ違うだけで結末は変わらない。一対一で追い込んで来た魔術師が敵対しないと約束してくれるなんて、そっちにも好都合だろ?」


 視線を鉄村からゴーレムへ流す。


「悪魔のはらわたが欲しいんなら、周りの魔術師を殺してから私を殺せばいい」


 ゴーレムは明らかに混乱しながらも警戒した。


「……これは、あなたが円滑に復讐を行いたいが為の取引でしょう」


 そう返しながらも、私の真意を読み取ろうと言葉を投げるのは止めない。


「魔術師を全滅させて、最後に帯刀おびなた副部長の仇である裁を殺す。裁の悪魔のはらわたに対する執念を、利用しているに過ぎません」


 揃って取り乱している鉄村とゴーレムに、不健全な笑みが濃度を増した。


「いい話だと思うぜ? 阿部さんの刀の破片が機能していない今、裁は私をコントロールする手段を失ってるし、裁を御三家から助けてくれる奴なんて他にいない。そもそもあいつとは帯刀おびなたの仇じゃないと知ってたから、〝館〟であいつに向けてた怒りは芝居だよ」



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