73.最早その才、コントロール不可!


 私は笑みを浮かべたまま泰然と椅子にかけ直し、拳を作った右手で頬杖を突く。


「さっきSNSを確認してて驚いたよ。まさか律儀にDMを開放して、連絡が取りたいと送ってくれてたなんて」


 顎でノートPCの画面を指した。


 鉄村には伝えていなかったが、大量の通知で溢れるベルマークの隣のDMのアイコンに、文字化け作家から一件通知が入っていたのはうに確認済みである。


「スマホはさいから借りたのか? それとも鉄村が離れた隙に、崩れた美術館のゴーレムから回収しておいたものか? そもそもお前自身が、美術館のゴーレムって線もある」


 ゴーレムが身動みじろぐ。


 私はかさず左手で己の喉を掴んだ。


「余計な真似をしたらここで死んでやるぞ」


 低くわらいながら、動きを止めたゴーレムを見据える。


「ゴーレムのお前がここに来て裁は不在だという事は、お前らは私のしぶとさについて理解していない。私の身とは限り無く不死に近いだけで、限界値以上の傷を受ければ魔法も魔術も無関係に死ぬし、限界値以内の傷なら何度でも無かった事にするだけだ。つまり、裁が私に仕込んだ阿部さんの刀の破片を使うより先に、私が限界値以内の傷を受けて死ねば、この身から阿部さんの刀の破片は失せる。この足元にでも転がって、わざわざ体内に戻っては来ないさ」


 そう。裁の目を盗んで先に死んでしまえば、阿部さんの刀の破片は取り出せる。あの恐ろしく明敏な女の目を盗む条件が壁で現実的では無かったが、御三家に捕まり弱っている今なら間に合う。


 教えられていなかった情報が続き、鉄村が驚いた顔で私を見た。ゴーレムは目を見開くも動かない。


 私は喉に這わせた指を、弾けないピアノの鍵盤を叩くように遊ばせてみせた。


「嘘だと思うなら試してみるか? 散々痛め付けられたんだ、自分で首を絞めるぐらいどうって事無いぜ」


「自傷による苦痛と他者による苦痛を混同出来るなんて病気ですよ」


「何しに来たのかさっさと言えよ」


「まさかあなたが仲間割れを吹っかけるなんて夢にも思っていませんでしたから、潰される前に悪魔の腸を何とか回収しようと遣わされたんですよ。どうやらハッタリだったようですが」


 イライラと早口で答えるゴーレムへ、首を回した鉄村が答える。


「本心だからこその迫力だったけどな」


 ゴーレムは、振り回されるように鉄村を見上げた。


「そこまで嘘の上手い奴じゃねえからな。お陰でこっちは急に刺されてメンタルボロボロ」


 疲れの滲む目を伏せて肩を竦める鉄村を、ゴーレムは憎々しげに睥睨する。


「……あなた達こそ目的は何ですか。こんなハッタリを仕掛ける様子は見えませんでしたけれど」


 鉄村は右目でゴーレムを見た。


「本当に見られてたんだな。あいつが言うから信じたけれど」


 鉄村は左目も開けながら私を見るので、ゴーレムも私を見る。


 促される格好になった私は、喉に左手をやったまま切り出した。


「〝館〟での戦いで、お前の主人とはそれは付与の魔法エンチャントが上手い奴だと思い知ったよ。軍隊でも相手にしてるような手数に圧倒されてさっきやっと気付いたが、付与の魔法エンチャントで作ったものの節々に、戦いには不要な意匠があった。仁王像を模したゴーレムの群れに、辺りのものを巻き込んで組み上げた巨大な芋虫とかな。あれは余裕の表れなんじゃなくて、お前の主人の癖なんだろ。仁王像は一旦は勝負が着こうとした時に作ったものだし、芋虫は〝魔の八丁荒らし〟のプライドを傷付けられた怒りを元に作ってた。どちらも一番素が出やすいタイミングでの付与の魔法エンチャントだ。彫刻家さながらの職人気質が、お前の主人の本来なんだろうよ。堪らず芋虫の出来栄えを思い出したさ。あんなに別物で、本物よりもおぞましい姿を作り上げておきながら、身体が勝手に原型である芋虫を想起して青ざめる程、あれとは矢張り本物のようだった。同時に確信したね。他にそんな異常な完成度の彫刻はこの〝不吉なる芸術街〟でも、あのコガネムシを始めとした四つの彫刻しか見た事が無いってね」


 ゴーレムは目を伏せると、己の失態へ向けるように長嘆ちょうたんする。


「今朝美術館で展示物を眺めているあなたを見かけた際、芸術にはうとそうな人だと思っていましたが」


「お前の主人の才能のお陰だな。凡人相手でも片鱗さえ見せちまえば納得させられる程、飛び抜けてるって訳だ」


「嬉しくありませんね」


「お陰で、お前の主人が隠し持ってるかもしれないゴーレムをおびき出すハッタリを仕掛ける甲斐が出た。拍子抜けだが、お前一体だけか?」


 ゴーレムは面倒そうに目を開けた。


「そう自分そっくりなものを、何人も歩かせる訳にはいかないでしょう」


「どうだか。あいつの頭の出来には度肝を抜かれるばかりでね」


「私を壊そうとすれば、棺の水で街が沈みますよ」


 ゴーレムは苛立ちに声を尖らせる。


「私を呼んだ目的が、文字化け作家の正体とは裁であると暴いた事を告げる為では無いでしょう。本命は何か知りませんが裁が生きている限り、棺の脅威は取り除けませんよ」


 その格好で主人を裁と呼ばれると、違和感を覚えずにはいられないな。


 それでまたおかしくなって、不健全な笑みが濃度を増す。人のものと思えない程鋭くなった犬歯が、すっかり見えている事だろう。


「お前の主人が〝館〟を飛び出す直前に零した、あの言葉の意味が聞きたくてね」



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