74.魔も誑かす鬼の艶


 ゴーレムは、何を言われるか分かっていたような落ち着きを見せるも、矢張りイライラと息を吐く。


「その大きな耳で聞こえていたんでしょう。復唱させる意味はありませんが」


「鉄村にまでバレるのは嫌ってか?」


「私がただ、さいの姿を模したゴーレムだと思わない事ですよ」


 ゴーレムの目付きが鋭くなり、放つ殺気が濃度を増した。


 私はすぐにそれを嗅ぎ取って、制するように深く椅子に凭れる。


「落ち着けよ。下手に戦って居所がバレたくないのはお互い様なんだ」


 上貂かみはざのドッグタグがある限り、魔術を使えば街中の魔術師に現在地を知られてしまう。


 鉄村が怪訝そうに眉を曲げた。背中越しなのでその様子は伝わっていないが、ゴーレムも訝しむ。


「……どういう意味ですか?」


「こんなハッタリを仕掛ける様子は見えなかったって言ってたな。いつから、どうやって私達を見張ってた。たった一人とは言え本人そっくりのゴーレムなんて、隠し場所に困るだろ」


 躱すように問い返した。


「ただの付与の魔法使いエンチャンターの基本ですよ」


 ゴーレムはそんな事も分からないのかと言いたげに、肩にかかったロングヘアを払う。絹のように流れ落ちる髪の様さえ、本人に劣らない。広がったボルドーのメッシュが絶妙なグラデーションを生んで、薄闇に映える。


「裁は付与の魔法エンチャントにおいて最強です。雨の魔術に覆われる前にこの街に侵入した際、万一に備えゴーレムを作る為の付与の魔法エンチャントを、この街の物体に施してありますので。裁が自由に行動出来なくなったら起動するようにという条件も命令に含まれていましたから、特にこれと言った目新しさはありません。付与の魔法使いエンチャンターとは事前準備が絶対である事ぐらい、〝不吉なる芸術街〟の魔術師なら当然の知識では?」


 そんな複雑な命令を常に起動出来るよう魔力を割く余裕がある魔力所持量と、どこまでも計算高い頭の出来が異常だと言いたいんだが。もし裁がもっと強力な魔法を持つ悪魔と取引していたら、いよいよ私でも手に負えなかった恐れは大いにある。


 ……何故裁家とは付与の魔法エンチャントなんて、その才能に合わない魔法にこだわった?


「偶然中学校の外壁にお前を生成する付与の魔法エンチャントを施しておいたから、私と鉄村の居所をすぐに掴んで追えたってか? そんな上手い話があるもんかね」


「あなたが壊れてるだろうに大事にしまってるものですよ」


 ゴーレムは言いながら、鉄村の手からスマホを抜き取る。


「あっ! 顔認証させる気ならさせないぞ!」


 鉄村は即座に目を伏せ、鼻に皺を寄せた。顔中に力を入れているようで、梅干しみたいになっている。


 その顔にゴーレムは呆れたのか、冷ややかに鉄村を見上げた。


「興味があるのはこれですよ」


 ゴーレムは鉄村によく見せるよう、スマホを高く持ち上げる。


 片目をうっすら開けた鉄村は、スマホにぶら下がって揺れるそれを見た。


「……ストラップ?」


「この石は、ある条件が揃うとその現在地を裁へ知らせる信号を出すよう、付与の魔法エンチャントがかけられてあるんです」


「その条件は?」


 私が尋ねる。


「悪魔のはらわたに近付くとです。そんな条件は滅多に揃いませんから、各自信号用に蓄えられている魔力は一回分だけですが。〝不吉なる芸術街〟の存在は知っていましたが本当に悪魔の腸がある確証は無かったので、文字化け作家という身分を作って全国にこのストラップを売り込んだんです。まさか悪魔の腸本体が持ち歩いているとは考えもしませんでしたが。その信号を頼りに、あなたの行動範囲に入りそうな地域には、緊急用のゴーレムを作る為の付与の魔法エンチャントを幾つか用意しておいたんです。その内の一つが、中学の側だっただけですよ」


 顔を梅干しから元に戻していた鉄村は、目を丸くする。


「……その為にわざわざ、あんなに人気者の作家になったのか?」


 ゴーレムは至極つまらなさそうな顔になった。


「まさか。元は生活費の為でしたよ。こんなに繁盛するとは予想していませんでした。理由はどうせ、吸血鬼のお陰でしょう」


 ゴーレムは言い終えるのも待たず、鉄村のスマホを素っ気無く彼の尻ポケットへ押し込む。


 吸血鬼。確か私のクソジジイが遺したように、魅了の力があると聞く。甚だしく容姿の整った奴だとは感じてはいたが、裁をモデルにしているこのゴーレムと言い裁自身と言い、目にする度に息を呑むのはその所為か。


「素直に答えたんです。今度はあなたの番ですよ。いつからこんなハッタリを?」


 流暢な語り口はこの為だと、ゴーレムは私を睨む。


 その目に、嘘を許すような甘さは無い。



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